umasica :桜里さんのマイページ

琉球國の「独立」の問題をめぐって 2

2013/02/05 22:30

昨夜は、言うなれば、


 琉球國を独立国として取り扱うことの正当性は、一義的に決定される性質のものとはなり得ない


…という認識の正当性の一端を確認したようなものだ。



再び、安良城盛昭氏の、



 しかしながら、琉球王国は、他方、「異国=外国」ともみなされており、それ故に、琉球国王が中国の皇帝から冊封をうけることが容認され、琉球王国内では中国年号が使用されていた。島津の「領分」であるという点で、日本=幕藩体制社会の一環に組みこまれていながらも、他方、「異国=外国」であり、琉球国王は中国皇帝の冊封を受けているという、琉球王国の特殊な地位を、首里王府は「日支両属」ととらえたのであった。この首里王府の主張は、島津の実質的な琉球支配と、形式的な冊封=朝貢関係以外に現実的な支配=従属関係は一切存在しなかった中国との関係を、等置している点で歴史認識として不正確である



…という一文を取り上げるなら、「日支両属」という「首里王府の主張」に対し「歴史認識として不正確である」と指摘する安良城氏の論自体に、問題が集約されているとも考えられる。


果たしてこれは「歴史認識」の問題なのであろうか? そして、その「不正確」さの問題なのであろうか?


「歴史認識」の問題として考えるなら、ヨーロッパのローカルな国家間システムを支えたウェストファリア条約以来の主権国家概念が、19世紀の半ば以降の東アジア世界をも拘束するものとなり、最終的に冊封体制を支えた国家概念と置換されるに至ったという歴史的事実があるだけではないだろうか?

東アジアの冊封体制の下では、近代的国際法を支える主権国家概念とは異なる構図によって諸国家が存立していたわけであり、近代国際法的な主権国家概念を遡及的に当てはめて「琉球國」の「独立」を問うこと自体に問題があるように思われる。



琉球國の国王の地位について言えば、その地位は中国皇帝の権威によって保障されたものであり、天皇を頂点とする律令制の官職の体系の完全な外部の存在なのである。




しかし、一方で、薩摩藩の支配下となったことで、



 1611(慶長16)年、島津家久は尚寧に領有すべき知行目録(ちぎょうもくろく)を与えて、琉球が守るべき事柄を記した「掟十五条」(おきてじゅうごじょう)を言い渡し、琉球への帰国を許しました。
 同年9月には薩摩藩主家久宛の起請文(きしょうもん)(誓約書)を書かされました。島津氏は薩摩支配の全期間にわたり琉球国王以下、摂政(せっせい)・三司官(さんしかん)の個々人からそれぞれ起請文をとり、薩摩支配に服する旨の誓約を行わせました。
http://www.archives.pref.okinawa.jp/publication/2012/04/post-168.html



…という状況にも立ち至るわけである。

琉球国王の起請文を以下に示せば、



 慶長十六年辛亥九月十九日尚寧誓文

一 琉球古ヨリ島津氏ノ附庸タリ太守任ヲ襲カハ紋船ヲ發シテ祝シ奉リ歳時使ヲ派シ方物ヲ獻シ禮義怠ルナシ太閤秀吉公薩摩ニ定附シ諸般ノ徭役ニ從ハシム但タ遠陬法令ニ遵ハス自カラ罪戻ヲ招キ國破レ身擒ニセラレ生歸ノ念ヲ絶チ鳥ノ籠中ニ在ルカ如クナリシニ何ソ圖ラン家久公ハ窮囚ヲ哀憐セラレントハ既ニ放歸ヲ得又タ諸島ヲ割テ以テ下賜セラル此ノ如キ厚恩ハ何ヲ以テ之ニ報セン永世ニ薩州ノ君ニ對テ敢テ或ハ背クナカラン

一 子々孫々相ヒ傳へ此誓言ニ服シ敢テ失遺セス

一 定ムル所ノ法度ハ敢テ違亂セス

右敢テ背ク有ラハ神明コレヲセン

     『日本外交文書』(ただし、大山梓 「琉球帰属と日清紛議」による)



…という内容であり、「琉球古ヨリ島津氏ノ附庸タリ」のような史実と異なる文言さえ含まれるものであった。

ここで琉球国王は、「薩州ノ君」への服従を誓約しているわけである。

国王のこのような薩摩への服従状況を前にして、その国王の統治する国家の「独立」を自明のこととして主張するのも困難であろう。




冊封体制下の琉球國に対し、中国(明・清)の皇帝権力による排他的支配の事実はないし、薩摩藩(あるいは徳川幕府、あるいは天皇家)による排他的支配の事実があるわけでもなく、琉球国王が琉球國を排他的に支配していたということも出来ないわけである。

ここに「日支両属」という、冊封体制下での独特の地位(国家の位置付け)があると考えるべきであろう。









Tags: なし
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:653/全体に公開)
Gg[ubN}[N
最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/02/06 00:23
    独立の主張も、独立の否定も、
    どちらも現在の政治的立場を反映させたものとなっている。

    まず、そのように考える方が、問題の理解として妥当だと思われる。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2013/02/19 23:44
    加筆修正してココログ版「現代史のトラウマ」にアップ。

     琉球國の「独立」と伊江朝直 2
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-00b9.html

このブログにコメントをつけるには、ログインする必要があります。
マイページをお持ちでないひとは「マイページを作成する」ボタンを押してマイページを作成してください。
不適切なブログを見つけたら、こちらからご報告ください!

Mail Address(GMO ID):

Password:

自動ログインパスワードを忘れた方

最近書いたブログ


http://www.freeml.com/feed.php?u_id=316274&f_code=1



Copyright(C)2017 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.