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飛虎隊伝説

2010/08/19 22:18

以下、ネット上で採集したお話。


これからしばらくの、夏の夜のお料理の素材となるはず。



★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




昭和16年4月15日。米国大統領フランクリン・ローズヴェルトは、ある重要な大統領令(行政命令)に署名、直ちにその命令が実行に移されました。そしてその命令とは、


「米国空軍・海軍・海兵隊軍人は、クレア・リー・シェノールト陸軍大佐麾下の「フライング・タイガース」戦闘機部隊に志願すべし」


というものだったのです。



「フライング・タイガース(以下、飛虎隊と略)」とは、蒋介石軍(支那軍)の空軍顧問だった米軍佐官・クレア・リー・シェノールト(支那名は陳納徳、日本では一般にシェンノートと書かれる事が多い)が、
蒋介石夫人・宋美麗の資金提供を受け、米国陸海軍航空隊に所属していた一癖も二癖もあったならず者の現役戦闘機パイロット約100名と、整備士等の地上支援要員約200名をもって創設した傭兵戦闘部隊「アメリカン・ヴォランティア・グループ(American Volunteer Group:略称「AVG」)の事です。


「AVG」は、機体の機首部分に吊り目と鮫口(シャーク・マウス)、主翼に支那(中華民国)のマーク「青天白日旗」が描かれた、当時の米軍最新鋭戦闘機・カーチスP−40──これは、米国で成立した武器貸与法に基づいて供与された機体──を擁し、一般には「飛虎隊」の名で知られており、「AVG」の名よりもむしろこちらのほうが知名度が高く、AVGは知らないが飛虎隊は知っているという方が多いと思います。


さて、この飛虎隊は、表向きAVGの「V(ヴォランティア)」が表しているように、あくまでも蒋介石軍を支援する為に馳せ参じた米国人の「義勇軍」とされていました。


しかし飛虎隊が主戦場としたのは、日本陸軍と蒋介石軍が支那事変=日中戦争を戦っていた支那大陸であり、当時、蒋介石軍の航空兵力が日本陸軍航空兵力によって事実上壊滅状態にあった事を考えると、支那軍機として日本軍機と空中戦を演じていたのは、実質的に飛虎隊だったといえます。


さらに、ローズヴェルトの大統領令、そして構成員が米軍関係者、使用機種が米軍の最新鋭戦闘機となると、これはもう単なる義勇軍どころの話ではありません。


むしろ、米国が「国策」として飛虎隊を編成、支那大陸に派遣したとみるべきで、日米開戦の8ヶ月も前に、米軍は支那大陸に於いて宣戦布告なきまま日本軍との戦闘状態に突入していたという事になるのです。


その後飛虎隊は、日本陸軍が新たに「ゼロ戦(三菱零式艦上戦闘機)」──米軍が「ゼロ・ファイター(Zero Fighter)」として恐れた高性能戦闘機を支那戦線に投入した事で壊滅。


昭和17(1942)年7月、飛虎隊の残存兵力は、米軍正規部隊である第10空軍の戦闘機大隊「チャイナ・エア・タスクフォース=China Air Task Force:略称CATF」に編入、更に大戦後期には、米国第14空軍麾下の「中美混合航空団:美は米国の事」として戦い、終戦を迎えたのです。


このように、支那事変における飛虎隊から、日米開戦後の「CATF」→「中美混合航空団」に至る一連の流れを見ていくと、そこには連続性があります。


また、これは非常に重要な事なのですが、支那事変の「直接当事国」はあくまでも日本と支那(蒋介石政権)でした。米英ソが、軍事顧問団の派遣や物資援助をしていたのは事実であり、これが劣勢だった蒋介石軍を支えていた事は否めません。


しかし、日米開戦前の段階に於いて、米国が「義勇軍」の名を借りた空軍部隊(飛虎隊)を派遣したとなると話は全く別です。これは、明らかに中立義務違反であり、国際法上許されるべきものではありません。


ましてや、自国が宣戦布告なきまま、支那大陸に於いて日本軍との戦闘状態に突入していながら、真珠湾攻撃を、日本からの宣戦布告が遅れた事で、騙し討ち等と称する事は、正に言語道断といえます。


