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続・隊務執行官としての―・ド・カヴァリー少佐の秘められた任務

2013/06/07 20:21

 ジョーゼフ・ヘラ―の小説『キャッチ=22』の舞台となったのは、第二次世界大戦時のイタリア戦線での米陸軍の爆撃機大隊(機種としてはB−25を使用する)である。
 様々な常軌を逸した登場人物の常軌を逸したエピソードを通して、戦争(というより現代社会の、と言うべきかも知れないが)の常軌を逸した(しかしそれが既に我々の日常でもあるような)不条理な現実が描かれる。

 で、その登場人物の一人が、前回に紹介した、―・ド・カヴァリー少佐である。少佐のファーストネームが「―」で示されているのは、誰も少佐のファーストネームを知らない(小説上の設定では、大隊長のキャスカート大佐でさえ知らず、それは「本人に聞くだけの勇気を持っている者がひとりもいなかったからである」と説明されている)からである。
 その「威風堂々として人々に畏敬の念を起させるような老人」であるところの―・ド・カヴァリー少佐は、大隊の「隊務執行官」であり、その任務については以下のように説明されている。


  大隊の隊務執行官としての彼の任務は、ダニーカ軍医とメイジャー少佐が同じく推測したとおり、蹄鉄投げと、イタリア人労務者の誘拐と、将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげることであり、彼はその三つすべてに抜きん出た才能を発揮していた。

  ナポリ、ローマ、フィレンツェなどの都市陥落がさし迫るたびに、―・ド・カヴァリー少佐は小雑嚢の荷造りをし、飛行機一機と操縦士ひとりを徴発して飛んでいき、一言も発することなく、ただ彼の重々しくいかめしい表情と皺だらけの指の威圧的なジェスチャーだけでいっさいをやり遂げるのであった。都市陥落の一日か二日後に、彼はふたつの―ひとつは将校用で、もうひとつは下士官兵用だが、両方ともすでに有能で陽気な料理人と給仕女のついている―大きくて豪華なアパートメントの賃貸契約書を持って帰ってくるのであった。

  ―・ド・カヴァリー少佐は、ローマではアパートメント契約に関してかつてない成功を収めていた。四、五人ずつ群れをなしてやってくる将校のためには、新築の石造りの建物のなかに、ひろびろとした二間つづきの部屋をひとりについて一組ずつあてがい、そのほかに壁に藍緑色のタイルを張った大きなバスルーム三つと、ミカエラという名の、なにかにつけてクスクス笑う癖のある、そしてどの部屋も塵ひとつなくきれいに掃除する痩せたメードをひとり用意していた。下の踊り場のところにはへつらい上手の家主たちが住んでいた。

  下士官兵のほうは十二人かそれ以上の集団をなし、ガルガンチュワ的な食欲と罐詰食品でいっぱいの木箱をかかえてローマに降り立ち、すばらしいエレベーターのついた赤煉瓦の建物の六階にある彼ら専用ののアパートメントの食堂で、女たちに料理と給仕をさせるのだった。下士官兵の休養所のほうがいつも活気に満ちていた。だいいち下士官兵のほうが数が多かったし、料理、給仕、掃除のための女の数も多かった。


 ―・ド・カヴァリー少佐の「任務」とされる中にある「蹄鉄投げ」というのは、「イタリア人労務者の誘拐と、将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげること」以外の時間を、大隊内で「蹄鉄投げ」をして過ごしていることを示すもので、要するに少佐の「暇潰し」の方法である。「イタリア人労務者の誘拐」については、軍のための現地での「労務者の確保」という任務を「誘拐」という語を用いてヘラ―が表現したのであって、いわゆる「労務者の強制連行」的問題ではないと思われる。

 現在の我々の興味の核心にあるのは、―・ド・カヴァリー少佐の三つの「任務」の中でも「将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげること」についてであろう。

 再確認すると、

  ひとつは将校用で、もうひとつは下士官兵用だが、両方ともすでに有能で陽気な料理人と給仕女のついている―大きくて豪華なアパートメント

…の確保が、―・ド・カヴァリー少佐の最大の任務であり、その任務に関しての有能さにおいて抜きん出ている人物、ということなのである。


 各アパートメントには「料理、給仕、掃除のための女」あるいは「メード」が「用意」されており、それとは別に、

  そのほかに、ヨッサリアンが見つけてはそこに連れて帰る陽気で頭の弱い肉感的な若い娘たちや、精力を使い果たす七日間の放蕩の後でピアノーサ島に帰る眠たげな下士官が勝手に連れてきて、そのあと欲しい者のために残しておく女たちもいた。女たちは好きなだけそこに留まっていても、ちゃんと寝るところと食べものを与えられた。彼女たちがお返しすることといえば、体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝ることだけであり、それで万事めでたしだと思っているらしかった。

…として示される「女たち」がいた。
 「女たち」には「寝るところと食べものを与えられた」が、その代償としては、「体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝ることだけ」が期待されていた、ということになる。
 「女たち」は、軍との直接間接のいかなる契約関係も持たないのであり、米軍将兵との個人的関係の延長でアパートメントに滞在し、「体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝る(=性行為の相手をする)こと」によって、「寝る(=身体を休める)ところと食べものを」確保していたわけである。そこでは「女たち」の「自由意思」が保たれていたことになる。


