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続・笑止、笑殺、黙殺 (原爆投下とソ連対日参戦)

2010/11/08 22:25

ポツダム宣言をめぐる、昭和20年8月28日の、


 私はあの共同声明はカイロ会談の焼き直しであると考へてゐる、政府としては何等重大な価値あるとは考へない、ただ黙殺するだけである、我々は戰争完遂に飽く迄も邁進するのみである


…という鈴木貫太郎首相の談話(報道されたのは29日あるいは30日の各新聞紙面)にある「黙殺」という語が、


 笑止、對日降伏條件

 帝國政府問題とせず

 帝國政府としてはかかる敵の謀略については全く問題外として笑殺


…という8月28日の第一報紙面での評価に続くものとして、言論統制下の新聞紙上に登場したことは、前回に記した通りである。

 
 

『ウィキペディア』での「ポツダム宣言」の項では、その間の経緯を、

 

 

7月27日、日本政府は宣言の存在を論評なしに公表し、翌28日には読売新聞で「笑止、対日降伏條件」、毎日新聞で「笑止!米英蒋共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戰飽くまで完遂」「白昼夢 錯覚を露呈」などと報道された。同日、鈴木貫太郎首相は記者会見で「共同聲明はカイロ會談の焼直しと思ふ、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し、斷固戰争完遂に邁進する」(毎日新聞、1945年(昭和20年)7月29日)と述べ、翌日朝日新聞で「政府は黙殺」などと報道された。この「黙殺」は日本の国家代表通信社である同盟通信社では「ignore it entirely(全面的に無視)」と翻訳され、またロイターとAP通信では「Reject(拒否)」と訳され報道された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%84%E3%83%80%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80

 

 

…と説明している。ここには、


 この「黙殺」は日本の国家代表通信社である同盟通信社では「ignore it entirely(全面的に無視)」と翻訳され、

 またロイターとAP通信では「Reject(拒否)」と訳され報道された。


…とあるわけだが、


 笑止、笑殺、帝國政府問題とせず


…という国内報道の流れからすれば、「ignore it entirely(全面的に無視)」あるいは「Reject(拒否)」という訳語を「誤訳」として批難することも難しいだろう。

 

いずれにしても、鈴木首相によるポツダム宣言の「黙殺」は、原爆投下を目指していたトルーマン大統領にはまさに「天佑神助」となったのである。ここでは、『ウィキペディア』の「広島市への原子爆弾投下」の項を読もう。そこには、

 

 

米国政府の声明 8月7日
6日深夜(米東部標準時。日本時間7日未明)、アメリカ合衆国ワシントンD.C.のホワイトハウスにてハリー・S・トルーマン米大統領の名前で次のような内容の声明を発表した。


16時間前、アメリカの飛行機が日本軍の最重要陸軍基地・広島に一発の爆弾を投下した。この爆弾の威力はTNT2万トンを上回るものである。これまでの戦争の歴史において使用された最大の爆弾、イギリスのグランドスラム爆弾と比べても、2000倍の破壊力がある。(中略)つまり原子爆弾である。

ポツダムで7月26日に最後通告が出されたのは、日本国民を完全な破壊から救うためであった。日本の指導者たちは、この最後通告を即刻拒否した。もし彼らがアメリカの出している条件を受け入れないならば、これまで地球上に一度も実現したことのないような破壊の雨が降りかかるものと思わねばならない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B8%82%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

 

 

…という、トルーマン大統領の声明の内容が紹介されている。
トルーマンは、大日本帝國政府によるポツダム宣言の「黙殺(つまり Reject である)」という取り扱いに対し、

 

 ポツダムで7月26日に最後通告が出されたのは、日本国民を完全な破壊から救うためであった。

 日本の指導者たちは、この最後通告を即刻拒否した。

 もし彼らがアメリカの出している条件を受け入れないならば、これまで地球上に一度も実現したことのないような破壊の雨が降りかかるものと思わねばならない。


…と応じたのであった。

ポツダム宣言黙殺は、原爆投下の正当化に、大いに役立ったのである。

 

 

 

ポツダム宣言の「黙殺」をめぐっては、スターリンも同様に大きな利益を得ている。ソ連政府による対日宣戦布告は、

 

 

マリク

政府ノ訓令ニヨリソ連政府ノ日本政府ニ對スル左ノ宣言ヲ傳達スヘシ

ヒットラー獨逸ノ壊滅及ヒ降伏後ニオイテハ日本ノミカ引續キ戰争ヲ繼續シツツアル唯一ノ大國トナレリ、日本兵力ノ無條件降伏ニ關スル本年七月二十六日附ノ亜米利加合衆國、英國及ヒ支那三国ノ要求ハ日本ニヨリ拒否セラレタリ、コレカタメ極東戰争ニ關シ日本政府ヨリソ連邦ニ對シナサレタル調停方ノ提案ハ總テノ根據ヲ喪失スルモノナリ

