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続・恐ろしき者の末の末

2013/01/05 22:52


前回の記事本文にある石川秀三郎は、母から「石川のおじいちゃん」として聞かされていた人物であった。それが私の祖父の妹の結婚相手であったという具体的関係を知ったのは、母の死後に相続関係の書類(古い戸籍謄本)に目を通していた際だから、母の話を聞いていた時点では、私とどういう関係にある「おじいちゃん」であるのかまでは把握してはいなかったというのも我ながら呑気な話ではある。


そんな話の際に母から聞いた「石川のおじいちゃん」のエピソードというのは、「三笠の艦長」だった親族であるという話と、海軍軍人のハイカラな生活ぶりについての話だけで、具体的にどのような軍歴の持ち主なのかは知らず仕舞いだったのが実情である。


それが、ネット検索の結果、時代の中での「石川のおじいちゃん」の姿が、急に立体的に見えて来たわけである。


ちなみに、「海軍軍人のハイカラな生活ぶりについての話」として覚えているのは、「自宅を訪問すると紅茶でもてなされ」、「応接間にあるピアノをお嬢さんが弾いているような世界」であったというくらいではあるが、これが「戦前」の話(それも軍人一家の話)なわけである。

それをすべてダメにしてしまったのが「戦争」というのは、いささかに皮肉な話ではある。


ここは河童先生に強調しておいた方がいい点なのかも知れないが、私にとって(私が育った家族の世界の中では)、戦前は決して「暗い時代」ではないのである。

で、これも強調しておいた方がいい点なのかも知れないが、そんな戦前の生活が「敗戦」により失われた、ということなのだ。

もちろん、「戦前」とは「格差社会」そのものであり、その意味では、全面的に肯定出来るような世界ではない。「格差社会」の中で、恵まれた場所にいられた一族が、敗戦を境に、恵まれた場所を失っただけの話でもある。


明治以来の富国強兵的世界の中で、それなりに恵まれた場所にいたということ、それも草創期以来の海軍の一翼を担って来た歴史を持つということは、敗戦に至る過程に関しても、分相応の責任を感じるような意識につながるわけである。「敗戦」もまた、恵まれた場所の延長に位置する歴史的事象、ということなのである。なので、私の大日本帝國に対する批判的な言動は、敗戦に至る歴史の中に埋め込まれた家族の歴史の問題と密着した所で発せられるものなのである。ある意味で「身内の問題」なのである。




で、この石川秀三郎の娘婿が柴勝男であるということも、今回のネット検索から、あらためて明らかになったのであった。

柴は海軍内の対米強硬派として知られたような人物なので、結局、身内が「すべてをダメにした」ような話でもあるという、より一層、何とも皮肉な話となるわけだ。柴との関係を知ることで、先に示した「身内の問題」という感覚は強められることになる。


母からは、ヒトラー時代のベルリン勤務をしていたという、親戚の誰だかの話は聞いていたのだが、それが「誰」であるのかは知らなかった(あるいは覚えていなかった)。今回、それが柴勝男であることが判明したわけである。尾形惟善にしても、「石川のおじいちゃん」にしても中央での軍歴はなく、その意味で政治過程からは離れていたことになる。

しかし、この柴勝男は、昭和15〜18年といった時代を軍令部で過ごし(中佐から大佐)、対米英開戦の決定に深く関与した人物なのである(昭和20年の降伏調印式の際には、全権団の随員としてミズーリ艦上にいた人物でもある)。





開戦決定に深く関与し、敗戦の象徴的シーンにも登場するのが身内なのであった。

この事実は、私の中では、敗戦に至る歴史の責任のある部分を身内が負っているという認識(を、より強化すること)につながる。

しかし、だからと言って、いわゆる「じっちゃんの名誉」(私の祖父ではないが身内のひとりである)のために、あの歴史的過程を正当化することに腐心するのは、私の採る態度ではない。

その都度の主張や決断の理路を、より詳しく理解したいという欲求が強くなっただけである。








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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/01/05 23:46
    「夜な夜な女性を訪ねて妊娠させた大蛇の末裔」の血は、
    そのような人間としての私の中に受け継がれているわけである。

  • Comment : 2
    55
    55さん
     2013/01/06 00:17
    おーりさま

     日本の歴史・・・つまり、あの戦争の責任について、御身内が大いに関与されておられるのであろうということですね。それで、より詳しく歴史の経緯の真実についてお知りになりたい欲求が強いのだと・・・そういうことなのでしょうか?

     血筋のことを考えれば、御自分の中にも、歴史に対する責任感のようなものが渦巻いておられるのですか??

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2013/01/06 01:16
    「戦争責任」というのは曖昧な言葉で、

     誰が何についての責任を誰に対して負うのか?

