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2008年ダラムサラ訪問記(5)

2010/02/09 13:18

2008年ダラムサラ訪問記(5)10月20日TCVテーマ:ブログ

2009-06-11 22:23:01
ナムギャル寺の2階で仏教講座を受けた後、ホテルにもどり、ビデオカメラのバッテリーを充電する。
昼はカフェでバナナケーキとコーヒー。
午後1時30分にロービーでそろってTCVへ。
ホテルインディアはバス広場の近くにある。広場というのも名ばかりで、バスが2台も来たら身動き取れないほどだ。ここにはタクシーの乗り場がってあって、タクシーは広場から離れたスペースに固まっている。事務所があってそこで依頼すると、運転手を呼んでくる。
われわれはチャーターした車でTCVに向かう。2時にホテルを出る。ちょうどこの日はダライラマ法王がデリーの病院から戻ってこられる日で、それが3時ごろになるので、町はかなりにぎやかだ。2時半にTCVについて、子供たちを全員集めて、それぞれの子供に里親からのプレゼントを渡す。100人を超える子供がいるので時間がかかる。午後4時に配り終えてから、シャリブーのホームNo2に行った。
このプレゼント渡しはKIKUが数年前からやっていることなのだが、ここではあまり説明しない。
その後、ツェンキーさんのオフィスで休憩。

この日は午後5時からホーム9の夕方の暮らしを撮影する予定である。それで、5時前にみんなとわかれてホームに行く。庭先で女の子が肉を中国式の大きな包丁で切り裂いている。これから夕食の支度に入るのだろう。
5時15分になって子どもたちが部屋に集まって、勉強するときのように席につくと、すぐにお祈りが始まった。私はビデオをまわし始めた。ところがこのお祈りは、朝昼とちがって、すぐには終わらない。ビデオをまわし続けることにした。
なんと延々45分間、暗記したように経文を読み上げているのだ。この記憶力おそるべし。ともかく長い。6時間じかになると給食当番の子供が食器を配りだす。その間もお祈りは続いている。夜は蒸しパンである。バケツにたくさん入ったパンがそれぞれのお皿に配られる。そして少しの肉と野菜をいためたものが配られる。おおよそ配られたころに、一人の子供が大きな声で「ショウニョウナゴ」(というように聞こえたけれど、)その言葉を合図にお祈りが終わり、食べ始めた。
私にも用意されて子供たちと同じものをいただくことになった。
子供たちのいお祈りいに圧倒されて、驚きで多少疲れてしまった。食事の間もビデオをまわしてみている。この子供たちはこの学校を卒業していくまで、こういう習慣をみっちりと体にしみこませていくわけだ。こういう教育がいいの悪いのと言うレベルの問題ではなく、彼らがチベット人であろうとする意欲の表れなんだと思う。子供ながらにして強制されてやっているわけではなく、自らの務めとして行っているところに驚異を感じた。中には真剣出ない子もいないわけではない。だが、輪を乱すほどのことではなく、何かの弾みで気分が乗らない程度の感じである。
ひとり顔つきはきれいなのだが、どうも動きが積極的でない女の子が気にかかった。この子はたぶんスポンサーがいないんだろうと思った。もし子の子にスポンサーがついたならば、たぶんもっと前向きに行動するのではないかと思った。そういう意味でスポンサーの役割と言うのは大きいのかも知れないと実感した。
子供たちは蒸しパンをお皿に乗せて、大きい男の子は4つも5つも食べる。野菜炒めはお変わりがないように全員に均等に分けられている。おおむね大声を出すことはなく食事を済ませる。食器の回収が始まるとせわしく全員が動き出す。お姉さんが歯ブラシを配る。小さい子は歯ブラシに歯磨き粉をつけてもらって外の水場に行く。外はもう暗くなっている。ペマも歯磨きをして、顔を洗っている。水場はにぎやかだ。大きい子達が部屋の中を掃除している。一騒ぎが終わると、部屋に全員がいつものように座って、勉強時間だ。自習の時間。宿題もあるだろう。それぞれが本を開きノートに英語やチベット語を書いている。
数学と科学の教科書は英語である。子供たちの教科は数学・科学(生物・理科・物理)・英語・チベット語とチベットの歴史(社会)で、日本のように教科が多くあるわけではない。英語の時間がとても多い。
7時半には小さい子供たち(ジュニアクラスの1、2年生以下)は寝る時間だ。一足先にベッドルームにいき、五体倒置のお祈りをして、シャツを着替えて(パジャマなどはない)、どちらかと言うと、着たまんまの状態で、ベッドに入る。部屋は電球がひとつだけで、電気が消されるから暗い。
大きい子供たちは、8時半までさらに勉強をする。
これはだいたいどのホームも同じシステムで、食事の時間に多少の違いがあるかも知れない。夜はほんとに真っ暗になる。8時過ぎに子供たちに持参した小型のDVDプレーヤー、ジェツン・ペマさん歌の映像を見せてあげた。子供たちは喜んで、みんなが見ながら歌いだした。ペマさんは法王の妹で、ながいことこのTCVの理事長を勤めておられて、子供たちの人気は高い。世界的にも評判の高い教育者である。
8時半には全員就寝なので、ホームを去ることにした。ツェンキーさんが迎えに来てくれた。寮母さんにお礼を言って、子供らに別れを告げて、外に出る。懐中電灯がないと歩けないほど暗くなる。階段は気をつけないといけない。
ゲートに車が迎えに来てくれていた。ひげ面の運転手、アショク・クマールだ。2007年のときに運転してくれたもの静かな男だ。
ツェンキーさんとゲートのところでお礼を言って別れる。暗い道を戻っていった。
クマールの運転でホテルインディアに戻ると、まだ夕食中であった。私もそこに加わって食事をした。インド料理は控えめにしている。体調がまだ心配で、手術後の大腸の動きは安定していない。
しかし、今回の目的を達成して、子供たちの暮らしぶりを見たことは、大切なことだった。
このツアーのリーダーは、もう何年も前から、ダラムサラに来ているが、子供の暮らしの実態をしらないでいた。基本的に子供に対する対応は、見ていて心がそこにあるとは見えないと感じていた。またツアーの背金紗としても、先に自分だけ着ていて、それで、TCVに言っているわけでもなく、里親たちが来るのをホテルでまっているだけで、ツアーの内容も明確ではなく、2度目の参加であったが、歩調を合わせるのに、いささか神経を使った。


Binder: ひげ爺のバインダー(日記数:20/全体に公開)
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