日本カ降伏ヲ拒否セルニ鑑ミ連合國ハ戰争終結ノ時間ヲ短縮シ、犠牲ノ數ヲ減縮シ且ツ全世界ニオケル速カナル平和ノ確立ニ貢獻スルタメソ連政府ニ對シ日本侵略者トノ戰争ニ参加スルヤウ申出テタリ

總テノ同盟ノ義務ニ忠實ナルソ連政府ハ連合國ノ提案ヲ受理シ本年七月二十六日附ノ連合國宣言ニ加入セリ

斯ノ如キソ連政府ノ政策ハ平和ノ到来ヲ早カラシメ今後ノ犠牲及ヒ苦難ヨリ諸國民ヲ解放セシメ且ツ獨逸カ無條件降伏拒否後體驗セル如キ危險ト破壊ヨリ日本國民ヲ免ルルコトヲ得セシムル唯一ノ方法ナリトソ連政府ハ思考スルモノナリ

右ノ次第ナルヲモツテソ連政府ハ明日即八月九日ヨリソ連邦ハ日本ト戰争状態ニアルモノト思考スルコトヲ宣言ス


東郷外務大臣・マリク大使會談録(八月十日午前十一時十五分−十二時四十分)


     (外務省編纂 『日本外交年表竝主要文書』 原書房 1966)

 
 

…というものであった。ポツダム宣言の「黙殺」は、


 日本兵力ノ無條件降伏ニ關スル本年七月二十六日附ノ亜米利加合衆國、英國及ヒ支那三国ノ要求ハ日本ニヨリ拒否セラレタリ


…として解釈され、それまでの日本政府からのソ連政府による和平仲介の希望(調停方ノ提案)は、


 コレカタメ極東戰争ニ關シ日本政府ヨリソ連邦ニ對シナサレタル調停方ノ提案ハ總テノ根據ヲ喪失スルモノナリ


…として処理され、ソ連の対日参戦が、


 斯ノ如キソ連政府ノ政策ハ平和ノ到来ヲ早カラシメ今後ノ犠牲及ヒ苦難ヨリ諸國民ヲ解放セシメ且ツ獨逸カ無條件降伏拒否後體驗セル如キ危險ト破壊ヨリ日本國民ヲ免ルルコトヲ得セシムル唯一ノ方法ナリトソ連政府ハ思考スルモノナリ


…として正当化されたのである。

 

 

 

戦後間もない日に、ある日本人は、次のような言葉を残した。

 

  御聖断遂に降る


 今から思へばソ聯の参戦といふことがなかったならば、原子爆弾のみでは或ひはこのやうに急速な終戦はやって来なかったかも知れない。この意味では、ソ聯の参戦はその宣戦布告にも云ってゐるやうに、確かに「平和の招来を早からしめた。」ソ聯から宣戦されることによって政治的な唯一の活路をもまた閉ざされた日本は、戦力の点ではこれよりずっと以前に完全に参ってゐたのである。いまはもはや無条件降伏以外に潰滅から免れる方法は残されてゐなかったのである。軍部、殊に陸軍の一部に行はれてゐたやうな無謀極まる自滅戦術――皇国を焦土と化して一億玉砕のゲリラ抗戦を継続するといふ狂気沙汰に興せざる限り政府當路としてここでなすべきことは既に決まっていたのである。

     大屋久壽 『終戦の前夜』 (時事通信社 昭和20年12月15日刊)
 

それは、政治が軍事に従属させられた果ての結末であった。「戦力の点ではこれよりずっと以前に完全に参ってゐた」にもかかわらず、原爆被害とソ連参戦を抜きに、政治的に戦争終結が導かれることはなかったのである。軍人は「完全に参ってゐた」事実を事実として認めようとはしなかったし、政治家にも軍人を説得する力はなかった。そして国民は、既に国家が軍事的に「完全に参ってゐた」にもかかわらず、原爆の「地球上に一度も実現したことのないような破壊の雨」の威力と、ソ連軍の「平和ノ到来ヲ早カラシメ今後ノ犠牲及ヒ苦難ヨリ諸國民ヲ解放セシメ且ツ獨逸カ無條件降伏拒否後體驗セル如キ危險ト破壊ヨリ日本國民ヲ免ルルコトヲ得セシムル唯一ノ方法」のもたらす苦難の犠牲となっていったのである。

ポツダム宣言受け入れによる戦争終結を促したのは、結局のところ、原爆とソ連軍だったのであり、ポツダム宣言受け入れによる戦争終結を最終的に決定したのは、政治家の理性でも軍人の潔さでもなく国体存続を望む天皇の意思であった。

 

 

いずれにせよ、ポツダム宣言の「黙殺」は、トルーマンとスターリンに原爆投下と対日参戦のチャンスを与え、その正当化の論理さえ提供したのである。大東亜戦争の軍事的敗北は、ダメ押し的な外交的敗北と共に訪れていたのであった。

 

 

 

 

 



Binder: 現代史のトラウマ(日記数:666/全体に公開)
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