 各アパートメントに用意されていた「料理、給仕、掃除のための女」あるいは「メード」については、


 ライム色のパンティーをはいたメードというのは、三十代の半ばにも達する威勢のいい、よく肥えた、世話好きの女で、ぶよぶよの腿を持ち、よく揺れ動く臀をライム色のパンティーに包んでいたが、彼女は自分の体を求めるどんな男のためにも必ずそのパンティーをたくし下ろした。だった広い平凡な顔の持ち主だったが、この世で最も美徳に満ちた貞女であった。
 なぜなら彼女は、相手の人種、信条、、皮膚の色、生まれた国などにかかわらずだれとでも寝たし、歓待の行為として愛想よくわが身を捧げ、男から抱きつかれると、そのとき持っているものが布巾であれ、箒であれ、モップ雑巾であれ、それを捨てるのに一瞬たりとも躊躇しなかったからである。彼女の魅力はその近づきやすさから発していた。エベレストのように彼女はそこにあり、男たちは切なる欲望を感じるたびに彼女の上にのぼればよかったのだ。ヨッサリアンはこのライム色のパンティーのメードを愛していたが、それは彼女こそ恋に陥ることなく抱ける、いまや残された唯一の女だと思われたからである。シシリー島の頭の禿げた娘ですら、まだ彼のうちに同情とやさしさと後悔の強い感情をあおるのだった。
     ジョーゼフ・ヘラ― 『キャッチ=22 上』 ハヤカワ文庫 1977  223〜224ページ


…という描かれ方をされているが、しかし、この「ライム色のパンティーのメード」もまた、米軍将兵の性行為の相手をすることについて米軍と契約していたというわけではなく、彼女の自由意思は保たれている。彼女は自由意思に基づいて「相手の人種、信条、、皮膚の色、生まれた国などにかかわらずだれとでも寝たし、歓待の行為として愛想よくわが身を捧げ」たのであって、であるからこそ、主人公ヨッサリアンにとって、「このライム色のパンティーのメードを愛していたが、それは彼女こそ恋に陥ることなく抱ける、いまや残された唯一の女だと思われた」のであった。
 ヨッサリアンには、街で出会ってアパートメントに連れて帰る「女たち」との性行為は、どこか「うしろめたさ」の感覚を残すものであったのに対し、この「ライム色のパンティーのメード」にはそのような感覚を抱く必要がなかったのであろう。

 もちろん、これらは小説上の設定ではあるのだが、実際の米軍将兵と「女たち」との関係の一面を反映したものと考えても間違いはないはずである。
 日本軍の慰安婦と将兵の関係について言っても、性行為という究極の個人と個人との関係の中で、「慰安婦」としての「女たち」と、「慰安婦」としての「女たち」に性行為の相手をさせる日本軍将兵との間に共感的な個人的感情の交流は存在し得たし、実際に存在もしていたわけである。


 ただし、敗戦後の占領下の日本で「進駐軍」としての米軍将兵の相手をした「パンパンガール」にしても、ヨッサリアンがアパートメントに連れて帰る「女たち」にしても、「ライム色のパンティーのメード」にしても、米軍将兵の性行為の相手をしない自由は残されているのであり、そこが日本軍の「慰安婦」とはまったく異なるのだということは、十分に理解しておかなくてはならない。




 
 


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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/06/07 21:19
    小説=フィクションではあるけれど、
    「女たち」と米軍将兵との関係のあり方は、
    ヘラ―自身のイタリア戦線での従軍経験が反映されたものと考えられる。

    フィクションの記述から、
    どこまで歴史的事実を読み取ることが出来るのか?
    そこに歴史を支える人間の在り様を読み取ることが出来るのか?

  • Comment : 2
    河童
    河童さん
     2013/06/07 23:13
    吉見義明という中央大学のセンセ 俺でもわかる屁理屈をこねているね。
    国際裁判を受け入れてこうわしたのだから白馬事件を全てに拡大解釈してて。
    でNHKでみつけたのでカキコ。
    >沖縄県の尖閣諸島がアメリカから日本に返還される直前、
    >新たに アメリカ・ホワイトハウスで交わされていた議論の録音記録が
    >見つかりました。
    >日本への返還に反対する意見に対し、安全保障担当の大統領補佐官が
    >反論する様子などが克明に記録されており、
    >専門家は、返還に至る経緯を示す史料として注目しています
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130607/t10015132821000.html

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2013/06/08 06:04
    >吉見義明という中央大学のセンセ 俺でもわかる屁理屈をこねているね。


    日本語も(英語も)読めないあんたが何を「わかる」のか?
    → http://www.freeml.com/bl/316274/203804/

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2013/06/08 19:01
    初回記事とこの続編を一つの記事に仕立て、
    ココログ版の「現代史のトラウマ」にアップしておいた。

     隊務執行官としての―・ド・カヴァリー少佐の秘められた任務
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-c39e.html

  • Comment : 5
    河童
    河童さん
     2013/06/09 01:50
    間違いがね。
    吉見義明のこじつけという間違いが。

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2013/06/09 06:31
    >間違いがね。
    >吉見義明のこじつけという間違いが。


    具体的に説明しなきゃ話にならんでしょ??

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