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橋下徹氏と慰安婦

2014/03/25 22:07

シリーズの第一回では、産経新聞による「河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたものだ」との主張について、



 実際には、「河野談話」には「強制連行」を認める記述は存在しない

 そもそも、「強制連行」という語が、「河野談話」では一度も用いられていない

 文言として「強制連行」という語を用いているかどうかは別としても、「河野談話」では、慰安婦の軍による直接的・組織的な暴力的拉致を、事実として認定してはいない

 慰安婦の募集時における軍の関与については、基本的に、間接性がその特徴であることは明示されている



…という事実を指摘し、「産経新聞」は、文言上の根拠もないまま「河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたもの」と「決めつけた」のだという話をした(「産経の捏造 1 (「河野談話」と「強制連行」)」)。


「河野談話」の示しているのは、



 

  慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。


  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。



 

…との認識なのであり、そこでは慰安婦の募集に際しての軍の関与の間接性が前提とされているのである。ただし、現実の運用においては「更に、官憲等が直接これに加担したこともあったこと」も事実として認定している、ということなのだ。一般的には、あるいは多くの場合では、慰安婦の調達に際しての軍の関与は間接的なものであったとの認識を示し、例外的には、あるいは少数の事例においては「官憲等が直接これに加担したこともあったこと」(ここで直接的関与をしているのは「官憲」であり「軍」ではないことにも留意)を認定しているに過ぎない。

つまり、「河野談話」の示しているのは、慰安婦の募集に際しての軍の関与の間接性という構図であり、「直接これに加担した」のも「官憲等」としており、そこでは「軍」が直接的加担の実行者として名指されていないことは読み取っておくべきである。もちろんそこに「等」という語を用いることによって、「軍」の直接的関与事例の可能性を否定しない表現に仕上げているが、その点について言えば「河野談話」は朝鮮半島における―つまり日韓の間の―慰安婦の問題に限定された文書ではなく、アジアの日本軍占領地域における現地の慰安婦の存在も念頭に置いたものであり、たとえば「河野談話の」作成の際に参照された「バタビア臨時軍法会議の記録」が示しているのは、まさに軍の直接的加担の事例なのである(そもそも「河野談話」に示された認識は朝鮮人元慰安婦の証言のみに基づいたものではない)。しかし、念を押しておくが、慰安婦の募集・調達における軍の関与の間接性が、「河野談話」の示す基本認識なのである。


あらためて、「河野談話」の実際の文言を示せば、



 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。



…というものなのである。あくまでも、


 慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり


…ということなのであり、慰安婦の調達の際の軍による直接的暴力的拉致連行を事実として認定してはいないし、慰安婦の募集の際の「甘言、強圧」の主体は「軍の要請を受けた業者」であって「軍」ではない(「その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」という記述もあるが、「募集」における「甘言、強圧」の主体は軍ではない)。

もっとも、「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」としており、その過程における「甘言、強圧」の主体が軍であるケースの存在を認めていることにはなるが、これはいわゆる「広義の強制」に連なる問題であり、慰安婦の調達の際の軍による直接的暴力的拉致連行(いわゆる「狭義の強制」)を認定したものとはなっていない。別の言い方をすれば、「河野談話」は、慰安婦の強制連行=軍による慰安婦狩り的イメージを、軍の関与の間接性を強調することで明確に否定しているのである。



「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」としているが、「募集」については間接的関与が基本であったとした上で、しかし日本軍による日本軍のための慰安所であり慰安婦であったとの認識を示しているのである。その際に、一局面における関与の間接性により責任回避を可能と考えることはせず、慰安所の存在、慰安婦の存在をシステムとして(軍により構築された制度として)捉えることで、システムを構築し運用し利用したことへの責任を明言しているところにこそ「河野談話」の特質がある(関与の間接性を責任回避の正当化の理由としないことには、倫理的な価値があるはずである)。「河野談話」にある



 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。



…との文言は、そのように読み取らなければならない。


再確認すれば、「河野談話」は、(いわゆる「狭義の強制性」を意味する)慰安婦募集における軍の直接的暴力的拉致連行としての「強制連行」を認めたものとはなってはいないのであり、むしろ慰安婦の強制連行=軍による慰安婦狩り的イメージを否定するものとして、細心の注意の下に組み上げられた「談話」なのである。「根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたもの」として読まれるべき文言は、「河野談話」には存在しないのである。






さて、以上の構図を確認した上で、ここであらためて、昨年の5月の橋下徹氏による慰安婦をめぐる発言が何であったのかを振り返ってみよう。

橋下氏の当初の問題意識は、橋下氏自身のツイートによれば(つまり当人の言葉によれば)、



  日本の慰安婦制度が世界的な非難を浴びているのは、国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたとされている点。この点については、僕は歴史家ではないので、具体的な事実を全て把握しているわけではないが、2007年の閣議決定で、それを裏付ける証拠は見当たらないとなっている。
     posted at 06:53:02 5月14日


