つっこさんのマイページ

最強の裏には

2010/02/09 17:33


うちの母は、友人の間でも有名な

ずば抜けてサバけた母でして、

実家で私が

発展性のない話でもしようものなら

一刀両断に切って捨てられます。


うちは、

シケた話、ケチな話、面白くない話

ドロドロした話はご法度、


笑いが取れない者は退場、


そんな道場のような家庭でして・・・


落ち込んでいるときに、雷が落ちることはあっても

優しい言葉をかけてもらった記憶は

ありません。


私の気持ちの切り替えの速さは、

我ながらイイセンイッテル感じですが、それは

「母の逆鱗に触れるよりは

 さっさと気持ちを切り替えたほうがマシ」

という、訓練の賜物であるわけです。


私は一人っ子なんですけど、

40歳の誕生日に

「あなた、独身で過すんだったら

 家を出て自分で自活して頂戴!」

と、家を追い出され、私のベッドも

「邪魔だったから捨てといたから」

と、部屋までなくされ、

今は実家に

「泊まらせてくださ〜い」

と帰る始末。


子離れの良さもさることながら

母の物事に対する執着のなさっぷりは見事でして

しかも全てにおいて、迷いがない。

母が

「どうしよう・・・?」

と迷っている姿を見た事がありません。

全て即決。


「この人を超えることは

 一生できないわ・・・・・。最強!」


と、思っておりましたが・・・・



2月6日は、弟の命日でした。


命日だからといって、

毎年特に何をすることもなく

法事もせず、

普通の日と変わらない一日であります。


子供の頃からず〜〜〜っとそうだったので

「うちは、あまり法事などは積極的にしない家なんだ」

と思っておりました。


それが、昨年の2月6日に、

なんとなく母に

「今日は剛君の命日だね」

というメールを送ったら・・・・


珍しく母から長文のメールが返ってきまして。


弟は、生まれてから数日で亡くなったので

私も詳しく覚えているわけではありませんが・・・


葬儀の為に親戚一同が集まって

どちらかというと嬉しかった、という

ひどい姉であります。


当時母は出産により、大量失血で命が危険な状態にありました。

集中治療室で治療中の母の体調を気遣って

彼の死は知らされておらず

母はその間ずっと、彼は元気で生きていると

男の子が生まれて良かったと思っていたのだそうです。


お葬式もし、お骨も拾った父と私とは違って

母には、びっくりするくらい毛深かった

生まれたての元気な剛君の記憶しかなく

退院して、彼の位牌を見ても受け入れられず、

そんなわけで、40年近く経った今も

彼がどこかで生きているような気がして

法事をする気になれない、

自分は薄情な母だと思う、という

そんな内容のメールでした。


そんな風に思っていたなんて・・・・・。

知らなかったな〜。


そのメールを読んだら泣けちゃって

私は返事が出せなかったけど

母の癒えない傷や弱さを

初めて知ったというか

初めて精神的にヨシヨシしてもらう側から

ヨシヨシしてあげる側に立つ事が出来たというか

ちょっと親子の立ち位置が変わった出来事でありました。


超えることは出来ないけど・・・・


そして、今年の2月6日は

やはり何事もなく、

いつもと同じ一日であり・・・・・


実家でしょぼい話をした私はまた

一刀両断に切り捨てられたのでした。






















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