時刻(とき)はきた…〈4〉
『』
☆一夜が明けた。
夜中に再度妻に飲ませてもらった薬が効いたようだ。
隣の部屋では子供も起きてテレビもついている。なのに何故か私の周りはシーンと静まり返り、とても澄んだ聖なる朝に感じた。昨夜の嵐が嘘の様に無痛で清々しい気分だからだろうか?
そんな気分だったからだろうか、すくっと立ち上がり襖を開けて、
「おはようさん、さあ朝メシをちょっとだけ食べて病院に行こうか」
私が言うと
「おはよ、御飯食べれないでしょう、検査あるんだからあ」
と、ごもっともである。それでも私は本木雅弘さん出演の映画「トキワ荘物語」の様なノスタルジックな気分でゆったりと入院の準備を始めた。相変わらず散らかった部屋に入り別れを告げた。
妻に本は持っていかないの?と言われて急に我に戻り、慌てて小さなビニール袋に水木しげる先生の本を押し込んだ。
長男が学校へ行き、次男を弟ファミリーに預けた後、昨日同様妻の運転する車に乗り出発した。
今回行く病院は私の勤める会社へ向かう途中辺りにあり、この辺りでは大病院だ。行くのは6年ぶり。
6年前、今から31キロプラスの人生マックスの136キロの体重の時で、くしゃみして肋骨を骨折し、今回同様妻に連れてきてもらった。
ちなみにその2年後には34キロマイナスの102キロに落としたので現時点では3キロリバウンドの105キロという事になる。当時の私は営業系の仕事をしており、会社の方針で弁当禁止だった。初めのうちは毎日歩いていたが偉くなって来ると社員の送り迎えが殆どになり、1日のうち、車に乗っている時間と机に座る時間が増えて、昼食はコンビニか食堂が当たり前の毎日、それが私をワイン樽の様な体系に作り変えてしまった。
ワイン樽の私は転びやすく、自分大事なところは見えない、靴下がはけない、長靴がはけない等良い事はなかった。
最悪なのはお尻を拭くのも一苦労で、何度も下着を汚して妻に叱られたものである。
しかし、その後会社の方針についていけなくなった私は退社。それを機に食堂コンビニ食を一切やめ、妻の作った弁当と適度な運動で何の苦労も苦痛もなく、あっという間に痩せてしまいましたね。
基本的に常人からみれば今も太系だが、自然ダイエットに成功してから5年も経つがその間102キロ〜115キロの間を微妙にいったり来たり(現在105キロ)でこれ以上は細くも太くもなった事はないが、ニケタにするには思い切った努力が必要なようだ。
病院に到着。
ここは大きな敷地に4つ5つぐらいの棟が建っていて、まず行くのが一番奥の棟だ。
老ガードマンの指示に従って駐車スペースに車を停める。老ガードマンの挨拶に応えて中に入る二人。
手続きを済ませて、ズラリ並ぶ診察室の前に座る。各診察室の前には番号と先生の顔写真が貼ってあった。
3番は優しそうなはげた老先生で、中から患者さんとのフレンドリーなやり取りが笑い声と一緒に外まで聞こえてくる。3番は目の前だが、6番は少し離れていてよく見えないが白衣を着た長髪の女性の先生のようだ。私はどちらでもよかったが妻は
「女の先生だといいね」
といった。
私は飛び込み(紹介)の患者なので、待つことになると先の病院で言われたが、その通りだった。
「ふう〜」と気の抜けた頃、やっと呼ばれて入室した。外の写真とは全くイメージの違う、単髪でスポーツコメンテーターの陣内貴美子さん似の先生だった。一通り心の中でリハーサルした通りに私の言い分を伝えると、今度は逆に矢継ぎ早に質問を返してきた。
「最近、健康診断は?」
「2ヶ月前と半年前に…」
「どこまで!?」
「2ヶ月前は心電図以外は全部、半年前は全部…」
「だから全部ってどけまでっ!?」
「いや、普通に全部…」
「だから全部ってどこまで?」
と、こんな調子だった。
私が生まれてから今日まで、体験した健康診断はどこでやってもほとんど同じだった様に思う。その内容1つ1つを急には言えない、何と言えば良いのだろうとかと思った…。
まずはレントゲンと血液検査をするので地下階へ行くようにとの事。
エレベーターで地下階へ到着。地下だからなのか病のせいなのか少し寒くなってきた。受付を済ませまずはレントゲン、続いて血液検査をする部屋の前の椅子に腰をおろす。ドアが開いたままで、狭い部屋の内部は丸見え状態だ。ちなみに通路もかなり狭い感じなので治療を始めたら目の前でやっている様なものだなあ…等と思っているうちに、目の前に我々夫婦しかいないのにキチンと間近の部屋から顔を出して周りを確認しながら名前を呼ばれた。
後々何度も何度も採血され、再認識させられる事になるのだが、今まで私が経験した健康診断や風邪等による採血時の注射器に比べるとこの病院の(大病院は皆なのか?)針は太くてとても痛いのだ。その一発目が今から始まるのだ。とても若い女性技師(看護婦?)だったのだがなかなか始まらない、通路からは妻が間近に見ている。何度も腕をまさぐった後ようやく針を指したが、だいぶ痛い。何か迷いがあったのか一度ピタッ止まった後何故か左右に振った、私は余りの痛みに妻の視線も忘れてか弱い女性のように
「痛い痛い痛い〜」
と声をもらした。
すると女性は
「じゃあ一度抜きますね」
と注射器を引き抜いた。そして、
「点滴はどのくらいやりましたか?」
と、聞くので私は先の病院での時間を
「一時間です」
と応えた。しかし女性の質問と意味は別のところにあったのをこの時は露知らず、またこの女性もやはり経験の少ない方だったんだなと後から認識する事になる。
引き続き女性は
「じゃあ、一時間腕を伸ばしたままいられますか?」
と聞くので
「はい」
と応えた私。
すると女性は右腕の肘の内側に注射器を…、血液を抜いた後そのまま点滴をそこから通すという。成る程、曲げられないな。
その後処置室というところの個室に入り点滴開始するが、結論から先に言うと私自身が点滴経験が今回で三回目のため点滴時間の相場?はわからないが、ここで使用した歴代三回目の点滴の大きさは歴代二回目の昨日の物と同じだが、間違いなく二時間以上は無くならなかった。
なので腕も伸ばしたままだし、更に言えば後々に知る事になるが何事も無ければ点滴終了までその場所から点滴を送り続ける、ちなみにこれを書いている時点で点滴日数一週間以上なので腕は一週間以上ずっと伸ばしたままの状態になるし、その様な事は実際、あってはいけない事であった。
私は知らなくても先の女性は熟知していなければいけない事だと思う。点滴中に看護師さん達が狭い個室に様々な手続きの用紙を入れ替わり立ち替わり持っくる、その合間にも検査らや先生に呼ばれて何度も退室を繰返し、正直ここではゆっくりと点滴をする暇はなかった。まあ、痛みが出てこないだけ良しとしたが。
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