それこそ、米国側が喧伝してきた所の「Sneaky(卑劣な)」というものです。


最後に、真珠湾攻撃直前の日本潜水艦撃沈や、飛虎隊の支那派遣とは別に、米国が自ら対日戦争を望んでいた事実を書いて締め括りたいと思います。


それは真珠湾攻撃の7ヶ月も前、昭和16年5月に、米国が蒋介石軍と共に、支那大陸から日本の主要都市に対する渡洋爆撃(日本本土空襲)を計画、スチムソン陸軍長官、ノックス海軍長官、更にはローズヴェルト大統領までもが承認の署名をしていた、というものです。


結局、この計画は、欧州戦線への爆撃機投入が優先された事により、実行が開戦後にずれ込んだ訳ですが、計画によれば、カーチス戦闘機350機、ロッキードハドソン爆撃機150機を投入し、大阪・神戸・京都・東京・横浜といった日本の主要都市に対する爆撃を実施する。


爆撃に際しては、木造家屋の多い日本の事情に合わせて焼夷弾を使用する。


といったものでした。


余談ですが「焼夷弾」とは、戦時中、日本中を焦土に変えた米軍による空爆=空襲で威力を発揮した兵器で、爆裂して目標を破壊するのではなく、目標=主として日本の木造家屋を焼き尽くす事を目的に、戦前から米軍内で独自に研究開発された「対日戦争専用兵器」でした。


もしも、米国が、本当に日本との戦争を望んでおらず、真珠湾攻撃が騙し討ちだったというのであるならば、わざわざ開戦前から日本専用の兵器開発に手を染める必要性等なかったのです。


つまりは、如何に米国が真珠湾奇襲(騙し討ち)・日本軍国主義などと喧伝し、戦後も、米国は正義・日本が悪だったという「日本悪者論」を展開しようとも次々と明るみに出てくるこれらの事実を見れば、日米どちらにより大きな「戦争責任」があったか、如何に米国が「日本との戦争(大東亜戦争)」を欲していたかは、火を見るよりも明らかな事なのです。




★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



…というわけなんだが、どうもおかしな記述ばかりが目に付くので、料理の素材と決定した次第。


検索をかけてみると、ネット上に「拡散」されている様子も見受けられるので、消毒が必要に思われる。




で、今夜は、

 

 

昭和16年4月15日。米国大統領フランクリン・ローズヴェルトは、ある重要な大統領令(行政命令)に署名、直ちにその命令が実行に移されました。そしてその命令とは、


「米国空軍・海軍・海兵隊軍人は、クレア・リー・シェノールト陸軍大佐麾下の「フライング・タイガース」戦闘機部隊に志願すべし」


というものだったのです。

 

 

…というお説を検証してみよう。

 

 

アラン・アームストロング 『「幻」の日本爆撃計画 「真珠湾」に隠された真実』 日本経済新聞出版社 2008)には、次のように書かれている。

 

 

 アメリカ義勇兵部隊結成のいきさつを知る権威の多くは、ルーズベルト大統領は同部隊結成を承認する秘密の大統領令に一九四一年四月一五日に署名していると語ってきた。これらの権威の一人であるクリア・シェノールトは、自伝の中で次のように記している。「一九四一年四月一五日、予備役将校と下士官が、中国におけるアメリカ義勇兵部隊に入隊する目的で陸軍航空隊並びに海軍と海兵隊の航空隊を除隊することを承認する、非公開の行政命令が大統領の署名の下で発令された」。また、『ならず者の戦い』の著者のドウェイン・シュルツ教授は、ルーズベルト大統領は「陸・海軍の現役将兵が一年間中国で軍務に服する契約をCAMCOとの間で結び、その後、以前の階級を失うことなく再び所属部隊に帰任することを許可する秘密行政命令に署名した」と主張している。しかしながら、ルーズベルトがアメリカ義勇兵部隊の結成を承認する大統領命令を文書で出した形跡はない。

 ノックス海軍長官補佐官のビーティー大佐が、真珠湾の合衆国海軍航空基地司令官、ジェームズ・シューメーカー大佐宛に一九四一年八月四日に書いた紹介状は、C.B.アデア大尉を紹介するものだった。だが、ビーティー大佐が行った紹介の中身はまったく不正確だった。

 

