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戦争のトラウマ 2

2012/02/07 22:14


 「戦争体験を語り継ぐ」ということが果して可能なのかどうか?

 

…という問題が、そもそもはあるのではないか?

 

 

 およそそれがどのような「体験」であれ、「体験」とは本質的に個人的なものなのであり、「戦争体験」もまた、それを体験した当事者としての個人を離れたところで語り得るものなのだろうか? 当事者としての個人を離れたところで語られる「体験」とは、どこまでその名に値するものなのだろうか?

 

 

 そんなことを考えたりしていたのである。

 

 

 ネットを介して、「戦争体験の語り継ぎ」という行為に加担しつつも、その行為自体の可能性と共に「語り継ぐ」という意思(志すこと)の限界にも気付かざるを得ない。

 他人の「体験」を自らのこととして語ること、語ろうとすることの限界である。

 

 

 

 そんな中で、先日、ネット上(メーリングリスト利用)でお付き合い下さっている方々と顔を合わせる機会を持つことが出来た(いわゆる「オフ会」である)。

 20代から80代までの男女取り混ぜて十数名が集り、話をしたわけだ。ネット上のお付き合いでは「文」でしか知らない相手と、顔を合わせ、言葉を交し合ったわけである。

 

 80代のシベリア帰りの元少年航空兵が、実は日本橋浜町生まれ新宿育ちのチャキチャキの江戸っ子シティーボーイであり、戦前のモダンボーイ生活の延長にある軍国少年化の果ての戦場体験・シベリア抑留体験であったことが、あらためて判明する。ネット上のメールのやり取りでは、元少年航空兵の歯切れのいい江戸弁は伝わらないのである。

 ご当人は、


  戦場体験は、兵士の数だけあります。その人の戦場体験はその人でなければ語れません。誰もその元兵士に代ることは出来ません。


あるいは、それに加えて、


  戦場体験というのは、話す人の数だけあります。軍隊は、人を殺すための軍隊です。同時に、軍隊の中の身分が将校か下士官か兵隊かという違いや、古参兵だったのか新兵だったのかで、同じ体験に遭っても全部違ってきます。それぞれの考えも違っています。同時に日本に帰ってきた後、どのような生活体験をしたかによっても思いが違ってきます。その意味で、一人の人の体験が全てではないのです。同じ場面に遭っても、指揮する立場と、指揮される立場とは全然違います。

  やがては消えていく体験なので、より多くの人に語り残していくということが求められているのです。


…などという言い方をした上で(つまりそれがご自身の個人的な「体験」であることを念押しした上で)、様々な機会に様々な聴衆を相手にご自身の「戦場体験」について語っているわけだが、その「体験」を活字で読むのと、生で聴くのは異なる経験であることを実感させられたのである。かつてのモダンなシティーボーイが由緒正しい江戸っ子の語り口で語るのを聞くことの意味を考えてしまったりするわけだ。

 活字で読む限り、どこまでも陰々滅々の暗い老人の話なのだが、そして実際に皇軍組織の救い難さの体験が語られているわけなのだが、それがシャレのわかる江戸っ子の歯切れのいい口調で語られるのを聞けば、(活字知識としての暗い話とは異なる)陰影あるかつての少年兵としての日々が伝わってくるのである。

 

 そしてまた、この江戸っ子の語り口を語り継ぐことの不可能さをも思わざるを得ないのである。

 

 

 そんなことを思いながら、かつての少年航空兵のお話を伺っていたのだが、「戦場体験」を語る機会が増えたことの喜びと同時に、その難しさの指摘にもうなずかざるを得ない。

 小学生を相手に、零下20度のシベリアの寒さをどのように説明すれば理解を得られるのか? 「ひもじさ」の感覚、つまり単なる空腹感とは隔絶した「飢え」の感覚を伝えることは出来るのか? そこが理解されなければ、本来伝えるべき話は伝わらないのである。

 

 

 そんな話の流れから、参加者の間でも当時の「飢え」が話題となった。復興後の日々、決して「混ぜご飯」を食べようとしなかった家族(父親?)のエピソードは、つまり白米のない戦時下終戦直後の日々への反動である。あるいは家族にはお土産にバナナを買って帰っても、自らは決して食べようとしなかった復員後の父のエピソード(南方でのバナナだけで飢えをしのいだ日々への反動である)。

 このような話は、戦中派の体験談には珍しいものではない。戦後は決してカボチャをサツマイモをトウモロコシを口にすることなく過ごそうとした人々の話は、むしろ「ありふれた」という印象を与えるものにさえ思える。

 「飢え」のトラウマ、つまり、それしか食べられなかったことへの反動から、それを絶対に食べないという決意が生まれたわけである。いや、「決意」という種類のものではなく、「それを身体が受け付けなくなってしまった」という種類の出来事であったようにさえ思われる。これはむしろ身体性に刻み込まれた「トラウマ」と言うべきだろう。

 

 

 

 そんなことを考えながら、この数日間を過ごしていたのであった。

 しかし、あらためて考えると、あの世代の「日の丸・君が代」に対する忌避感もまた、そのような身体性のトラウマとして理解すべきであるようにも思われてくるのである。

 あの世代の人間にとってカボチャを食べないのはリクツの問題ではないし、「日の丸・君が代」に対する忌避感もまたリクツの問題ではないのではないだろうか?

