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気が違う考

2011/11/17 06:11



つづめて、それにちょっと加えて、変えると揉める。禁止用語だからだ。
ぼくは、つづめても、「気」は実体を指す用語でなく、関係性を示す用語だと思っている。もちろん、実体と言ったって、本当に実体なのかどうかは、容易にはわからない。きわめてむつかしい。実体が関係性じゃないか、一種の情報にしかすぎないんじゃないか・・・素粒子論などもそうだろうが、ぼくにはそういうことは解説する能力に欠ける。

関係性とみれば、みんなお互いに「気」が違っている。
「気」があってるなんて、「一億一心」でも、「愛の流刑地」でも幻想だ。
「気」があって一緒に死ねるか。死ぬときだって、心中のつもりが、実は「てんでんこ」だろう。
いわんや生きるときは、まさに「てんでんこ」。
恋人同士が見つめ合ったって、養老爺のいうように、所詮お互いをみてるので、オランウータンがチンパンジーをみているようなものかもしれん。オランウータンとチンパンジーは、人間より気が合うかもしれないが、人間同士は根が「気」が合いにくい。
なぜなら、幻想の動物だからだ。言葉の動物だからだ。「気」が違って戦争する、原爆落とそうとする、そんなことをする動物は人間しかいない。

禁止用語の使用例を書くが、その前にひとつうんちくを。
「基地外」とは、「基地」という共通理解、同一ボーデンの外、それを欠くという意味だと、ぼくは解釈しているので、2ちゃんねるぽくみえても、日本語のこういう効能は、決して当て字という意味だけでないと思っている。

教授が助教授に言う。いまは准教授だが、財前五郎の頃は助教授だ。助教授も准教授も教授のことを「あいつは基地外だ」とののしるのをぼくらはいくらでも見聞きしてきた。逆に上が下のことをそういうのもいやほど・・・・。

精神科医が、「某精神科医は基地外だ」とレポートするのも、最近複数経験した。
まだ、「どうなっちゃってるんですか?」とレポーターには聞いていないが、だいたいは推測している。
やっぱり、どこか「気」が違って、多くの人が迷惑受けてるんだろうが、プライバシー、名誉毀損ってことだけでなく言語化しにくいのだろう。ここでも実体でないことがわかる。関係性なんだ。迷惑も・・・。

夫婦、恋人、その他微妙な関係で「気」が違ってくると、「基地外」よばわりは増えてくる。
「人格障害」、「アスペルガー症候群」、「多重人格」、「なんとかコンプレックス」、その他、いろいろと略すが、山ほど出てくる。
自分の「気」のずれを形容して「PTSD」だ、「アダルトチルドレン」だ、自称の関係性呼称が空を飛ぶ。疾病利得って意識、無意識もあろう。新型インフルエンザは、知らんが、新型鬱はそういうものと読んでいる。医療者側には新型が多い。一種の医療崩壊のクライシスコールだ。
プロファイリングの好きな、多民族国家アメリカでは、頭文字を並べたABC第何版みたいなハンドブックをバージョンアップして「関係性」を、実体表記して、プロファイル、ラベリングの妥当性を検証しながら、医学・医療を運行していく。司法も同じかは知らない。日本では鑑定医は大変だ。とにかく、日本では伝統と、馴れの問題があって、「基地外」の大和言葉を忌むことで、何とか紛争拡大を予防し、スルーしようとしているかのごとくである。近い将来は知らない。どうせ俺は生きてないし、興味もない。

ところで、お互いに「気」が違って、他称自称「病名」を口にしなければ済まぬ状況はつらいものだ。それらは、いじめの台風の目であったり、クライシスコールだったり、閾値近くで何かがもぞもぞしている徴表であることは間違いない。