  中国政府によるパイロットおよび整備工の米軍からの採用を容易にすることは、かなりの期間にわたり、合衆国政府の政策だった。上記の将校は、中国政府に代わって採用を行っているインターコンチネント社の代表である。貴指揮官は同代表に協力し、貴航空基地のパイロットを面接して中国における軍務のためにインターコンチネント者に採用されることに関心があるか否かを打診することを可能にされたい。

 

 アメリカ人パイロットに中国軍の航空機を操縦させることが、「かなりの期間」アメリカの政策だったという事実はない。実のところ、シェノールトもその他の義勇兵たちも、宣戦布告なき日中戦争が勃発したあとの一九三七年八月には、中国を離れるようアメリカ領事から警告されているのだ。この警告がきっかけとなって、シェノールトはアラバマ州のモンゴメリー・アドバイザー紙に投稿した手紙のなかで次のように書いている。「中国航空公司のアメリカ人パイロットとその他の従業員の大半は、アメリカ領事の警告を受けて仕事を辞めた」。アメリカは中国にパイロットを提供していたという見方は、せいぜい一九三二年にジャック・ジューイット大佐が率いたアメリカ軍事使節団に該当するにすぎないのではなかろうか。とは言っても、その目的は中国人パイロットの育成であって、日本相手の戦闘で飛ぶことではなかった。

 次に、一九四一年八月七日、J.B.リンチ中佐はニミッツ提督に秘密覚書を送っている。テーマは、「セントラル航空機製造会社(CAMCO)による中国における海軍軍人雇用を認めるための除隊許可」だった。リンチ中佐はノックス長官に、自分は二ヵ月ほど前に多数の海軍将校とブルース・レイトンおよび陸軍航空隊を退役したオールドワース大尉なる人物との会合に呼び出されたと報告した。そのあとリンチ中佐はこう述べている。「示された目的のために海軍の将兵の除隊を認める計画は、海軍長官によって承認されていることが窺えた。長官もまた、大統領から指示を受けているというのが、私のはっきりした印象だった」

 書面による行政命令こそ不在だが、大統領が中国のための特別航空隊の結成を口頭で命令したことはほぼ疑いないだろう。リンチ中佐はまた、こうも報告している。「このような雇用が認められた海軍のすべての軍人は、正規の将兵も予備役の将兵も、合衆国軍隊となんら関係を持たないために、まず海軍あるいは海軍予備役から除隊しなければならないという決定が下された」

          (同書 159ページ〜160ページ)




アラン・アームストロング氏による限り、

 

 「米国空軍・海軍・海兵隊軍人は、クレア・リー・シェノールト陸軍大佐麾下の「フライング・タイガース」戦闘機部隊に志願すべし」

 

…という、大統領の署名のある行政命令は存在しない。

ただし、

 

 書面による行政命令こそ不在だが、大統領が中国のための特別航空隊の結成を口頭で命令したことはほぼ疑いないだろう。

 

…ということなのであるらしい。

それが、

 

 「このような雇用が認められた海軍のすべての軍人は、正規の将兵も予備役の将兵も、合衆国軍隊となんら関係を持たないために、まず海軍あるいは海軍予備役から除隊しなければならないという決定が下された」

 

…という条件を付けられたものであることには、真実味がある。

除隊後の将兵に義勇兵部隊への可能性を開いたという意味で、結果としては同じことになるのかも知れないが、型式としては大統領が義勇兵部隊への参加の条件を示したものに過ぎないのである。

あくまでも大統領は、文書による公式の指示(行政命令)を与えてはいないのであって、その違いは小さくはないのである。







Binder: 現代史のトラウマ(日記数:666/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2010/08/20 00:26
    要するに、

     「フライング・タイガース」戦闘機部隊に志願すべし

    …という内容・文言の、
    大統領の「命令」と呼べるものは存在しないということ。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2015/09/19 19:32
    いまだにデマ記事が「拡散」されているようなので…

    加筆修正して、ココログ版の「現代史のトラウマ」記事としてアップ。


     飛虎隊伝説 (1)
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0e14.html

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2015/09/21 22:08
    《タイトルを変更した》

     飛虎隊伝説 (1)

       ↓

     飛虎隊(フライング・タイガース)伝説 1

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