umasica :桜里さんのマイページ

音声情報としての言葉と視覚情報としての言葉と… 4

2013/05/02 22:26

百瀬文さんの映像作品『聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと』をめぐって考えてながら、シリーズの前回では、



 耳が聞こえるということは、音声言語に(つまり言葉に)周囲を囲まれた状態にあることを意味するが、耳が聞こえないということは、外部の言葉が前方にしか存在しない状態にあることを意味するはずである。

 文字言語もまた視覚的言語であり、身体の後方に示された文字を読むことは出来ないのである。

 しかし、耳が聞こえないという状況にあっても、人が言葉を用いて考えをめぐらしていることは確かであり、そこでは身体の方向に拘束されることはないはずである。

 その際、言葉はどのように存在しているのであろうか。



…なんて書いたわけだが、これは言うまでもなく文字による言語表現として「書いた」ものである。

しかし、別の言い方も可能で、通常は、


 私の考えを文章として書いてみた


…などと表現されたりする行為である。


ここには「言語と思考」というテーマが隠されており、その核心は、


 言語という形式に拠らずして思考は可能なのであろうか?


…と表現される。で、当初の、


 しかし、耳が聞こえないという状況にあっても、人が言葉を用いて考えをめぐらしていることは確かであり、そこでは身体の方向に拘束されることはないはずである。


…という言明に戻れば、ここでは「思考が言語という形式により可能になっている」との認識が(「人が言葉を用いて考えをめぐらしている」との言い回しの裡に)表明されていると言えるだろう。


その際に、文字による表現が採用され(文字により記述され)、そのことにより、私の思考は私の内部に閉じ込められることなく、ネットを介して私の外部でも共有可能なものとなっているわけである。

音声による思考の表明も可能であるが、その場にいた者以外には伝達不可能であるし、その場にいても話を聞いていなかった者には伝わることもなく消えてしまう。何より再参照が不可能なのである。もちろん現在では録音という手段もあるにせよ、録音をそのまま再生するだけでは、耳の聞こえない人には音声情報の伝達は不可能事である。


文字言語が可能にしているのは、思考内容の繰り返しの参照可能性の確保であり、それを自他の両者に可能にしているところに、音声言語からの絶対的な隔絶がある。



思考とは言葉を選び確定する過程、そのように言うことも出来るだろう。

そこには、選び確定された言葉を(音声として)発話するか(文字として)記述するかという違いがあるにせよ、思考は表明されることなくしては「言葉を選び確定する過程」として完了しないという、「言語と思考」問題の原理的構図の存在もある(思考を対象化可能にするという意味で「完了」していないのである)
音声として発話するのか文字として記述するのか、そのいずれであるにせよ、発話(あるいは記述)行為により、音声(あるいは文字)情報としての言葉が確定したものとして世界の中に生まれる。その際に言葉として確定されるのは思考である。

発話以前・記述以前の、言葉を選び確定させようとする過程において、言葉とはどのように存在するものであるのか?
その過程において、耳の聞こえないことは何らかの影響を与え、何らかの相異をもたらすものなのであろうか?







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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/05/02 23:27
    追記用のメモ記事の3回目。
    (百瀬文『聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと』に関して)


    追記予定先

     聞こえない木下さんと屠場の人の声
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-5233.html


    《前記事》
     音声情報としての言葉と視覚情報としての言葉と…
     http://www.freeml.com/bl/316274/202847/

     音声情報としての言葉と視覚情報としての言葉と… 2
     http://www.freeml.com/bl/316274/202886/

     音声情報としての言葉と視覚情報としての言葉と… 3
     http://www.freeml.com/bl/316274/202959/

  • Comment : 2
    askyneko
    askynekoさん
     2013/05/06 12:55
    たいそう興味深いシリーズです
    次がとても、とても、楽しみであります

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2013/05/07 08:05
    聴覚障害と言語の関係という形で話が進んでますけど、
    視覚障害がどのように言語に影響を与えるのかという視点を加えないと、
    どこか片手落ちな感じもします。
    音声という聴覚的信号を認知出来ない状態と、
    文字という視覚的記号を認知出来ない状態との対比で、
    言葉の存在の形が、よりはっきりと見えて来るかも知れません。

    もっとも脳科学的には、かなりの程度で解明可能な問題でもあるでしょう。
    ただ、脳科学的知見について知ってしまう前に、
    自分の中での問題の整理をしておきたいと思っているわけです。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2013/06/29 20:22
    本日、4回分をそのまま「追記」として収録。

     聞こえない木下さんと屠場の人の声
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-5233.html

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