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「あかり/AKALI」展(武蔵野美術大学美術館)を観る

2016/11/11 20:25

 展示を通して何より衝撃を受けたのは、かつての「あかり」の暗さであった。そこにあったのは、まさにかつての世界の「暗さ」を「目の当たりにする」経験である。


 企画は、平成25年に武蔵野美術大学 美術館・図書館が一般財団法人山際照明造形美術振興会より譲り受けた、広瀬二郎氏収集の灯火具コレクション(約1300点)を広く一般に公開することを目的としたものだそうで、3つの展示室で構成されている。

 それぞれにテーマごとに展示が構成されており、「あかりの世界」として日本の「あかり」の歴史の全体像が示され、「あかりのデザイン」として日本の「あかり」の特質を象徴する器具がピックアップされ、「あかりの感覚」として日本の歴史の中で経験されてきた「あかり」の明るさ(あるいは暗さ)を体感することになる。前二者は展示がそのままコレクションの紹介にもなっているが、「あかりの感覚」の展示は、コレクションにある様々な照明器具の実際の「明るさ(あるいは暗さ)」を体感すると同時に、その照明器具の「明るさ」に規定されたかつての日本の室内空間の特質を示し、更にその中に絵画や彫刻、茶道具等の美術作品(現代では「美術作品」と総称されてしまうが、もちろん、歴史的に言えば、そのようなカテゴリー自体が近代に輸入されたものでしかない)を置くことで、当時の空間にある「あかり」の中でどのように見えたかを体感するように構成されている。


 その「あかりの感覚」の展示室は更にいくつかに分割され、導入部の後に続くのが、当時の闇の暗さ(新月の夜の闇)を体感することから始められ、障子越しの光や、行燈の明るさ(暗さ)を体感し、浮世絵の中での光の描かれ方や、「枕草子」の記述を視覚的に経験することで構成されたコーナーであった。

 そこは入り口と出口が暗幕で仕切られており、まず「闇」が何であるかを知ることが出来る。自身の手を目の前にかざしても、何も見えないのだ。そして行燈である。

 実は、私は三回も展示に通ったのだが、最初は衝撃。二回目はその再確認。三回目は、手元にあった和書(和綴じ本―ただし江戸期のものではなく明治初期の教科書を用いたが、問題は文字のサイズなのでそれでよしとした)と戦前の岩波新書(現在より活字が小さい)を持ちこんで、実際に行燈の光で読めるのかどうかの確認をした次第。結論としては、読むのは難しい。もちろん、行燈の明るさ自体、ある程度は調節可能(燈心の数を増やす等で)であり、かつても読書時には今回の展示とは異なった光量であった可能性もあるが、しかし暗いことにはかわりはない。

 いずれにせよ、水戸黄門(テレビドラマの話だが)の室内空間の明るさは虚構であり(エンタメ作品を責める必要はないが)、実際の水戸光圀公が『大日本史』の編纂作業を始めた頃の読書空間の明るさは、この行燈の明るさ(暗さ)から想像する必要がある、ということになるだろう。

 その先の展示コーナーでは、谷中の茶室寿庵の室内空間が再現され、そこに上り込んで、夜明けから日が沈み灯火の下に至るまでの茶室内の光の在り方の移ろいを体験出来るようにもなっている。

 日の移ろいと共に、障子越しの光の差し方も変化し、日中の光と朝夕の光の質的変化までもが体感出来る。その上で、灯火が点される日没後の世界となる。こちらは間接光であった行燈とは異なり、蝋燭の直接光なので、読書には行燈ほどの難はない。しかも、光源が室内の低い位置なので、床上あるいは膝上(そして書見台上)での読書には適したものと言い得る。この光源の位置は、日中の高めの位置の障子越しの光とは異なり、茶道具を用いて茶をたてる手元に意識を集中させることにも役立つ(逆に顔の表情は見見えづらくなる)。

 そんな経験を通して、現代の感覚からは想像し難い、かつての日本の室内空間の在り方が見えて来るのである。かつての視覚的経験の世界を、視覚的経験を通して体感する(目の当たりにする)のである。

 それに関連して、「あかりの感覚」展示の中で興味深かったのは、高い位置に光源のないかつての日本の室内空間の中での屏風や襖絵の金の意味(反射光の創出)であったり、浮世絵の陰影のないフラットな表現(輪郭線と面で構成された画面)と暗い室内(日中でも現代感覚からすれば暗いし、日没後には、これまで述べた通りの環境となる)での鑑賞の関係性の指摘であった。

