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海に沈んだ陸軍将兵と統帥の無責任

2011/12/08 22:01


 この戦争で戦時商船、輸送船に対して日本が犯した失敗の原因を一言で言うならば、「過去のあらゆる体験や失敗に対する原因の究明の欠如と、そこから早急に新しい対策(ソフト・ハード両面の)を生み出そうとする積極的な思考の完全な欠如」であろう。

 自らの行動の結果に対する分析と検討と、次なる対策を早急に考え出そうとする一つのシステムがほとんど機能していなかったことは、軍という組織の中に長い間に育ってしまった習慣の尊重と形式主義の横行、言い換えれば事勿れ主義の横行と常に進取の精神に満ちあふれた科学技術に対する研鑽の欠如の気風の蔓延であったと考えざるを得ないのである。

 第二次大戦中に発生した連合軍側と日本の商船の損害を見たとき、そこには特異な違いがあることに気がつく。それは商船の沈没によって発生する犠牲者の数において日本が圧倒的に多いことである。

 客船や貨物船を軍隊輸送船として徴用し、それらが撃沈された時、一船あたりの犠牲者の数が一〇〇〇名を越えるという例は連合軍側ではわずかに三例を見るだけである。しかもその例の犠牲者の大多数は、輸送中の枢軸軍の捕虜が犠牲となったり、緒戦において連合軍の撤退将兵と民間人の混乗する商船の沈没等の特殊な例に限られていることである。

 ところが日本では一〇〇〇名を超える犠牲を出した沈没事例は実に五〇例にも達するのである。そしてその犠牲者のほとんどが輸送途中の将兵であるという事実に異常性がある。

     大内建二 『悲劇の輸送船 言語道断の戦時輸送の実態』 光人社NF文庫 2007 368〜370ページ)



 太平洋戦争中に撃沈された一〇〇総トン以上の日本の商船の総数は二五六八隻、八三八万総トンに達している。そしてその中の多くは軍隊輸送の最中に撃沈されており、その犠牲になった将兵の数はおよそ九万五五〇〇名に達しているのである。

 この数は陸軍歩兵八個師団に相当するもので、しかもこの八個師団の将兵は戦わずして無為に失われたもので、各戦線での戦力の絶対的な不足の大きな要因になったわけである。

 太平洋戦争において犠牲になった日本の陸海軍将兵の総数はおよそ一八六万五〇〇〇名とされている。輸送船の撃沈で失われた将兵はこの中の五・一パーセントという無視できない数字となって現れているのである。

 勿論、輸送船の撃沈で犠牲になったのは将兵ばかりではない。一般民間人や軍属も合計四万八八〇〇名という多数の犠牲を出しているばかりか、各種輸送船の乗組員もおよそ三万一〇〇〇名も失われたのである。

 つまり二五七〇隻の商船の損失の陰には合計十七万五三〇〇名という想像を絶する数の人命が失われているのである。

 日本と欧米の戦時商船の損害の違いの中に隠されている真の犠牲の原因を改めて認識していただきたい。

     (同書 375〜376ページ)




つまり、大東亜戦争の対米英戦争段階で靖国の英霊となった将兵の二十人に一人は、撃沈された輸送船の船倉に閉じ込められたまま死んでいったということなのである。






対米英戦争を開始するに際して、統帥部は船舶需給の見通しを完全に見誤ったし(それは恒常的な船舶不足と、後の「第二次戦時標準船」の粗製濫造に帰結する)、太平洋戦域という海上輸送が不可欠となる戦場における輸送船団の海上護衛の必要性を考慮することがなかった。南方でやっと獲得した貴重な資源の本土への輸送にも、本土から戦場への兵員と装備の輸送にも、長距離の海上輸送が不可欠であったにもかかわらず、輸送船舶の用意においても、その護衛艦隊の準備においても、あまりに杜撰なものであった。



それは、死んだ兵士にとっては何より自分自身の命の問題であったし、兵士の家族にとっては大事な父であり息子を失うことを意味したわけだが、戦力の基盤である将兵の命の軽視は、軍事的には戦争遂行に必要な戦力の喪失そのものとして帰結し、その重要な問題に無自覚な統帥部の作戦行動に依存した国家の敗戦は必然であったと言うしかない。









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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2011/12/08 23:20
    「統帥の無責任」という問題が、
    輸送船もろとも沈められたりジャングルの奥で餓死した兵士を、
    靖国の英霊として祀り上げることで済ませられては、
    それこそ「英霊に相済まない」話なんじゃないかと思うわけだ。


     (真珠湾攻撃70年目の夜の感懐)

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2011/12/09 06:13
    死を恐れない勇猛な兵士は精強な軍隊を基礎付けるが、
    兵士の生命を消耗品扱いして平気な将軍の存在は、
    近代総力戦時代の軍を敗北に導く、という問題にも思われる。

    兵士はいくら死のうが、新たに召集すれば補充される。
    そのような考えは、銃後の生産過程から熟練した労働力を奪い、
    総力戦遂行を根底から突き崩してしまう。


    兵士の命の軽視という倫理的問題というだけでなく、
    総力戦遂行のマネジメントという観点からも、
    大日本帝國における「統帥」の問題は追及されるべきである。

    詰まるところ、負けるべくして負けているのだ。
    それも兵士の生命の徹底的な軽視の上に、である。

  • Comment : 3
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2011/12/09 16:59
    特攻は、戦況の悪化によりやむにやまれず始めたと認識している方が多いようですが、真珠湾攻撃の時点で事実上の「特攻」は行われていたようですね。特殊潜航挺は航続距離が短いため、作戦終了後に部隊に帰還することは不可能だったのですから。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2011/12/17 23:47
    Mr.Dark 様


    「特攻」の原型となるのは「爆弾三勇士」ではないかと…

    ただ、当時の軍関係者は、
    あのような自爆攻撃には批判的だったという話もありますね。
     (「日本軍の体質」という言い方には問題があるかも)

    …と言いつつも、
    「203高地」なんか考えると、実質的自爆攻撃状態だし…

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