日本が高コスト構造から脱却するには完璧主義・潔癖主義を捨て去るしかない?
今朝の #日経BPメール_ はモノづくりネダ●「日本は引き算」だからできること〔仲森智博:日経BP社〕「日本のものづくりの本質は、引き算だと思うんですよ」こんな説を、PEC産業教育センターの山崎昌彦氏にうかがった。和室の欄間(天井板と鴨居の間の空間に設置される装飾板)を例に挙げ、山崎氏は言う。「元は1枚の板。それを彫っていって透かし模様を作っていく。つまり、引いていくわけです。日本古来のものを見ていくと、このような方法で作られたものが実に多い」では、極めて日本的な水墨画などはどうだろう。あれは墨を加えていくのではないか。そんな疑問をぶつけてみると、「いやそれも引き算型ではないでしょうか」との答えだった。白い紙に墨を入れることで、白を引いていくのだという。白い紙は全面の光。そこに墨を入れることで影が生まれる。つまり、「光の引き算」が水墨画の本質である。そのことに改めて気付かされ、いたく感心した。 ゙やり直しのきかない一発勝負だから完璧を求める。一方、西洋の油絵や建築はどんどん上塗りしていく「改良主義」ソフトウェアやwebサービスも、β版を公開し、ある程度のバグや不具合をつぶしたらリリースしちゃって、バージョンアップを重ねていくという考え方スモールスタート小さく生んで大きくなればラッキーそんな発想・思考の人たちと同じ土俵に上がったって、そもそも勝負が噛み合ってない一方は「品質」一方は「スピード感」価値観が違うってのはこういうことなんですなただ、この価値観の相違ってやつは差別化要素そのものだったから、国際市場で日本製品が評価される強みにもなったさらに、国民一人あたりGDPが輸出先消費国の半分とか3分の1だった頃は、安くてそこそこいいモノとして、市場シェアを拡大できたがしかし、シェア拡大に伴って国民一人あたりGDPが増加していった結果、安くはないが壊れないモノみたいな、強みの見つけにくいモノになってしまった安くてを志向し続けるなら、完璧主義・潔癖主義を捨て去るしかないのではないか?一方の、いいモノを志向し続けるなら、これまでのようにたくさん作る・売れることはあきらめて、ニッチを取っていくしかないこの2つの選択肢以外にも道はありますが、今朝はここまでに致しとうございます。P.S.公開するの忘れてたなうw
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