アジェンデの叫びホームページ↓↓
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TSUTAYAの宅配レンタルサイトで、『ゆきゆきて神軍』『神様の愛い奴』と検索すればレンタル可能なビデオ(DVD)作品として出てくる。
奥崎謙三本人は、数年前に死んだと思ったが、よく覚えていない。確か、死んだ筈だ。
彼の著作は、『ヤマザキ天皇を撃て』と『宇宙人の聖書』を読んだが、真面目腐って、面白味の無い『ヤマザキ天皇を撃て』に比べれば、意味が全然理解出来ない『宇宙人の聖書』の方が圧倒的に面白かったが、今は図書館でしか読めないので、ことこまかに内容を書き記すことは出来ない。
彼と同時代を生きてきた人間には「絶対」として押し付けられた天皇に対する服従観念を正面から否定し、それ以外に自分に押し付けられる価値観も、権威も、全てを拒絶し、自己の観念の中での価値観のみを信じ続けた孤高の人であった。
徴兵され、行かされた戦争においても上官の命令は「天皇の命令」「絶対」とされた制度を拒絶し、自分の意にそぐわない奴、気にくわない奴は、(上官だろうが、何だろうが)どいつも、こいつもボコボコにぶん殴って叩きのめしてきた人である。
復員後も、バッテリー商として生計を立てながらも、近所に住んでいた悪徳金融業界(だったか、不動産屋だったかよく覚えていないが)に天誅を加えるとしてぶち殺し、十年間の服役後に正月参賀の天皇に対してパチンコ玉を投げつけるという行為に出て、一躍、時の人となる。
その後、数々の執筆活動や、映画出演を経て、その映画撮影中に戦時中の恨みつらなる元上官宅を訪問して、その息子を殺害するという行為により、再び服役生活を送る事となるが、一抹の悔悟もなく、刑務所の中からも執筆活動や、裁判闘争を繰り返した。
まさしく英傑の 名に値する人物であったが、私は、彼の生き様を見た時、カミュの「異邦人」という小説を思い出す。
あの小説の主人公ムルソーは、自分の母親の葬式の日に海水浴に行き、恋人との情事にふけり、「成り行き」で殺人を犯した後も「太陽のせい」と嘘ぶき、自分の処刑日が来ることをを待ちこがれる。
主人公ムルソーの行動は、一般には「不条理」という言葉で論評されるが、彼は、彼自身の観念と価値観の世界で生きていたのであり、その価値観を不条理と論評する者等の俗物根性と愚劣さにあきれる。
無論、ムルソーは、架空の人物であり、奥崎謙三がコケにしていた近代天皇制は、愚民統治の為に作りだされた偽造された価値観であり、奴隷宗教でしかないが、それでも彼等の人物像には重なるところが多い。
「社会常識」とは、その社会の大多数の人間に是認され得る「偏見」の総称であり、国が違えばそれぞれ別の常識があり、同じ国の中でもそれぞれの地方で差異があり、又時代によって違ってきたモノである。
愚民統治の為に造り出された近代天皇制の価値観などは「常識」などと言えるかも解らないが、奥崎謙三が入隊した頃は「生きて虜囚の辱しめを受けず」というような軍人訓もあったが、これも旧日本軍の統治体制がつくった奴隷価値観であり、そのような意識は、実際、戦闘で捕虜になる筈の無い幹部将校ならともかく、常時、戦闘
に巻き込まれる末端兵士に押し付け事自体おかしい。ましてや、民間人に押し付けるなどという事は狂っているとしか言いようが無く、その結果が、沖縄戦の集団自決としてような悲劇を生んだのであり、その意味では、近代天皇制も、軍国主義の価値観も全て、腐っていたのだが、そのような中で、奥崎謙三は、米軍の捕虜ですらあ
ったという事は、偶然でも無いだろう。