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宮澤賢治のミクロな幸福

2012/05/08 23:20


 宮澤賢治は幸福であったのか?


…という問いを前にして考えることは、少なくとも賢治は「ミクロな幸福」というものを知り尽くしていた人物であろう、ということである。


鉱物の美しい結晶を見ているだけで、彼は幸福であった。鉱物の結晶構造に美しさを見出すことに限らず、彼は自然というものの示す「美」に敏感であり、その「美」を前にして彼は幸福であったはずである。鉱物の世界や星の世界、実験室内での化学反応の過程に彼が見出した「美」の感覚は、彼の作品中でも繰り返し示されているところだ。

花巻農学校教師として、教え子たちに、まさに自然の美の多様な魅力を伝える努力を続けていたことは、生徒の回想からも明らかである。彼は、彼が感じた幸福感を生徒にも共有して欲しかったのであろう。

彼にとって幸福は遠くに求めるものではなく、現に目の前に、自然の美として存在していたのではないか?



彼の不幸は、彼が資産家の息子であったという一事に尽きる。

それも家業である質屋は、進行する農村社会の疲弊を利益の源泉としていたのである。

しかし、その家業のもたらす資産があるからこそ、彼は盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)へと進学し、自然科学的素養を手にし、単に自然の造形の外形的美しさの嘆賞にとどまらない、化学反応の美しさやその原理までをも含めた「自然」という現実についての広い視野を獲得し得たのである。それは彼が自然との交流の中で抱いた生来の幸福感を、より深化させることにも役立ったであろう。

また、その学歴が、花巻農学校教師としての彼の姿に結実したわけであるし、農民への肥料設計を可能にしたのも学業の成果であった。その背後には、地方資産家としての彼の実家が存在するのである。

羅須地人協会時代には、レコードコンサートの主催者ともなったが、それを可能にしたレコード蒐集趣味もまた、地方資産家の息子なればこその話である。


妹トシの死の悲しみの深さを綴ったものとして有名な「永訣の朝」にしても、そこにあるのはあくまでも愛する家族との死別の悲しみなのであって、貧困の中の死の悲惨ではないのである。トシの発病は東京の日本女子大に在学中のことであった。そこにあるのは地方資産家の娘としてのトシの境遇である。


賢治はトシの看病を含め、東京での生活経験もある、レコード蒐集趣味のある音楽好きのモダンボーイであったのだ。彼は都会生活の楽しみを知らない貧しい地方人ではないのである。

音楽のもたらす幸福感を知ればこそ、羅須地人協会での農民向けのレコードコンサートも存在するのだということ。花巻農学校教師として、生徒に自然に内在する美を見出すことがもたらす幸福感を伝えようとしたように、西洋音楽のもたらす幸福感を農民たちと共有しようとしたのである。

どちらも自分の知った「ミクロな幸福」を、周囲の人間にも伝え、共有することへの願望に支えられた行為であろう。



彼の初めから持っていた資質(自然への感受性に支えられた科学的かつ文学的感性)を抜きに、彼の生涯を語ることは出来ないが、その資質を育てたのは実家の資産であった。実家の資産あればこそのモダンボーイであり自然科学者であり教育者なのである。しかし、その実家の資産が、資産家の息子という出自が、彼の不幸の原点ともなっていたわけである。








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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2012/05/09 00:26
    モダンボーイとしての賢治像が抜けてしまうと、
    賢治は近寄り難い聖人となってしまうように思われるので、
    「ミクロな幸福」を知るモダンボーイとしての賢治像を記してみた。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2012/05/09 06:18
    自身が感じた「ミクロな幸福」を伝え分かち合おうとする賢治の姿。


    そこには、あの、

      幸福感の中に生きる者の存在が、隣人をも幸福にしていく

     …ということもまた真実なのではないだろうか?

      ミクロの幸福が、ミクロの幸福を呼び覚ます

     …ということはあり得ないことなのだろうか?

