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検索の道―竹内徳治と味の素、そして駐日ローマ法王庁

2013/09/18 22:48

昭和19年7月31日付の小暮泰用による「復命書」の提出先であった内務省管理局長竹内徳治に関するネット検索結果の続きである。




竹内徳治の結婚相手は、あの「味の素」(当時鈴木商店)の二代目社長(初代社長の弟)であった鈴木忠治の長女千栄子と判明。

検索で見つかったのは、鈴木忠治の子供たちに関する、



長男三千代東京商大卒(現一橋大学)元三楽オーシャン会長
次男松雄東大工学部卒、元東工大教授、多摩電気社長、相談役
三男竹雄東大法学部卒、元東大教授、元法学部長、商法の権威
四男義雄東大法学部卒、商工省鉱山局課長、軍需省軽金属課長
           貿易庁輸出局課長、通産省重工業局長
           日本輸出入銀行理事、元日揮社長
五男治雄東大法学部卒、野村証券、元昭和電工社長、会長
六男正雄東大卒学部不明、元三菱重工副社長、元三菱自販社長
七男秀雄東大法学部卒、大蔵省、在NY領事、財務調査官、
           国際金融局長、世界銀行IMF理事、
           大蔵省顧問、野村證券顧問を歴任
八男泰男東大経済学部卒、次男と多摩電気工業を設立、社長を歴任
長女千栄子は竹内徳治と結婚、竹内は内務省管理局長、香川県知事を歴任
http://taizo3.net/hietaro/2010/04/post-274.php


…という情報。

竹内徳治の香川県知事就任は、まだ戦後間もない知事官選時代のことで、



1946 (昭和21年)
 1・25 知事田中省吾が依願免官となり,代って東北興業株式会社副総裁の竹内徳治が第36代知事に任官(歴代香川県知事調)
 6・8 知事竹内徳治が依願免官し,代って警視庁警務部長増原恵吉が第37代知事に任官(歴代香川県知事調)
『香川県史 別編供
http://www.library.pref.kagawa.jp/kgwlib_doc/local/local_2033-22.html



…という経緯であった。『香川県史』により、香川県知事就任までは、竹内が東北興業株式会社副総裁の地位にあったことも判明。


また、内務省管理局長就任までの経歴についても、



企画院人第一〇〇一号 昭和十六年八月二十三日 企画院総裁鈴木貞一 内閣総理大臣公爵近衞文麿殿 企画院部長竹内徳治儀本月二十日拓務省殖産局長ニ任ゼラレ候処同人ハ去ル昭和九年十二月対満事務局事務官ニ任ゼラレ、同十五年七月ニハ本院部長ニ任ゼラレ転任迄勤続六年九ケ月ニ及ブ此ノ間事務格別勉励ニ付此ノ際特ニ左記頭書ノ金額ヲ賞賜相成度此段及上申候 記 金千百円 元企画院部長竹内徳治
(アジア歴史資料センタ― A04018595600)



…という検索の成果で、


 昭和9年12月 対満事務局事務官

 昭和15年7月 企画院部長

 昭和16年8月 拓務省殖産局長

 昭和17年11月 内務省管理局長(→大阪朝日新聞 1942.11.2記事 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10105829&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1


…との流れまでがつかめた。


対満事務局事務官就任の昭和9年には、竹内徳治の自宅も完成している。

ネット検索の結果、竹内の自宅は義父の味の素社長鈴木忠治邸の敷地内に建設されたもの(設計図面では「鈴木忠治邸第2号舎」と呼ばれる)であり、鈴木忠治邸の築造と同時に、しかも鈴木忠治の三男の竹雄邸(設計図面では「鈴木忠治邸第1号舎」と呼ばれる)と共に設計施工された(昭和7年から昭和9年にかけての図面が残されている)ことが、東京都立中央図書館の「木子文庫」資料から明らかになった。
http://www.library.metro.tokyo.jp/edo_tokyo/tokubun_guide/kigo_html/tabid/930/Default.aspx
http://www.library.metro.tokyo.jp/edo_tokyo/tokubun_guide/kigo_html/tabid/931/Default.aspx


資料には「三番町鈴木邸詳細」といったタイトルが付されているが、現在の千代田区三番町には(少なくとも)鈴木忠治邸として築造された洋館は現存し、駐日ローマ法王庁大使館として使用されているようである。

建築愛好家のサイトに掲載されている現状写真も見ることが出来る。



◆旧鈴木忠治邸(現・駐日ローマ法王庁) 
  ◎設計:木子幸三郎
  ◎竣工:昭和9(1934)年
  ◎所在地:東京都千代田区三番町9
現在ローマ法王庁として使われているこの建物、もとは味の素の創業者の一人・鈴木忠治の邸宅として建てられた。この写真は正門から撮影したものだが、法王庁の敷地はかなり広く他にもこの当時建てられた施設が多くあると思われる。
http://fkaidofudo.exblog.jp/7218933/



この敷地内の一角に、後に内務省管理局長、香川県知事となる竹内徳治も暮らしていたわけである。

















Tags: なし
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:665/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2013/09/18 23:59
    …と、まぁ、思いもかけずの展開であった。

  • Comment : 2
    Molotov
     2013/09/21 23:16
    >現在ローマ法王庁として使われているこの建物

    今見ても、全然違和感がない。

    今、住宅地にはこういうデザインの建物、わりとありますよね。

    ここまで堅牢な感じはしないかもしれませんけど・・・。

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2013/09/22 21:20
    東京都立中央図書館の「木子文庫」資料の図面には、
    この「洋館」の他に「日本館」と呼ばれる(多分)和風建築のものがあり、
    それとは別に三男の鈴木竹雄邸、娘婿の竹内徳治邸のものがあって、
    それに加えて「車庫」に「甲号・乙号舎宅」なんて建物のものまであります。
    実際、かなりの広さの敷地なんでしょねぇ。

    図面の中には地下道のトップライトなんてものもあるので、
    地下道で結ばれていた建物もあるのかも知れません。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2013/10/09 07:22
    加筆修正して、ココログ版の「現代史のトラウマ」記事としてアップ。


     検索の道(4) 竹内徳治、味の素、そして駐日ローマ法王庁
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-fb4e.html

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