umasica :桜里さんのマイページ

ボンバールとスーパー・ダンボ

2011/12/11 22:59

アラン・ボンバールについて、その著書『実験漂流記』の訳者である近藤等氏による「著者の横顔」の引用を続けると、



 スポーツ、とくに水泳が好きであったボンバールは、英仏海峡横断に参加するほどの腕前であると同時に、海そのものが好きで、フランスの港町ブーローニュ・シュール・メールの病院で医師としての第一歩を踏みだした。

 医師として彼は、人体はどこまで飢餓に耐えうるか、という研究に興味をいだき、流刑者、囚人、および食物を十分与えられない人々について研究をつづけていたが、そのうち海難者のケースに関心を寄せるようになり、みずから人体実験をおこなうべく異端者号に乗りこみ、実験漂流を敢行した。

 彼の主張は、「人を殺す絶望を殺さねばならぬ」ということであった。「絶望はかわきよりも早く人を殺す」のである。…



…とある、その「異端者号」による「実験漂流」が、同書の内容ということである(らしい)。


個人的には、


  医師として彼は、人体はどこまで飢餓に耐えうるか、という研究に興味をいだき…


  彼の主張は、「人を殺す絶望を殺さねばならぬ」ということであった。「絶望はかわきよりも早く人を殺す」のである。


…という問題から、強制収容所の出来事をまず連想させられ、高橋三郎氏の名著『強制収容所における「生」』を思い出したのであった。そして、同書でも紹介されている、E.A.コーエンの『強制収容所における人間行動』に飢餓の問題が取上げられており、しかもそこで取上げられているのがナチスによる強制収容所だけではなく、蘭印に日本軍が設けたオランダ人収容所における事例も同列に扱われていたことなども、頭をよぎったわけである(追記参照)。

収容所体験者により「回教徒」として類型化された人々(収容早々に生存への意欲を失い、生きながら死者へと向かっていった人々)の姿には、ボンバールの問題意識が重ねられる側面がある。しかし、あの人為的で徹底的に過酷な飢餓状況の中で、「人を殺す絶望を殺さねばならぬ」という言葉が意味を持ち得るものなのかどうか?という問題も同時に考えられねばならない。


さて、そんなことを考えつつも、やがて彼の関心の焦点となった「海難者のケース」こそが、これまで取上げてきた、あのB−29スーパー・ダンボの存在の大きな意味を、あらためて明らかにするものとなるように思われたわけである。







〔追記〕
 E.A.コーエン 『強制収容所における人間行動』 (岩波書店 1957) 
 原著書は1953年のものであり、訳者は当時の学習院大学社会学研究室の、清水幾太郎、高根正昭、田中靖政、本間康平であった。

 実際に書中の当該箇所にある記述は、


 
 又、ドイツの強制収容所における抑留者の死亡率が高かったことは、いくつかの日本の抑留所における死亡率と比較してみても明らかである。クーヴェナールとその同僚は、北部及び中部スマトラにあった幾つかの収容所に関する、次のような数字を示している。


 収容所名 収容者総数 死亡者 期間
 パダン−バンキナン(男子) ±850名 124名 1942−1945年7月
 パダン−バンキナン(女子) 2200名 165名 1942−1945年7月
 ソエンゲイ・セングコール 675名 7名 1943年3月−1944年9月
 ベラウァン・エステート 675名 20名 1943年7月−1944年9月
 スィ・レンゴー・レンゴー 1850名 115名 1944年10月−1945年8月
 パカン・バローエ 4800名(重労働に使役されていた捕虜の数) 696名 14ヵ月間
 (スィ・レンゴー・レンゴーはソエンゲィ・セングコール収容所とベラウァン・エステート収容所とを合体したもので、ほかに他の収容所から送られてきた数百名の抑留者が加えられた)


