「死ね!」と言われたとき、あなたはどう応答しますか?
今回、徳島‐東京間をフェリーで往復したのだが、船ならではの経験ができて面白かった。
久しぶりに利用したのはオーシャン東九フェリー(http://www.otf.jp/)。
乗船するのは中学二年の修学旅行以来だ。
オーシャントランス株式会社のフェリーには二種類ある。
スタンダードとカジュアルである。
日程によって運航している船の種類が変わってくるので、両方とも乗ることができた。
スタンダードよりもカジュアルの方が若干割高なのだが、
同じ二等でも寝台を使える分、カジュアルの方が自分の空間を保つことができる。
スタンダードの二等はフェリーの定番スタイルである雑魚寝だ。
そんな客室の違いも、今回、乗ってみて初めて知ったことである。
往路はカジュアル、復路はスタンダードに乗ったのだが、復路(雑魚寝)は楽しかった。
昨夜19時に東京を発って、つい数時間前(13時10分着)に帰ってきたところなのだが、
記憶が薄れない内に書いておくことにした。
さて、帰りはスタンダード(雑魚寝)だったことは既に記したが、
二等の客室(大部屋)は八つの空間(左右四つずつ)に仕切られている。
仕切られている、と言っても、それはコンパートメントと呼べる代物ではない。
六十〜七十センチ程度の棚でスペースを区切ってあるだけなので、
立てば大部屋全体を見渡すことができる、その程度の区画だ。
私が寝起きしたのは、船首を正面に見て左側の手前から三つ目のスペースだったのだが、
そこには、私以外に八人の客が乗り合わせていた。
学生風の男が二人、初老の女性が一人、三十〜四十代の女性が二人、子どもが三人。
今回、私を笑わせて、もとい、楽しませてくれたのは、三人の子どもたちである。
三人の子どもたちの性別と年齢の内訳は、年の順に女(九歳)、男(七歳)、男(五歳)。
ただし、表記の年齢はあくまで私の見立てであって彼らに直接訊ねたわけではないので、
若干の誤差があると思う。
女の子は「チカちゃん」と呼ばれていたし、七歳の男の子とは姉弟のようだった。
七歳の男の子は五歳の男の子から「キノシタくん」と呼ばれていた。
が、あやふやなので、便宜上、各々、花子(九歳)、太郎(七歳)、一郎(五歳)とする。
花子と太郎は姉弟で、その母親と祖母(つまり、キノシタ家の一族)、
そして、その母親の友達で、一郎の母親でもある女性が乗り合わせていたことになる。
で、兎に角、この三人の子どもたちが五月蝿くて五月蝿くて。
22時に消灯なのだが、その直前まで前転をしたり側転をしたり、
どすんばたんと暴れまわった。
分別を弁えないガキが大嫌いな私は、辟易しながら眺めていたのだが、
一郎の母親が申し訳なさそうに何度も頭を下げるので(一郎が一番五月蝿かった)、
苦笑しつつ我慢していた。
そして、今朝。
やはりどすんばたんと暴れまわる音で目が覚めた私は、
毛布を頭から被り、ぼんやりしていた。
すると何やら変な音が足元の方から聞こえてくるのである。
「プシュ!プシュ!」
という、何かに圧力をかけているような音だ。
何事かと思って、毛布から頭だけ出して音のする方に視線を投げかけると、
花子が備え付けの枕に跨って遊んでいるのである。
フェリーに備え付けてある枕を皆さんはご存知だろうか。
黒や茶色のカバーで覆われている四角い枕である。
横には何のためなのかわからないが、
(おそらく、中のスポンジに空気を含ませるためだろうが)
直径1センチ程の穴がそれぞれ左右に一つずつ開いている。
花子は上から圧力をかけることによってその穴から漏れる空気の音を、
太郎と一郎に聞かせながら遊んでいたのである。
「聞いて!聞いて!自転車に空気入れてるとき(と同じ音)みたい!」
等と言ってはしゃいでいる。
昨夜からずっと煩わしさを感じていた私は、そこで初めて少しだけ気持ちが和んだ。
無邪気だなー、と。
それと同時に、花子に言ってやりたかった。
花子が枕に跨ってリズミカルに身体を上下に振っているその姿は、
大人の世界では「騎乗位」と呼ぶんだということを。
だから、人前でそんなことをするな、と。
私の位置からは、花子の背中しか見えなかったのだが、
その姿は、彼女が淫猥さを全く意識していない分、余計に卑猥に見えた。
それは、
川端康成の『伊豆の踊り子』における薫の裸体に(私が)感じたものと同質であった。
バナナやホットドッグを妙齢の女性が人前で頬張るのをその恋人が嗜める―、
そんなシーンが小説の中にでてきても(村山由佳だったかな)、
私はそのような姿からフェラチオをする姿を生々しく連想することはできなかったのだが、
花子の姿を眺めていて、
あぁ、なるほど!
