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洋上のB−29と特攻精神

2011/12/07 22:16

そもそもは「特攻精神」を俎上にして、戦闘員の生命尊重という問題を考えていたわけだ。あるいは、皇軍における、戦闘員の死を自己目的化したようにさえ見える、軍中央で企画立案された作戦行動としての「特攻」の問題。



そんな中で、B−29のスーパー・ダンボと呼ばれる、洋上救難型の機種の実態を追求してみたわけである。


そして、問題のスーパー・ダンボ・タイプのB−29のスペックの詳細、あるいはB−29に搭載されたエドA−3型の救難用ボートのスペックの詳細を、複数の資料を読みながら追求したわけだが、それをヲタク的知識の問題としてではなく、不時着水したB−29搭乗員の救難への米軍の努力の実態の問題として考えたいのである。


その努力は、本来なら爆撃用のB−29の改造機種をわざわざ製造し(並行して救難用ボートの開発・製造も行なわれていたであろう)、それぞれ(B−29改造機種、A−3のそれぞれ)に必要な資材を調達し、製造工程を構築し、配備し、搭乗員の訓練をし、運用部隊を組織し…と、実に様々な過程を経て実現されるものであった。

そのためには資金も人員も時間も必要なのであり、米軍はそれを、実際に用意し、供給したのである。


そのような問題として、スーパー・ダンボの存在や、A−3のスペックの意味を考えたいわけである。




一方で、わが日本の誇る「特攻精神」を考えようとする上で、「統帥の無責任」という観点を提示したわけだが、帝國陸海軍の統帥システムのどこにも、スーパー・ダンボやA−3に相当する装備の開発・配備の必要性という認識を見出すことは出来ないように思われる。


そんなことを考えつつ、しかしそれを単なる「戦闘員の人命尊重」というセンチメンタルな問題としてではなく、戦争遂行のマネジメントの問題として提示してみたわけだ。





あらためて再録すれば、


 救難システムの存在には、単なる人命尊重以上の意味があったのである。搭乗員には訓練が必要であり、その養成には時間と資金の投下が不可欠なのである。爆撃搭乗員とは、その養成に多くのコストを要するものなのであり、使い捨てにするのではなく使いまわさねばならないものなのである。要するに、米軍における救難システムの存在は、単に軍人兵士の人命尊重を意味するだけではなく、戦争遂行のマネジメントの問題でもあるということなのだ。
 特攻とは、訓練養成にコストを要するパイロットを使い捨てにすること(もちろん、航空機という生産に高いコストを要する兵器も使い捨てにされる)で可能となる軍事行動である。

 戦争遂行のマネジメントという観点からしても、軍事作戦としての「特攻」という選択は、「統帥の無責任」を象徴した行為であることを、あらためて理解しておく必要を感じる。


…ということなのであり、


 B−29一機の喪失は、11人の搭乗員の喪失に結びつく。機体は失われても、搭乗員を失わないための努力が、このような海上救難システムとして組み上げられていたわけである。それは何より搭乗員自身の生命の問題であるが、銃後で無事な帰還を待つ搭乗員の家族―それぞれに一票を投じる権利を持った、政治的決定に関与出来る、国内世論を形成する家族である―の問題であり、訓練を経た貴重な搭乗員を失う軍の問題でもある。

 米軍の場合、手厚い救難システムの整備をすることが、前線兵士のより高い士気を支えると考えられ、戦争遂行に対する国内世論の確保に結びつくと考えられ、様々な意味で軍の利益に合致すると考えられていた、ということになるのであろう。


…ということであったのだと思われる。








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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2011/12/07 22:57
    …ということで一段落、かな?

  • Comment : 2
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2011/12/08 01:26
    ふむぅ。。
    第二次大戦中、アメリカ国内で「(前線兵士に)もっとタバコを届けよう!」という官民一体の運動があったようです。当時は、喫煙がストレスの緩和に絶大なる効果があると信じられていたようです。現在では考えられないことですけど(笑)

  • Comment : 3
    askyneko
    askynekoさん
     2011/12/08 05:02
    12月8日未明は真珠湾攻撃でしたかね〜

    敵と見方という考え方も、なんだかなぁなんて思っていたりします。


    ゆうべ、そういえば、桜里さんのブログ読みながら眠ったら、なんと、お会いしたこともない桜里さんが、夢の中に出演されました!ビックリです!!

  • Comment : 4
    kiyoppy
    kiyoppyさん
     2011/12/12 08:54
    以前に、M.T.ケネディの「空母バンカーヒルと二人のkamikaze」について、一文をものしたことがあります。
    これは、実はわたしは読んだことがなくて、新聞の広告を見て、それに橋の上のホラティウスというチャーチルが好きだったという詩を見つけて、それから特攻隊員たちの心情や特攻という行為そのものについて考えてみたのです。
    当時の・・・、そして恐らく今も、日本人の精神性はちっとも変っていなくて、そこには何らの合理性はないように思えます。
    ただ、統帥の無責任ということは確かにあったにしても、彼ら特攻隊員たちは、まさに橋のホラティウスのように、愛する者たちの為に、愛する祖国のためにわが身を犠牲にした、これも間違いのないことであると思います。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2011/12/17 23:16
    Mr.Dark 様


    戦場を舞台とした映画でも、
    捕虜収容所を舞台とした映画でも、タバコの入手は大問題。

    …という話は定番的エピソードだったはずなんだけど、
    そんなシーンも映画から消えていってしまうんでしょうかねぇ…

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2011/12/17 23:18
    askyneko 様