 ドイツの強制収容所と上述の日本の抑留所との間には、明らかに著しい相違があった。クーヴェナールたちが述べているように、「はじめの二年間、抑留者の死亡率は通常の死亡率と比べて、目にみえて高いものではなかった」。これに反して、ドイツの収容所では、収容後のこの僅かな期間内に、少数の抑留者が生き残ったにすぎない。
 この死亡率の相違には、さまざまな原因が考えられる。日本の抑留者の死亡率は、日本軍当局が、保存食糧を含めて、抑留者に私物の所有を許可したという事実によって大きく影響されていた。又、永い間、抑留者が自分の食糧を買うことができたという事実や、若干の収容所では、抑留者に自分たちの消費のために食糧を耕作することが許されていたという事実も見逃せない。
 これに反して、ドイツの強制収容所の抑留者は、恐るべき条件の下で生活していた。この恐るべき生活条件が死亡率の高かった第一の原因に違いないと、私は信じている。食糧は悪く、衣服は不充分であった。また、気候変動は厳しく、労働は極めて過酷であった。その上、抑留者はひどい虐待を受けていた。
 もちろんこのような死亡率の相違は、すべての日本の収容所に当てはまるものではないであろう。ビルマで鉄道の敷設に使役された労働者の収容所における死亡率が、ドイツの強制収容所の死亡率に近いものであったことは、各種の報告からみて充分ありうることであった。
     (第二章 「強制収容所の医学的側面 死亡率」 53〜54頁)

 

 ファン・ヴルフテン・パルテは、日本の敵国人収容所で次のように観察している。「最悪の状態、すなわち、真の飢餓状態になると、精神的な動揺の激しさや頻度は、きわめて著しく亢進した。精神病者はまったく統制不能になり、多くの精神分裂病の患者は死亡し、残りの患者も一層深い昏迷(なんらの意志的表現も見られず、外部の刺激に対してよく反応しない状態)に陥った。新患が『精神病科』へきたが、ひどい錯乱状態を示していて、たとえば、ブロム剤の中毒にみられる中毒性精神病と似て、ひどい昂奮状態と劇場幻覚とを伴っていた」。
     (第二章 「強制収容所の医学的側面 疾病 全身衰弱・慢性の栄養失調症」 84頁)

 


…というものである。

 戦後に撮影された、解放直後の連合軍捕虜収容所収容者のやせ衰えた姿の写真が示すのは、事実として存在した収容所における慢性的飢餓状況なのである。


 戦後になると、立場は逆転し、日本軍関係者は報復的な取り扱いを受けることとなった。
 手元にある『秘録大東亜戦史 蘭印篇』(富士書苑 昭和二十八年)には、戦後のオランダ側による報復的な日本軍人虐待事例が掲載されている。そのような事例を読むに際し、戦中の日本軍人によるオランダ人への「虐待」は、「報復」として行なわれたものではなく、あくまでも日本軍内の日常の延長(たとえば下級者への殴打は、皇軍内では日常的行為であった)としての出来事であったことには気付いておくべきだと思われる。それに対し、戦後のオランダ側の行為は「復讐」として位置付けられるものだ(復讐行為自体の正当性の問題とは別に、それぞれによる「虐待」がどのような構図の下に発生したのかという問題として、ここでは考えているわけである)。
 会田雄次の『アーロン収容所』に、戦後に戦犯容疑者としてイラワジ河の中洲に収容され、飢餓の中で毛ガニを生食し、赤痢で全滅した(させられた)日本軍の鉄道隊関係者の姿の記述があるのは有名な話であろう。
 まさにそこにあるのは、「ビルマで鉄道の敷設に使役された労働者」として英軍人が経験した日本軍による捕虜虐待への、英国人による報復的な対応なのである(もっとも、会田雄次の記述は「伝聞」によるものなのであり、しかも会田自身が「戦犯部隊とかいう鉄道隊」のエピソード紹介の直後に、自身の捕虜経験に基づき、「とにかく英軍は、なぐったり蹴ったりはあまりしないし、殺すにも滅多切りというような、いわゆる「残虐行為」はほとんどしなかったようだ」と書いていることにも留意しておきたい)。
 日本軍による捕虜「虐待」の問題の多くが、日本軍内の日常の延長としての出来事であったことを再認識しておく必要を感じる。下級者への殴打が皇軍内の日常的な行為である以上、捕虜への殴打(そして日本人には十分な食事も、捕虜となった欧米人には不十分なものである)を意図的な虐待として当事者としての日本軍人が意識する可能性はないのである。両者の間のギャップの悲劇的な帰結が、戦後に行なわれた「B級戦犯」裁判なのであった。
               (2011年2月4日記)


ちなみに、この「追記」の内容は、以前に、

「オランダ人にとってのナチスの強制収容所と日本軍の収容所という問題への入り口日記」(http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-8b0b.html)への加筆用に記したものの再利用である。











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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2011/12/11 23:36
    …と、今日はここまでで、続きは明日。

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