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おちおち死んでもいられない(原理主義者の描く「靖國」)

2014/02/18 21:53




 一、 聖職奉公のための戦死は生命奉還である。畏こみて大君の辺にこそ死ぬるのである。死して忠霊なほ大君の辺にまつろひ、以て無限に皇運を扶翼し奉るのである。

  若しその霊を阿弥陀仏に托して西方十万億土に送り、釈迦仏に附して彼岸極楽に送りやる如きことあらば、忠死の根本否定であり、忠霊の致命的冒涜である。肉体の生命は至尊に捧げるが霊魂の生命は天津日嗣以外に捧げると言ふのでは忠節どころか、恐るべき国体叛逆の大罪である。この様な相対忠は絶対に否定されねばならぬ。これでは断じて「天皇陛下万歳」にはならぬ、即ち「天皇機関説」の極致にほかならない。

     影山正治 「陸軍葬再論」 (『忠霊神葬論』 大東塾出版部 昭和19年)




これも早川タダノリ氏の『神国日本のトンデモ決戦生活』(ちくま文庫 2014)に収録されているものだが、靖国思想の「極致」がここに示されている。

早川氏は、



 「生命奉還」というフレーズには心底驚愕した。この一文が興味深いのは、影山先生が死後の霊魂の存在と極楽浄土の実在をマジで信じており、戦死した霊魂の行く先が気になって仕方がないところにある。〈英霊〉が極楽浄土ヘ行ってしまったら、大君に「生命奉還」できないじゃないかというわけだ。ひとたび〈英霊〉となったならば、「死して忠霊なほ大君の辺にまつろひ、以て無限に皇運を扶翼し奉」らなければならないというのは「忠霊公葬」論者に共通するイデオロギーで、「極楽行き禁止」なのであるから、死んでからも〈英霊〉は忙しくてたまらない。これでは皇国臣民はうかつに死ねないのである。

     早川 前掲書 270ページ



…と評しているが、原理主義的に靖國神社の意義を語れば、その「極致」には、影山氏の語るような形で〈英霊〉の姿が見出されることになるわけだ。


靖國神社とは、思想的にはそのような存在なのであり、単なる戦死者の追悼施設ではないのである。

〈英霊〉は社の奥に鎮まっているのではなく、


 死して忠霊なほ大君の辺にまつろひ、以て無限に皇運を扶翼し奉る


これが「天皇機関説」に堕すことのない、「国体明徴論」的に正しい、靖國神社の本来的な〈英霊〉の姿なのである。












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Tags: なし
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:652/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2014/02/18 22:37
    カルト、ですね、これは。

  • Comment : 2
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2014/02/19 01:32
    「戦って死ね」、…で、「死んでからも戦え」、ですか?

  • Comment : 3
    やわらか☆不思議猫
     2014/02/19 15:56
    >霊なほ大君の辺にまつろひ
    >彼岸極楽に送りやる如きことあらば、忠死の根本否定

     つまり、成仏せずに、憑依霊になれ、と。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2014/02/19 22:33
    影山正治先生に従えば、

     生きている間は戦死するまで滅私奉公

     戦死したら永遠に滅私奉公

    これが、「国体明徴論」的に正しい皇国臣民のあり方、らしいです。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2014/07/31 21:58
    加筆修正の上、ココログ版の「現代史のトラウマ」記事としてアップ。


     高級國語時代の思想(原理主義者の描く「靖國」と浄土真宗的殲滅戦の論理)
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-898d.html

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