     誰の何についての誰に対する責任を問うのか?

    …という問題を最初にはっきりさせないと、
    何を言っているのかがわからない話になってしまうんだと思います。


    その上で、
    ある歴史的決定に関与することの意味というか、

     その決定の結果に対する責任はどのようにどこまで問えるのか?

    …ということを考えておく必要を感じるわけです。


    兵隊に歴史への責任がないということにはなりませんが、
    決定の中枢に近い人間ほど、責任を感じておくべきだとは思います。

    もっとも、
    政治的決定・軍事的決定のトップに身内がいたということもないですけど、
    まぁ、まったく無関係と言うことも出来ない。


    そのような意味で、
    日本の「敗戦」に至る歴史は、私には、

     どこかの誰かが悪い

    …という捉え方ではしっくりこない、ということなんでしょうね。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2013/01/06 02:09
    >私にとって(私が育った家族の世界の中では)、
    >戦前は決して「暗い時代」ではないのである。


     丸ノ内ホテルのサンドウィッチ
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-1c39.html

    これは、「戦前」じゃなくて「戦中」の話ですけど、
    このノーテンキな大田静子の母娘の姿から、
    「暗い時代」ではない「戦前」のイメージがつかめるかも知れない。

    この母娘の疎開先に「別荘」を貸すのが、私の祖父。

  • Comment : 5
    55
    55さん
     2013/01/07 00:54
    おーりさま

    >日本の「敗戦」に至る歴史は、私には、
    >どこかの誰かが悪い
    >…という捉え方ではしっくりこない、ということなんでしょうね。

     了解しました。

    >敗戦に至る過程に関しても、分相応の責任を感じるような意識につながるわけである。
    >「敗戦」もまた、恵まれた場所の延長に位置する歴史的事象、ということなのである。
    >なので、私の大日本帝國に対する批判的な言動は、敗戦に至る歴史の中に埋め込ま
    >れた家族の歴史の問題と密着した所で発せられるものなのである。
    >ある意味で「身内の問題」なのである。

    ・・・と書かれている通り、ご自身との関連性を意識されておられるのかなと、お察しいたしました。

  • Comment : 6
    55
    55さん
     2013/01/07 00:56
    >大田静子の母娘の姿から、
    >「暗い時代」ではない「戦前」のイメージがつかめるかも知れない。
    >この母娘の疎開先に「別荘」を貸すのが、私の祖父。

     う〜ん・・・

     凄いですね。

  • Comment : 7
    umasica :桜里
     2013/01/25 19:24
    加筆修正してココログ版「現代史のトラウマ」にアップ。

     続・恐ろしき者の末の末
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-f14e.html
     
     
     

  • Comment : 8
    河童
    河童さん
     2015/09/13 19:40
    どちらかというと貿易面からは スゴイ繊維 好景気だった戦前戦中です。 ガチャ万...と言われるくらいに。
    本当に暗くなり始めるのは敗戦が濃厚になった 昭和19年あたりからの短い時期
    戦前などは大正デモクラシー で共産主義などが浸透していった時期と重なる

  • Comment : 9
    umasica :桜里
     2015/09/13 20:30
    >スゴイ繊維 好景気だった戦前戦中

    …と言っても、大変な格差社会でもあったわけでございます。
    「下層社会」の貧困ぶりには想像を絶するものがある。
    都市のスラムじゃ軍隊の残飯食ってたりしましたからね。

    中産階級以上は女中を使って家事をこなし、
    (女中ってのは人間掃除機・人間洗濯機です)
    貧困層が「女中」の供給源となったんですよ。
    「女中」の労働条件の酷さと言ったら…


    >スゴイ繊維 好景気だった戦前戦中

    また過剰な一般化だね、これも。

    1929年の大恐慌の前に、
    既に日本は昭和の金融恐慌を経験しているの。
    (第一次大戦後もひどい不景気になったったし)

    「戦前戦中」を「好景気」という言葉で一般化しちゃダメだね。

    繊維産業は相場に左右されて、常に好景気だったわけでもない。
    しかも酷い労働条件の女工に支えられていたわけだし。


    いずれにぜよ非常な格差社会であった現実を抜きにして、
    ただ時代が暗いか明るいかを論じても意味はありません。
    全員がいい暮らしを経験していたわけじゃぁないの。


    ただ、「戦前」の日本は勝った戦争しかしたことがないから、
    国家の勝利は自分が偉くなったような気にもさせられるしで、
    貧困層だって戦争に期待していた側面もあるって話。


    >本当に暗くなり始めるのは敗戦が濃厚になった昭和19年あたりから

    支那事変段階(対米英戦以前に)で既に経済的にはかなり消耗してますよ。

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