    …として提示した問いへの賢治自身による答えがある、ように見える。

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2012/05/09 07:05
     それも家業である質屋は、進行する農村社会の疲弊を利益の源泉としていたのである。

    「よだかの星」の基調にあるのは、
    農村社会の搾取者としての自身の姿である。

    どんな家に生まれるかを人は選択出来ない。
    それが人生の出発点にある人間の条件なのである。

  • Comment : 4
    kiyoppy
    kiyoppyさん
     2012/05/09 12:58
    幸福という言葉から真っ先に思い浮かぶのは、私の場合は「青い鳥」と「幸せの王子」の話です。中でも青い鳥の話は、半世紀も前に一度か二度読んだきりなのに、その寓意というのは良薬のようにじっくりと長くわたしの中で効き目を発揮しているように思えます。

    幸福というものは、結局は自身のごく身近にしか存在できないものである。わたしは青い鳥の話を少し拡張してこのように考えます。自身のごく身近という意味は、自身の生まれ持った性質に付随してというようなことです。
    宮澤賢治は宮澤賢治としての幸福しか持ちえなかった。当たり前のことですが、青い鳥の話は、人間というのは往々にして誤った(本来の自分に照らし合わせて相応しくない)幸福を追求しがちである、ということを教えてくれているように思えます。

    真の芸術家であれば美を、真の哲学者や物理学者であれば真理を追求するときに幸福を感じるものではないでしょうか。
    現世的な幸福というものは確かにあるでしょうが、やはり人にはそれ以上の、もっと高い幸福というものがあるように思います。その意味で、宮澤賢治という人は幸福であった。これは間違いのないことと思います。

  • Comment : 5
    やわらか☆不思議猫
     2012/05/09 16:21
     宮澤賢治なら、ミロクな幸福だったかもしれにゃい

     ミロクィレールウェイな夜 (^◇^;


     とオヤジギャグレベルの連想が続くのであった……_| ̄|○

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2012/05/09 19:46
    kiyoppy 様

    >幸福というものは、結局は自身のごく身近にしか存在できないものである。
    >宮澤賢治は宮澤賢治としての幸福しか持ちえなかった。

    そういうことに尽きるのだと思います。

    探し求め奪い獲得する、ような幸福観もあるのでしょうが、
    そこにあるささやかな楽しみの持つ幸福感。
    それはミクロな幸福でもあるけれど、それを味わい尽くそうとすれば、
    それ自体が自分にとっての世界と等価にもなってしまうくらいのもので、
    それを奪われた時に、深く不幸を感じることになるんだと思われます。

  • Comment : 7
    umasica :桜里
     2012/05/09 19:48
    やわらか☆不思議猫様

    >とオヤジギャグレベルの連想が続くのであった……_| ̄|○

    背後から親しげに近付く河童の姿が…

  • Comment : 8
    55
    55さん
     2012/05/09 22:58
     >実家の資産あればこそのモダンボーイであり自然科学者であり教育者なのである。しかし、その実家の資産が、資産家の息子という出自が、彼の不幸の原点ともなっていたわけである。

    そのような事情によって、まるで罪滅ぼしのように、その後の人生を「社会貢献、福祉、人々にとっての幸福のために自らの一生を捧げる覚悟」で生き、充実した人生を送ることができたのではないでしょうか?彼にとっては結果的に、自分の出自に対する屈折した思いを昇華することのできた生き方であり、幸福だったと信じています。

    私は、あくまでも賢治さんの生き方に賛同し、共鳴いたします。彼のように生ききり、死にたいです。

  • Comment : 9
    河童
    河童さん
     2012/05/10 00:16
    そのとおり。

    ( ̄○ ̄)お( ̄◇ ̄)や( ̄o ̄)す( ̄ー ̄)ノみ

  • Comment : 10
    umasica :桜里
     2012/05/10 00:38
    >彼のように生ききり、死にたいです。


     宮澤賢治は幸福であったのか?

    …と問うことが、

     そもそも人間にとって幸福であるとはどういうことなのか?

    …について問うことになっていきますね。

  • Comment : 11
    umasica :桜里
     2012/05/10 00:41
    賢治の場合、鉱物の結晶構造に見出すミクロな幸福が、
    法華経を介してマクロな幸福感につながっていた可能性もあります。

  • Comment : 12
    河童
    河童さん
     2012/05/10 21:23
    \(~O~)/こんばんこ。

    法華経ですか。
    そりはしらんかったな。

    河童工房() 

    敬礼 (−−)>

  • Comment : 13
    askyneko
    askynekoさん
     2012/05/18 06:29
    >法華経ですか。
    >そりはしらんかったな。



    ほ〜 ほ〜ほけきょう けきょ けきょ けきょ


    あっ・・・しまった、つい(>_<)

  • Comment : 14
    umasica :桜里
     2012/06/10 19:09
    加筆してココログにアップしておいた。
    (完全版はココログの「現代史のトラウマ」で)

     宮澤賢治のミクロな幸福
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-33e5.html

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