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東京自由大学「<仏教3.0>〜これからの仏教と禅」に参加しました

2016/11/16 15:28

 東京自由大学主催の、藤田一照師の講演会「<仏教3.0>〜これからの仏教と禅」(於、目黒不動尊)に参加しました。
 副住職の瀧口康道師の境内案内、修験道の星野文紘先達との対談、藤田師の講演と、盛り沢山な内容でした。


 かけてあった額は、藤田師の師の師にあたる、沢木興道老師の書とのこと。ご縁に驚き。

 藤田師の講演の前半は、「家」と<家> をキーワードに、四聖諦(藤田師の表現では「四つの課題」)や釈尊の伝記を題材に、仏教の本質について。
 これはおどろくほど短く核心をついた説明で、沢山の人に聞いてもらいたい内容でした。
 特に、四聖諦の苦諦については、誤解している人が多い(「苦しみがある」なんて、いわれなくてもわかっている、というような)。釈尊は四聖諦を三通りに説かれていて、二度目では「苦しみを知りなさい」〜私たちは自分の苦しみから目を背けている、それを直視しなさい、と説いていて、それがないと仏教ははじまらないので、そこに焦点をあてて際立たせた説明は、さすが、と思いました。


 残念だったのは、その仏教理解とテーマの「これから」に関わる1.0、2.0、3.0の話のつながりの部分が、時間不足になってしまったことで、
 藤田師は「聖俗二世界パラダイム」だとおっしゃる仏教1.0も、本来は浄土教もふくめて、聖俗二世界ではなく「家」と<家>の話だったはずで、育ちきらなかった仏教というか、<家>にたどり着くところにいたらないまま(開祖はたどり着いていても、どこかでたどり着くことができなくなり)固定化してしまったもののはず。
 『アップデートする仏教』では、欧米で関心をもたれているテーラワーダやチベット仏教を念頭においていた仏教2.0は、最近のマインドフルネスブームを意識した表現に捉えなおされており、
 では、3.0とは何なのか、(レジュメにはあって時間切れで触れられなかった)「坐禅は帰家穏坐 本当の<家>に帰らない限りくつろぐことはできない」という点について、
 実際には藤田師や山下師の坐禅会にでている人は関心も人それぞれだろうから、「家」を離れ<家>を目指そうとしていない人でも<家>に帰ってくつろぐことができるのか? とかいろいろ疑問が浮かんできて、(そのあたり、質疑応答のなかで少し言及されていたので、お考えはあるのだろうけれど)そこまでお話が進まなかったのが残念でした。

 重要なのは質疑応答で話されていた(正確ではないかもしれませんが)3.0をメソッド化してしまったら、「」になってしまい、<>ではなくなってしまう、ということで、
 私の学んでいるチベットの伝統は密教で、本当の密教中の密教の部分は世間で(おそらく藤田師も)思っているのとは、ぜんぜん違っていて、なぜそれを口外してはいけないのかというと、その教えに接した人が、事前の知識なく、はじめてそこで触れないと意味がないものだからです。
 無我も空性も縁起も、本来、そういう、聞いた人が愕然とするような言葉だったのが、すっかり手垢がついてしまい、その衝撃を保持するのが、秘密にする理由です。
 たしか『アップデートする仏教』の中にも、お釈迦さまこそが3.0といった話があり(うろおぼえ)、その衝撃が、今の日本で、生で体験できるのは、本当にありがたいことです。



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『アップデートする仏教』幻冬舎新書
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『仏教〈3.0〉を哲学する』春秋社
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