と、溜飲を下げたのであった。
連想する奴は連想するだろうし、
連想させるような行為は、
その意図がなかったとしてもはしたないことには違いない以上、するべきではない、と。
花子の邪気も他愛も無い遊びから、そんなことを考えさせられたのであった。
ここで念のために書いておくが、私はロリコンではない。
や、本当に。
さて…、
この花子の弟である太郎も、姉に負けない大きな示唆を、私に与えてくれたのである。
「騎乗位」に飽きた花子は、船内を散策したり弟たちと遊んだりしていたのだが、
少し遊び疲れたのか、横になっていると、突然、太郎に蹴っ飛ばされた。
この年頃の姉弟にはよくあることで、すかさず花子は弟を殴りつけた。
お、姉弟喧嘩が勃発するのか!?
と、内心わくわくしながらも無表情で眺めていたのだが、
太郎は花子に、
「そんなの全然痛くないよ。」
と、太太しく嘯いたのである。
弟の強がりを聞いた花子の顔は憎憎しげに歪んだ。
そして、
「そう。じゃあもっとしてあげる。」
そう言い放つやいなや、
肉の薄い弟の背中をその鉄拳で何度も何度も激しく打擲したのである。
「ドゴッ!ドゴッ!」
という、肉を打ち据える鈍い音と肺の中で空気が震える音が交じり合った、
何とも言い表し難い音が客室に響き、
痛みに耐えかねた太郎の顔は忽ちのうちに引き攣った。
半泣きになった太郎は、それでもか細い声で姉に訴えた。
「僕、そんなに叩いてないのに…。」
花子はそんな情けない弟に一瞥をくれ、そして、吐き捨てた。
「死ね!」
うわっ、怖っ!
と、傍観者の私は震え上がったのだが、
この花子の暴言に対する太郎の応答が酷く軽妙洒脱で振るっていた。
太郎は相変わらずの半泣き声で、
そして、本当にどうすればいいのかわからないという戸惑いを隠さずに言ったのである。
「どうやって死ぬの?お手本見せて…。」
と。
思わず私は噴き出してしまった。
何て機知に富んだ返答だろう。
この当意即妙さ、かの一休宗純に勝るとも劣らないのではないか。
今後、同じようなシチュエーションになったら、是非とも使わせてもらいたい台詞だ。
もっとも、半泣きの太郎が戦略的にこのような気の利いた台詞を吐いたとは思えないが。
や、無意識だからこそ、素晴らしいのだ。
このような子ども特有の感性の鋭さを目の当たりにする度、私は舌を巻くのである。
花子も流石に手本を示すわけにはいかないのだろう、黙り込んでしまった。
後で母親から小っ酷く叱られていた花子と、
必要以上に痛い思いをした太郎には可哀想だが、
彼ら姉弟には大いに楽しませてもらった。
心の底から、ありがとう、と言いたい。
そういえば、一等五月蝿かった一郎は何も楽しませてくれなかったな…。
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