  ただ国を挙げて韓国女性を拉致して強制的に売春させた事実の証拠がないことも、厳然たる事実。世界が誤解しているなら、日本が不当な侮辱を受けないために言うべきことは言わなければならない。だいたい、アメリカはずるい。アメリカは一貫して、公娼制度を否定する。現在もそうだ。
     posted at 07:16:43 5月14日


  この問題については当初より言っているが、国を挙げて女性を拉致したと言う事実があれば、それはある意味日本の特殊性になる。しかし現段階ではその証拠がないと言うのが日本政府の立場だ。このようなことは、グローバル化時代、国民はしっかり認識しなければならない。
     posted at 08:29:48 5月15日



…というものであった。発端となった最初の記者会見の背景にある橋下氏の認識を説明したものだが、会見の場での発言が騒動に発展した後の日本外国特派員協会での記者会見の席では、あらためて、



 一方で、従軍慰安婦についての政府の公式見解である河野洋平官房長官談話については「否定するつもりはない」としつつ、内容に疑問を呈した。
 橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ」と説明し、拉致・人身売買については日韓両国の歴史学者による事実解明を主張。「この核心的論点について河野談話は逃げている。これが日韓関係が改善しない最大の理由だ」と述べ、日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因しているとの主張を展開。河野談話に「表現はもっと付け足さないといけない」と述べた。
 これに対し、河野談話が元慰安婦の証言などをもとにしていることを踏まえ、「元慰安婦の証言は信用できないのか」などと追及されると「最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う」などと主張し、明確には答えなかった。【阿部亮介、林由紀子】
(毎日新聞 5月27日(月)21時30分配信)



…と、「日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因している」との問題意識を示していた。

その際に橋下氏は「国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせた」のかどうかを問い、「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場」との認識を示し、「この核心的論点について河野談話は逃げている」と言い、「日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因している」と主張していたわけである。


しかし、国の直接的関与という意味で、「国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせた」という構図(軍による慰安婦狩り的イメージ)を「河野談話」は認定していない。あくまでも、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが」とその関与の間接性を明言し、その場合も「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた」という文言を選択し、「暴行脅迫」あるいは「拉致」というような、いわゆる「狭義の強制」(産経的な意味での「強制連行」)を意味する語の使用は避けられている(「強圧」は「脅迫」であり得ても「暴行」を意味する語ではない)。その意味で、「河野談話」の文言の選定は見事だと言うべきなのである。

繰り返せば、「河野談話」では、いわゆる(軍による組織的直接的暴力的拉致連行=軍による慰安婦狩りという意味での)強制連行の構図は採用してはいないのであり、橋下氏が慰安婦の調達における国家の直接的暴力的関与の有無(慰安婦狩りの事実の有無)を問題にしているのであれば、「河野談話」は国家による直接的暴力的関与(軍による慰安婦狩り)を認めるものとして書かれてはいないことは明白なのであり、その意味では問題そのものが最初から存在しないのである。


しかし、法律家であるはずの橋下氏の文章こそ曖昧であり、国家の関与の直接性か間接性かという論点を採用せず、「国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたのかどうか」を問い、「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買したのかどうか」という構図を持ち込んでしまう。これでは「間接的関与」の強調により達成される(現に「河野談話」の文言において達成されている)、「国を挙げて」あるいは「国家の意思として」というニュアンスからの距離の保持を失効させてしまう。


既に当時の日本の「公娼制度」の基盤が「人身売買契約」にあることは1930年当時から国際的に問題となっており、慰安婦の募集の際の(慰安婦となる女性と「軍の要請を受けた業者」の間の)「契約」が、近代公娼制度を支えた人身売買契約の形式を継承しているであろうことは指摘されている。「国家の意思として組織的に女性を人身売買したのかどうか」と問題設定をしてしまえば、たとえそれが間接的関与であれ、「軍の要請を受けた業者」の行為の背後にある「国家の意思」がクローズアップされ、そのように「業者」を「組織」した「(軍=)国家の意思」の存在がクローズアップてしまうだろう。「河野談話」が採用しているような「間接的関与」の強調によってこそ実行者としての「軍の要請を受けた業者」と「国」との距離が保たれるのに対し、「国を挙げて」という用語法は「国」と「軍の要請を受けた業者」を一体化させる効果を生んでしまうのである。

橋下氏は文言の選択における慎重さに欠け、法律家としても政治家としても、発言に不用意さが目立つと言わざるを得ない。そんな橋下氏が「河野談話」における文言選択の巧妙さに気付くことが出来ないのは仕方のない話なのかも知れないが、残念な話だとは思う。











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