 

 そんなことを思う。

 

 

もちろん、この話も、


  戦場体験は、兵士の数だけあります。その人の戦場体験はその人でなければ語れません。誰もその元兵士に代ることは出来ません。


…というのと同様で、すべてのあの世代がカボチャを食べないわけではないし、すべてのあの世代が「日の丸・君が代」への忌避感情を持ってしまったわけではない。あくまでも個別の問題である。

 しかし、その「個別」のあり方への想像力を持ち続けることこそが、現在を生きる私たちの重要な課題ではないのか?

 

 

 

 

 



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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2012/02/08 00:31
    戦後生まれとしては、正直なところ、あの、

     日の丸・君が代いやだ

    …という感覚を体感として理解することは出来ない。

    しかし、

     カボチャが食べられない

    …という身体感覚を想像することで、
    「日の丸・君が代いやだ」への理解への道が拓かれたように感じる。

    彼らの持っている(らしい)感覚が「腑に落ちた」のである。

  • Comment : 2
    askyneko
    askynekoさん
     2012/02/08 01:00
    >その「体験」を活字で読むのと、
    >生で聴くのは異なる経験であることを実感させられたのである。
    >かつてのモダンなシティーボーイが由緒正しい江戸っ子の
    >語り口で語るのを聞くことの意味を考えてしまったりするわけだ


    一方で戦後生まれであり、「トラウマ」シリーズを
    練り上げておられる桜里ingさんの「生」のお姿が
    彼らの目にどのように映ったのかも
    知りたいところでございます

  • Comment : 3
    kiyoppy
    kiyoppyさん
     2012/02/08 13:24
    わたしは加藤登紀子が大の嫌いで、その一番の理由というのが例の「日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪感の匂いが私のなかに生まれ、その言葉から逃れたい衝動にかられる」という彼女が発した言葉にあります。

    彼女は、日本という言葉を発するだけで悪臭が鼻腔に漂うらしいのですが、一方わたしは、彼女のこの言葉を目にしたとき以来、彼女の姿を見たり歌を聞いただけでその嫌な体臭を感じてしまうようになりました。

    きっと、生存本能に基づいた共感覚という奴のせいでしょう。人は、色や形に匂いや音を感じたりすることができる。日の丸のあの単純な色と形に反吐が出そうなほどの嫌悪感を感じる人がいても別に不思議ではないのかも知れません。しかし、そんな人たちが立派に生活していけるのは、その旗の国のお陰でもあるんですがねぇ。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2012/02/08 19:27
    askyneko 様


    >彼らの目にどのように映ったのか…

    おとなしく控えめに話を聞いているかと思えば、
    カメラニ台を交互にシャッター切りまくるヒゲ面のジェントルマン??

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2012/02/08 19:36
    kiyoppy 様


    戦中派の人たちの「ニッポン」という響きへの反応とか、
    「日の丸・君が代いやだ」感については、
    当時の経験を想像すればリクツの上では理解出来たんですが、
    もうひとつ腑に落ちる理解に至らなかったのも正直なところ。

    それが食べ物の話、
    リクツじゃなくカボチャが食べられないという話とリンクして、
    やっと腑に落ちる気がしたわけです。

    リクツじゃない次元の話をリクツで理解しようとしてもダメ!!
    歴史を作るのも人間の感情なわけで、
    なんか、大事なポイントが見えた気がしました。

  • Comment : 6
    河童
    河童さん
     2012/02/10 08:16
    たしかに、体験というのはその本人でしか理できないし
    言葉の限界があるな。

    >それが食べ物の話、
    リクツじゃなくカボチャが食べられないという話とリンクして、
    やっと腑に落ちる気がしたわけです。
    リクツじゃない次元の話をリクツで理解しようとしてもダメ!!
    歴史を作るのも人間の感情なわけ・・・。


    同様に発展させると、生理的嫌悪感、例えば、
    女性(男性)でありながら恋愛対象が同性、
    心が異性で身体は男性或いはその逆などという
    性的少数派と同じような感覚もあるだろうな。

    「理解せず感じる。」

    そう言う対処方法が一番いい。

    でも、MLでは理屈で捕らえようってのが
    趣旨じゃなかったっけ?