歴史はこういうことを繰り返してきた。
出羽の守をやるうんちく能力はないが、ここまで書いたらやった方がいい。

忠臣蔵は、浅野内匠頭と吉良上野介の「気」の違いから生じた。
別に「気」まぐれでなく、塩の利権もあったり、いまとそっくりの状況だ。
殿中で抜いちゃった。
中島義道は、竹光で「ぽこん」しとけば、ご乱心で助かったんじゃないかというが、それはなんちゃって哲学者のカント的幻想で、切腹は免れても、「気がふれた」ということで、幽閉、毒殺されるのが落ちだろう。
ここで、「気が違う」のと、「気がふれる」の違いは、わたしの解説能力の限界を超えていてプレゼン不能だ。

四十七士は、殿の敵をとって、切腹となった義士だと褒める人からは英雄だが、まゆをしかめる人からすれば、老人をなぶり殺しにしたテロリスト集団だ。
やってる同士も、見聞きする人も、「気」が違えば、それだけやったこと、みえることの意味は違ってくる。
切腹自体が野蛮という人もいれば、男らしい自裁とみる人がいて、本当は日本人同士でも、ずいぶん「気」が違う関係なのであるが、まだ上映できてはいる。このごろは、年末にもあまりやらない。大作を作る余地も、面白い日本人論が出る余地もずいぶんあるが、作る方も「気」が違ったわけではないだろうが、ずいぶんと「気」は萎えてはいる。

宗教も「気」だ。
「気」が違えば、戦争になる、テロになる。
筑波大の五十嵐助教授は、首を切られて亡くなった。
養老さんは、「当たり前だ」という留学生のつぶやきを聞いて、くわばらくわばらしたという。その養老さんが、タイだか、シンガポールだかで、ホテルのクリスマスパー券を売りつけられて、ボーイ頭に「俺はクリスチャンじゃないけどなあ」って言ったら、そそくさと踵を返したという。わが国でも、「気」の話、つまり宗教、政治、スポーツ支持の話は、「気」の違いの次第では死人が出るから、タブーと認識している人も多い。
某法学教授は、最近のある事例で、表現の自由が云々と騒いでいたが、問題が昂じれば、表現の自由の問題の前に、五十嵐教授のように首と胴体は離れざるを得ない。
実際に、イラクへ自分探しの「気」を持ってでかけた青年は、運悪く「気」の違う連中に首と胴を分離されてしまった。三島由紀夫は、自分の内の自分とか、それとも外の連中に対してか、とにかく「気」がスプリットして、自分で切腹し、「気」の合う仲間に、自分で頼んでわざわざ分離してもらった。

ほんに「気」の問題はブラディーだ。

さて、「気」の違う同士はどう生きていくべきか。
先便の草枕の漱石も悩んだ。
最近、サツマイモを大量購入して食っているが、屁では解決しない。
ちなみに、食糧自給だって、DM気味の俺がわずかな必要カロリーを芋で取るカルキュレーションだと、十分もつ。その食物だって、最後は石油で作るんだから、本当の農とか、食の問題でなく、実は集団的な「気」の問題だ。
この前アップしたように、もう一度、野坂昭如に「ソ、ソ、ソクラテスもプラトンも」と時代の色調いれてライブに唄ってもらえば、わかるかもしれないが、彼はアポってそんな元気はなさそうだ。彼の言った絶対的窮乏恐怖も言っていっこうに来なかった。過去の人だ。

ぼくは養老信者でもなく、まるが人の発声を解さないなんて爺の謬見の最たるものだと思ってるが、養老さんはずる爺なので、「俺のいうことは、全部正しいと思うな」と論理学に出てくるいやらしい辻立ちみたいなことを言って煙幕を張る。
しかし、「気」の違いのテラピーには賛同する。
90度ずらす。
180度にすると、夫は「人格障害」、「アスペルガーだ」、「モラハラ男だ」、「マザコンだ」と出てくる。360度にすると国なら大政翼賛会になりかねず危険だ。日本も潮目に来ている。
90度だと、夫婦なら、ベクトル45度でいける。力の入れ方により、方々にいける。