    >なんと、お会いしたこともない桜里さんが、夢の中に出演

    出かけた記憶はないのですが…

    しかし、どんな振る舞いをしていたのかは気になったり…

  • Comment : 7
    umasica :桜里
     2011/12/17 23:39
    kiyoppy 様


    >彼ら特攻隊員たちは、
    >まさに橋のホラティウスのように、
    >愛する者たちの為に、
    >愛する祖国のためにわが身を犠牲にした…

    この問題は、別に日本の「特攻隊」独特ということではなく、
     (シリーズの最初の方で書いたことですが)
    ナチの戦車に突撃するポーランドの槍騎兵とか、
    アラモ砦のテキサス人とか、
    占領者としてのイスラエルに立ち向かうパレスチナ人とか、

     生還を期することなく、
     愛する者たちの為に、
     愛する祖国のためにわが身を犠牲に

    …した人々は、むしろ、かなり普遍性を持った存在なんですよね。

    日本の特攻の問題は、
    あの戦艦大和のケースに象徴的なんですが、
    「特攻」の自己目的化にあるんじゃないかと思ってます。

    第二艦隊司令長官の伊藤整一長官が、
    最終的に特攻に同意したのは草加連合艦隊参謀長の、

     一億総特攻のさきがけとなって…

    …という言葉だと言われているわけですが、
    この「一億総特攻」という問題は、
    現在の我々が、もっと深く考えるべきものだと思うわけです。

    つまり「一億総特攻」が意味するのは、
    戦闘員と非戦闘員の区別の消失状態なんですね。
    これは、まさに原爆投下を正当化させてしまう論理です。

    そんな「一億総特攻」という理屈が説得力を持ってしまった歴史。
    こういう心情のあり方を克服出来ないのだとすれば、
    日本人は何度でも敗戦体験を繰り返すしかないんじゃないか?

    そんなことを考えたりしているわけです。

  • Comment : 8
    askyneko
    askynekoさん
     2011/12/18 04:10
    >当時は、喫煙がストレスの緩和に絶大なる効果があると信じられていたようです。
    >現在では考えられないことですけど(笑)


    現在では、禁煙できない喫煙者にとっては
    「喫煙がストレスの緩和に絶大なる効果があると信じられて」いるような・・・・
    (いえ、ほんの身近な症例ですが・・・)




    >出かけた記憶はないのですが…
    >しかし、どんな振る舞いをしていたのかは気になったり…

    そうそう、はるばる、お疲れ様でございました。

    あの日は、あんなこと、こんなことなど・・・の、あれこれ、どれそれで・・・・
    そりゃぁもぅ・・・たいへんな・・・・いろいろで・・・

  • Comment : 9
    umasica :桜里
     2011/12/18 22:45
    >現在では、禁煙できない喫煙者にとっては…


    ウチの場合、

     禁煙しようともしない喫煙者にとっては…

    …ってなりそう。

    多分、

     禁煙はストレスの増加に絶大なる効果が…

    …とか思っているらしい。


    >あの日は、
    >そりゃぁもぅ・・・たいへんな・・・・いろいろで・・・

    覚えておりませんなぁ。
    多分、あなたは夢でも見ていたんでしょう。
     (これ、むしろ、現実的な対応?)

  • Comment : 10
    kiyoppy
    kiyoppyさん
     2011/12/19 06:37
    大和の特攻のような戦略とも戦術も言えぬ行為は、わたしにも到底納得がいくものではありません。それは、軍令部に智慧がなかった、あるいはあっても空気に流されてしまった・・・、という辺りにありそうな気がします。
    兵員や物資の消耗を極力少なくさせるということに配慮しなければならない上層の者達がこういう精神状態では、勝てる、あるいは講和に持ち込めたはずの戦争であっても、無条件降伏にも等しい、後世に禍根を残す結果となってしまっても当然であったとしか言えません。
    ただ、ホラティウスが讃えられるのは、こういう英雄的、自己犠牲の精神が普遍的なものでありながら、実際には極めて稀なことであったからであると考えます。
    すなわち、当時の軍上層部はまったくだめであったけれども、日本の第一線の兵士達は大変に誇るべき存在であった、これがわたしの考え方であります。

  • Comment : 11
    umasica :桜里
     2011/12/24 11:31
    kiyoppy 様


    >当時の軍上層部はまったくだめであったけれども、
    >日本の第一線の兵士達は大変に誇るべき存在であった…

    「あの戦争」は、結局のところ「自存自衛」を掲げながら、
    亡国の事態として帰結したわけで、
    まずはその事実を直視しなければならないし、
    その歴史的過程の当事者責任は追及しなければならない。

    …という思いが、私の場合、まずあるので、
    旧軍組織の問題点(その負の側面)にも無関心ではいられません。

    ただし、そこで忘れてはいけないのは、大岡昇平が書いているように、

     無論中には遅れた昇進、その他によって意地悪になった古兵もいたが、旧日本軍隊の兵士が悉く悪漢であったかの如く想像するのは、丁度前線で一部の者の犯した惨虐を見て、日本兵を悉く人でなしと空想するのと同じく事実と符合しない。(「季節」 『俘虜記』)

    …ということなんだと思ってます。
    大岡の視点が抜けてしまうと、
    ステロタイプなサヨク老人病的反戦平和論に陥ってしまいます。

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