umasica :桜里さんのマイページ

続・ボンバールとスーパー・ダンボ

2011/12/12 21:20

さて、アラン・ボンバールの関心の焦点となった「海難者のケース」について、その著書『実験漂流記』の記述(先日の研究会での配布資料)を読んでみよう。



その「まえがき」は、


  一九五一年、春のある朝、ブーローニュ・シュール・メールでのこと。


…という言葉で始まる。祖父母のアドバイス通りに医師となったボンバールは、ブーローニュ・シュール・メールの病院に勤務していたのであった。カルノー堤防で難破船が発見されたとの連絡があり、彼は病院の救急室で待ち構えていた。



 警笛が鳴りひびいて救急車が到着した。ドアが両端にひらかれ、ぼくは自分の立場に優越感を味わいながら、進みでた……たがいに積みかさねられた四十三人の男、彼らはこわれたあやつり人形のようにくにゃくにゃになっていて、みんな救命浮帯をつけていた。ぼくはこの光景を決して忘れないだろう。僕らのあらゆる努力にもかかわらず、この日、甦生したものはひとりもなかった。一分のあやまちによって生じた結果は、四十三人の死者と七十八人の孤児であった。

 ぼくが難船の悲劇について深く考えるようになったのは、このときからだと思う。また「異端者号」遠征の発端も、ここにあるのだと思う。

 難船! このことばは、ぼくにとって、人間のみじめさの表現そのものとなった。これは絶望と飢えとかわきの同意語であった。ブーローニュ市は毎年、その住民中、百名ないし百五十名を海でうしなっていた。世界中では、平時において毎年二十万人が海難で死亡していることをぼくは知った。平均して犠牲者の四分の一は救助船に救われるが、彼らはその後まもなく非常に苦しみながら死亡する。

 人体はどこまで飢餓にたえうるか、という研究について、ぼくはずっと前から興味をもっていた。その結果、ときとして人間は、一般に生理学が限度と定めているよりももっと長く、飢餓にたえうるという確信をもっていた。



飢餓への興味が、医師としての自らの体験を通して、「難船の悲劇」の問題へと収斂していったわけである。その問題意識の焦点と思われる箇所を抜書きしておこう。



 要するに、海難者にとっては海はたえまのない危険であるが、人間を憎んでいるのではない。ことに海は不毛の砂漠とはちがう。だから、恐怖にうちかち、海から食物をもとめることは、決して実行不可能ではない。

 これが環境に関してのぼくの出発点であった。そして、この環境をとおして、またこれに反抗して生きのびなければならない人間の肉体については、最悪の条件のもとに長く生きのびた有名な例を研究した結果、生理学者は精神の力とこれが肉体におよぼす影響を考慮しないことが多いのを知った。…



 これらの例は、精神力の重要性についてのぼくの確信を強めた。海難者の九〇パーセントが難船後三日以内に死ぬことが統計で示されているが、これは奇妙な事実である。というのは、飢えやかわきによって死ぬには、もっと多くの時日が必要だからである。

 船が沈むとき、人々は世界が船とともに沈むと思いこむ。足を支える板がなくなるので、勇気と理性が同時にすっかり失われてしまう。このとき、救難ボートがやってきたとしても、それだけではもう救われない。ボートのなかでぐったりとなって、自分たちのみじめさを見つめているだけである。彼らはもはや生きていないのである。

 くらやみのなかで水と風にふるえ、空間、もの音、あるいは静けさにおののく海難者にとって、死ぬのには三日で十分なのである。

 伝説の海難者たちよ、死をいそぐ犠牲者たちよ、諸君は海のために死んだのではない。諸君は飢えのために死んだのではない。また、かわきのために死んだのでもない。諸君はカモメの鳴声をききながら、恐怖のために死んだのである。

 物理的ないし生理的条件それ自身が致命的になるずっと前に、多くの海難者は死んでしまうという事実を、ぼくなまもなく確認した。いかなる物理的素因よしも、いっそう有効で、またすみやかに作用する恐怖心に対して、どう戦えばよいのか?






さて、海難者に何が経験されるのか?という問題として考えると、


  船が沈むとき、人々は世界が船とともに沈むと思いこむ。足を支える板がなくなるので、勇気と理性が同時にすっかり失われてしまう。


…とボンバールが記した精神状況が、すべての出発点となるように思われる。

救命具により、船と共に海に沈むことを免れ、とりあえず救命ボートを手に入れて海上に浮き続けることが出来ただけでは不十分なのである。それだけでは、


  ボートのなかでぐったりとなって、自分たちのみじめさを見つめているだけである。彼らはもはや生きていないのである。

  くらやみのなかで水と風にふるえ、空間、もの音、あるいは静けさにおののく海難者にとって、死ぬのには三日で十分なのである。


…という事態に陥るのが、多くの人間の現実だというのだ。




そんな事態の回避の上で有益なものひとつが、捜索されている可能性への信頼なのである。自分たちが、海の上に見捨てられた存在なのではなく、捜索されつつあり救助されるであろう存在であると思えることは、海難者の生存に大きく寄与するということなのである。





そこに、あのB−29スーパー・ダンボの存在の意味が、あらためて見えてくるはずである。









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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2011/12/12 22:45
    ボンバールの知見は戦後のものなので、
    それがスーパー・ダンボの開発に影響を与えたはずはない。

    ただし、
    スーパー・ダンボの開発思想がどのようなものであろうとも、
    その存在は、ボンバールの知見に適合的であり、
    洋上に不時着水したB−29搭乗員の生存率向上に、
    大きく寄与した可能性があるように思われる。

    戦後も同タイプのB−29が製造配備されていた事実は、
    その可能性を裏付けるものであるようにも考えられる。

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