 また、東大寺の「お水取り」だったり、様々な民俗行事などの祝祭的空間での「かがり火」の明るさの意味(夜の闇が当たり前の世界の中での、まさに非日常なのである)。かつての屋内空間の中での仏像彫刻や宗教画の見え方についても考えたことなどなかったし、そこに一貫している座位を中心とした振る舞い方についての重要性についても同様である(光源の位置や座位との関連については「あかりの世界」の中でも示されている)。


 そんな視覚的経験を通った上で、あらためて広瀬二郎氏のコレクションに接する。それが単なる今では貴重となったモノのコレクションであることから、かつての日本の空間感覚を宿した道具のコレクションであることに思い至る。



 教科書的知識としては、たとえば明治になってのガス燈の明るさに驚嘆する当時の人々については十分に知っていたつもりなのだが、それがあくまでも机上の知識に過ぎなかったことが暴露される展示でもあった。

 また、そんなガス燈の輸入があり、その後の電化による電燈というより明るく扱いやすい光源(スイッチ一つで点灯・消灯が可能なのだ)を手に入れ普及させることに成功したた日本が、「先の大戦」の際には「灯火管制」により再び「闇」の世界に戻り、更に空襲によるインフラ破壊により「停電」による「闇」を経験することになる。戦時日本は、昂揚される戦意の一方で、実質的に「闇」を体験する世界となっていたことになる(戦後の蛍光灯による明るさの標準化も、戦時の「闇」体験の反動という一面もあるのかも知れない)。

 もちろん、インフラ破壊がもたらされるような大災害時には再び「闇」の支配する世界となるわけで、それと隣り合わせなのが、私たちの享受する明るい日常なのだ。





 かつての「闇」と、その中での「あかり」の明るさ(暗さ)を「目の当たりにする」ことで、様々な思いに導かれる。

 そのような実に秀逸な展示であった(ただし、11月12日で終了してしまう)。









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Binder: 現代史のトラウマ(日記数:645/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2016/11/11 21:21
    これだけ衝撃を受けた展示も珍しいような気がする。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2016/11/11 21:27
    早速、ココログ版の「現代史のトラウマ」記事としてもアップ。



     「あかり/AKALI」展(武蔵野美術大学美術館)を観る
     http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/akali-5b0e.html

  • Comment : 3
    やわらか☆不思議猫
     2016/11/14 18:11
    なるほどー
    「屋内」の暗さというのは、現代社会においては全く新しい視点ですね〜。
     たしかにいにしえにおいては、屋内の灯里は、ぼんぼり系はむしろ床に近いところに光源がありますし、高いところから照らすというのは日本ではあまりなかったのかも。西洋的には頭より多少高いところに火が掲げられているような絵をよく見ますね。
     光源の位置が違えば、見え方もがらりと変わるし、しかも光源が炎であれば見える物も陰も常にゆらめいているし、光量が少なければ、瞳孔はより開き、光を感じる細胞は錐体細胞より桿体細胞の方がより活動していそうだし、(つまりめは暗順応している状態)ということは見え方もより白黒に近い物として見えているわけで、それだけでも既に異世界かもしれません。

     それを基準に夜を考えるとやっぱり「ガス灯」の街灯なんて無茶苦茶明るく輝いて見えたんでしょうね〜

  • Comment : 4
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2016/11/15 00:26
    ふむー。
    昔の屋内劇場、(能・歌舞伎・相撲とか)の光源とか照明の具合はどんなものだったのでしょうね。
    時間帯や気象条件に大きく影響されることがあったのかな。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2016/11/15 21:17
    言われてみれば、
    浮世絵の平べったい表現は、平べったい表現だからこそ、
    確かに暗い室内でも何の絵だかわかる。
    行灯の暗いあかりでデューラーの版画は厳しそう。

    とかいろいろと感心した次第。

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2016/11/15 21:23
    歌舞伎舞台のスポットライトと言えば、


    → http://blog-imgs-43.fc2.com/o/d/c/odcanime/IMG_0719_20130312112833.jpg
    → http://www.lightdesign.jp/word_surfin/img/img_point04_01.jpg

    「面明かり」ってやつで、
    役者の顔を長い棒の先のローソクで照らすんだそうな。

  • Comment : 7
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2016/11/15 23:28
    へー!へー!!
    なるほどなるほど…

  • Comment : 8
    やわらか☆不思議猫
     2016/11/16 17:16
    面明かり……ある意味スポットライトですにゃ〜 ただ火が付きそうで怖いにゃ

  • Comment : 9
    umasica :桜里
     2016/11/17 06:36
    当時の「あかり」って、
    みんなそこで燃えている「火」が光源なわけで、
    そりゃ、大火事にもなりますわな的な感想も持った次第。

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