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『200Q・いもむし男』(12)

2009/10/16 23:13



【n2】
亜輝子はもう一度子猫の絵を眺め、「どうして、この子には瞳が無いの?」と訊いた。
「うん」と翔吾は頷き、自分が抱える絵を確認するように見てから、「描くべきじゃなかったから」と答えた。
「描かない方がいいと思ったわけね?」と、彼女は訊き直した。
「描いた方がいいと思ったけど、描くべきじゃなかったから、描かなかったんだ」と彼は答えた。
亜輝子は溜息をつき、翔吾の目を覗き込んで言った。「瞳を描かない絵は、自殺願望のサインなのよ、知ってる?」
彼女の明るい瞳にまっすぐ見据えられ、思わず顔を赤くしながら彼は首を左右に振った。
「あなた、自殺願望があるの?」
「無い・・・と思う」
「それならいいけど」亜輝子はショルダーバッグの口を開けて財布を取り出した。「カードは使える?」
「カード?」と、彼は首を傾げる。
「使えるわけないか・・・現金はあんまり持ってないんだけど、この子猫ちゃんはお幾らなのかしら?」
「え?」と、彼は驚いてやや素っ頓狂な声を出した。
「え?って、あなた、売ってるんでしょう?この子を」と、彼女は眉間に皺を寄せ、思わず声を荒らげる。
「ああ、はい、そう、すみません」彼は彼女の凄みに怯え、ぎこちない笑顔を作って答えた。「7,760円です」
「7,760円?」今度は亜輝子が素っ頓狂な声を出した。「何それ?いったい、どういう根拠でそういう半端な値段になるわけ?」
「ああ、それは・・・僕のアパートの家賃が7,500円で、ここから帰る電車賃が260円なんで、両方で7,760円になるわけです」
「ふーん」と言いながら、彼女は財布を覗き込んで小銭を探した。「確かに計算は合ってるけど・・・それにしても随分安いのね」
「ボロアパートだから」
「そうじゃなくて、子猫ちゃんが、よ」
亜輝子にそう言われ、翔吾は少し考え込んだ。しかし今さら値上げするわけにもいかない。亜輝子は財布の中の千円札と百円玉を数えていたが、遂に諦めて1万円札を引っ張り出した。「ダメ、足りない。これでお釣りいただける?」
翔吾はスケッチブックを一端閉じて小脇に挟み、ジーンズのポケットに両手を突っ込んでしばらくごそごそ探っていたが、彼の手が発掘したのは300円だけだった。亜輝子は掌に申し訳なさそうに並んだ3枚の百円玉と、彼の困った顔を交互に見比べた。
「300円?あなた、それだけしか持ってないの?本当に?なんで?」
「なんで、と言われても・・・話せば長いことながら・・・」
「もし、その絵が売れなかったら、たった300円で、明日からどうするつもりだったのよ?」
「うん」と翔吾は言いながら、ちょっと回りを見回して小声になった。「実は、東京理科大に行っている友達に金を借りに来たんだ」
「理科大に?理工学部?」
「いや、薬学部」
「薬学部はここには無いわよ」
「薬学部はここには無い?」
「千葉県野田市。300円じゃ行けないわ」
「うーむ」翔吾はスケッチブックを小脇に挟んだまま腕組みをして唸った。
「そのお友達が、薬学部は飯田橋に在るから来いって言ったの?」
「言った。そいつは金持ちの息子だから・・・おい、未野、金に困ったらいつでも俺が貸してやるぞ、金利は30パーセントでどうだ?って」
「ひどーい、そんなに取るなんて、サラ金並みじゃない。しかもキャンパスの場所は間違ってるし・・・その人、本当に薬学部に行ってるのかしら?何だか怪しいなぁ」
「わからないけど、本人は薬学部で毒薬について学ぶんだと言っていた。中学校の同級生なんだけどね、私立探偵を目指している」
(私立探偵?)亜輝子は思わず噴き出しそうになった。が、その前に彼女のお腹が大きな音を立てて空腹を訴えた。
「わかったわ、それじゃ」と、財布をバッグにしまいながら彼女は提案した。「とにかくこうしましょう。今から神楽坂のロック喫茶『Jin-Jin』に行って、一緒にゴハンを食べる。私が出すから心配しないでね。そこで1万円札でお釣りを貰って、それからあなたに子猫ちゃんのお代を払う、それでいい?」
翔吾は頷いた。彼女の提案を拒む理由は全く無かった。彼の胃袋が空っぽになってから3回目の夕暮れが迫っていたのだから。
・・・・・・・・・・・・・
(ここでちょっとだけ噂の出た翔吾の友達はあとで本格的に登場します。ちゃんと私立探偵になっていたんですねぇ。「ちゃんとした」私立探偵、という意味ではありませんが・・・ではまた、続きをお楽しみに。)


Tags: 輝子 | | 薬学部 | | | 子猫 | 探偵 | 私立 | 財布 | 小脇
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