  • Comment : 7
    河童
    河童さん
     2012/02/10 08:21
    もうひとつだけ。

    ハタ・ウタにかんしては、その国を構成する民であるかぎり
    逃れられないという、理屈だと思える。

    それから逃れ猛れ阿波どこか国家という概念のない国へ
    行かなくてはどうしようもなくなる。
    本質はなにかって言う浦読みがここでも有効なんだけどなぁ。

    不思議の国の○○
    これが一番当てはまるよ。

  • Comment : 8
    河童
    河童さん
     2012/02/10 08:22
    猛れ阿波⇒(逃れ)たければ

  • Comment : 9
    umasica :桜里
     2012/02/10 17:58
    >同様に発展させると、生理的嫌悪感、例えば、
    >女性(男性)でありながら恋愛対象が同性、
    >心が異性で身体は男性或いはその逆などという
    >性的少数派と同じような感覚もあるだろうな。

    >「理解せず感じる。」

    >そう言う対処方法が一番いい。

    女に興味がないけど、男には、という男性に対し、

     それは間違っている

    …って言っちゃぁいけないんで、
    頭で考えて選べるレベルの話じゃないってことを「理解」しないとね。

    趣味嗜好が違えば彼と同じように「感じる」ことは出来ないけれど、
    身体感覚のレベルで女ではなく男の方に魅力を感じてしまうのであれば、
    それは当人にコントロール出来るような次元の話じゃない。

    女(だけ)が好きという男には彼と同じように「感じる」ことは無理にしても、
    女に魅力を感じてしまうのも実はリクツじゃないんで、
    そういう意味でどちらも「リクツではない」ところで同じ、という「理解」。


    で、戦争体験がもたらすPTSD(と言っていいと思うが)については、
    やはり身体感覚のレベルに刻み込まれてしまっているんだ、ということ。
    同性愛と異性愛の感覚の違いとは異なるところもあるけれど、
    身体感覚に刻み込まれているという点では似ているので、
    問題を理解しようとする際には参考になるんだと思う。

    で、今回のオフ会の戦中世代の皆さんの会話から、
    「日の丸君が代いやだ」の忌避感が身体感覚に刻まれたものであり、
    その刻まれ方が、「サツマイモいやだ」の感覚を参照することで、
    戦後世代にも「理解」が可能になるんじゃないか?というお話です。

  • Comment : 10
    umasica :桜里
     2012/02/10 18:14
    >でも、MLでは理屈で捕らえようってのが
    >趣旨じゃなかったっけ?

    …というより、まず戦中派・体験世代の話をきちんと聞く。


    彼らの現代世界に対するご意見ご感想だって、
    彼らの戦中(戦後)体験の延長に位置するものなので、
    まずは謙虚に耳を傾けることから始めるし、
    「日の丸・君が代」への忌避感情自体は、まず受け容れる。
    「それは間違っている」という言い方はしてはいけない。

    ただ、現代の問題(国旗・国歌問題)として検討しようとする際には、
    いつまでも「日の丸君が代忌避」のレベルではダメなんだと思うわけ。
    だから池田さんにはこちらも異論を申し上げている。


    戦中派・体験世代に直接話を聞くチャンスは今だけなので、
    それを無駄にはしたくない、ということ。
    その内容を無批判に正しいと考えるのではなく、
    あくまでも特定の歴史的条件の中での、
    ある個人の限定された経験であるということとして取扱う。
    ただし、それは当人にとっては一回限りの人生での、
    取換えようのない体験なのだ、ということも理解すること。
    だから、まず聞く、聴く、訊くを続けるんだということ。

    MLで戦後世代が演説をする必要はない、っていうのが、
    本来の私のスタンス。

  • Comment : 11
    umasica :桜里
     2012/02/10 18:23
    で、河童がやらかしたのは、
    そこでいきなり演説を始めちゃうという過ち。

    それも、西羽さんの危篤状態の中で、
    関係者が心を痛めている場所でやってしまった。

    そして、
    お通夜の席に土足で上がりこんで暴れるような振る舞い。


    それは今更取り消すことが出来ない。
    その上で、更に乱暴狼藉を繰り返してしまっている。

    ここは十分に反省した方がいい。


    ゆっくり時間をかけて、
    戦中世代の人たち、従軍体験のある人たちから、
    当時の「いい思い出」を聞き出すことは可能であったはず。
    そのチャンスを自ら潰してしまったのはもったいない話だが、
    ま、やってしまったことは取り返しがつかないんですね。

  • Comment : 12
    umasica :桜里
     2012/02/17 17:42
    加筆・修正してココログにアップ。
    (ココログ版が完成稿でございます)

    戦争のトラウマ 2
    http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5069.html

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