しかし、実際はこれがまたむつかしい。
ぼくの知り合いも、「気」が違うぼくを忌避できても、他所でフレイミングしてる。
そりゃ世間は、お互いに「気」が違うんだもの。
明日も、明後日も、ぼくが生きていれば、どれだけ違うか、なんちゃってコラムニストを続けるが、人間なくて7癖、好き者なら48手以上の癖がある。そりゃ、論外で口つぐんでも、論内、つまり専門領域の医学や法学、工学、政治学、芸術、その他もろもろ黙ってられるはずがない。専門外の与太話も門外漢でも実は楽しくてしようがない。「気」がずれると大変になる。せっかく人が「気」持ちよくしてるのに、ぶっころすぞー!って。
お互いに、「基地外」呼ばわりせずに、実は「基地外」だと思いながらやるのは、かなりの力が要る。
このごろ、医者も弁護士も公認会計士も教師もタレントも疲れている。そりゃそうです。時代は、「気」の違いを「気」にしなきゃ大変なんです。松本人志も、いじめ自殺もそりゃ究極的には死んだ奴が一番悪い、そう言いたいが言えないとぼやいていた。彼も昭和の遺物だが、子を持ったから平成では場合によって自分の場合も芸にされたら、たけしのように殴り込みに行ったりするかもしれん。老化すると時代の変化がわからなくなる。
ネット時代だが、いくらこういう説明しても、脳天「気」な遠隔地にいる知人は、わからない。ぼくと「気」が違うから。IT信者だが、その割りには、ビデオチャットでライブしようと言っても乗らない。ほんで、当地に来たら会おうと誘う。オオカミと鶴みたいになったら、チャットならキーボード置けば終わる。リアルだとオオカミは鶴に、鶴はオオカミに技を使う必要が出てくる。こういう事理も、前提で「気」が違うので、共通理解にならない。

ぼくが話をするとペシミスティックだから、すぐに「鬱」とラベリングされる。
声が大きいと「躁」だとレッテルはられる。
この前、知人の医者にO型だと言ったら、彼はあんたはA型とB型にスプリットしているように見える。スキゾかといわれたが、ぼくはスキゾでもあり、パラノでもあり、あえて言えば、人はみんなチクロイドでもある。
岸田秀さんは、対米のダブルバインドから日本はシゾフレニーと喝破されたが、みんなある意味そうだ。日本だけじゃない。多民族国家とはいえ、アメリカのダブルスタンダードをみよ。中国の支離滅裂を見よ。他の小国もみなおなじ。
エピの要素もある。司法試験の終了ベル5分前、ぼくはある科目で手が震えて、コンバルジョンを起こしそうになった。人生で一回だけの経験だ。そんなに脳波が乱れるほどがんばったのに、もうあまり弁護士は好きでない。理由は後述。スパイクが、ぼくは倒れなかったが発作のようなものが頻発すれば、エピ持ちとなる。日本では、筒井康隆の断筆宣言の頃からフォローがうやむやで、先日もコントロールの悪いお方の大事故で大変なことになった。
「気」が変になると、このように大変なんだが、もとも「関係概念」であることと、みんな関係悪化の促進回路を持っていて、抑制回路、調整回路が弱い。個人も社会全体も弱い。だから高齢者ドライバー問題だって緩くない。暴対法、暴対条例だけではすまない。「気」の問題だから。あとの調整がなければ、出物腫れ物別の形で噴出カスケードってなる。
たとえば、ムラ八分も「気」の問題だから、映画の「砂の器」じゃないが、行路病者を次の亀嵩から放り出しても解決しない。善良な緒方拳さん演じる三木巡査は、和賀英了に会って殺されるが、和賀だって、トラウマで「気」がすまないのだ。話は推理小説だから殺人にシフトするが、現実の世界では、いろいろとメタモルフォーゼする。

ということで、この話もなんだかお経のようになってきたので、ここでキーボードを置く。
あとは、ちきりんさんみたいにおちゃらけなんちゃってコラムニストのモードに戻って、じゃあまたねー。



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