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偏差値教育が日本社会をヘタレにした?

2012/02/11 08:20

頭がいいことの証拠としての高偏差値
「偏差値」というと、一般には高校や大学などの受験偏差値のことを指す。で、あたりまえだが、東大、京大、早稲田、慶応といった高偏差値大学は名門校と呼ばれている。実際、大手企業、とりわけ大学生にとっての就職したい人気ランキング上位の会社には、こういった高偏差値大学出身の人間が多いというのも事実だ。


で、こういった流れから「社会の勝者」とか「頭がいい」とかいうのは「高偏差値中学→高偏差値高校→高偏差値大学→人気の高い一流企業」というステップを踏んだものを指すことになっているんだけど…………果たして本当にそうなんだろうか?


高偏差値者は社会の勝者?
先ず「社会の勝者」っていうのは何を指しているんだろう?ちょっと考えてみよう。さしあたり社会の勝者の証しであることは、この図式では一流企業に入ることで達成されるのだけれど、これによって受ける恩恵は「所属する会社の名前を名乗ると、周囲から「おおーっ」とか言われること。あるいは周囲がそう思わなくても自分がそういったふうに相手を上から目線で見ることができるようになること」、そして「給料が高いこと」くらいではなかろうか?前者はまだいい。ただし、後者となるとどうだろう?実は給料はたいしたことない。まあどんなにがんばったところで一流企業が四十代で一千万円に達する程度というのが関の山。これは、個人事業主として成功した人間からしたら、はるかに低い所得だ。一般のサラリーマンが三千万程度のマンションが購入できるというときに六千万のマンションが購入できる程度なんだから。億ションのペントハウスに入るのは、まあ無理。メルセデスもCクラスくらいしか買えんだろうし、税金逃れもできないわけで……周りが思っているほど贅沢ができるというわけではない。


高偏差値者は左脳の機能が活性化した人間
まあ、それでも、カツカツした生活をしなくてもいいという点ではまだオッケーかもしれない。しかし、である。偏差値=頭がいいというのは、どうも僕には幻想に思えてならないのだ。で、今回はこっちの方に深くメスを入れてみようと思う。


まず、なぜ高偏差値者=名門大学出身者は頭がいいと言われるのか。高偏差値者の特徴は俗流脳生理学で言うところの左脳と右脳の内、左脳が発達しているというふうに思えるところに求められるだろう。左脳は「処理能力」を司る領域と呼ばれている。言い換えれば物事を正確かつ、迅速にこなす能力だ。で、高偏差値を獲得するためには当然、こちらの能力が要請される。ゴチャゴチャと細かいことや余分なことを考えるのではなく、与えられた情報を没価値的に粛々と、そして素早く処理することが必要なのだ。例えば、現代国語の文章問題を処理する場合には、文章を味わったり、想いをめぐらしたりしているのではなく、ひたすらロジックに基づいて分解する作業を行うような能力がそれで、その際、文章の中身を自分なりに味わうなんてことは、かえって無駄というか、その処理能力を低くしてしまうので極力避けることになる。で、こういった「余分なことは考えない心性」が暗記力を高め、それが偏差値アップにつながるのだ。


左脳はCPUと同じ仕事しかしない
ただし、人間の思考や情報処理能力はこれだけで終わるわけではない。ただ暗記したり、それを吐き出したり、そしてそれを迅速に処理するだけが人間の能力の全てではないからだ。これは例えばコンピューターの脳味噌であるCPUを考えてみるとよくわかる。CPUはビットとヘルツでその能力が測定される。細かい話をしていてもややこしいので、ざっくりと説明してしまえばビットは「いっぺんにいくつの処理できるか」、ヘルツは「その処理を一秒間に何回できるか」という「処理能力」だ。しかし、この処理能力をもって文章を作ったり、デザインしたり、ゲームをしたりするのはCPUではなく、パソコンを操作する人間の方だ。CPUにはこっちの能力は全くない。


Wordがどんなに操れても文章を考えることはできない
ついでにもう一つ例を出してみよう。それは上の例に挙げた文章を作ると言うこと。パソコンで文章を書く場合、僕らはMicrosoftWordのようなワープロソフトを用いる。この時、僕らは二つの能力を要求される。一つは文章をワードの機能に従って流し込むことだ。つまり文字を打ち、フォーマットの中にこれを配列させること。言い換えれば「文書作成」。これは、明らかに左脳、つまり処理の問題となる。


もう一つは、というか前期の作業の前段となることなのだけれど、そういった打ち込んだり流し込んだりする文章それ自体を考えること、つまり「文章作成」だ。で、これについては右脳の役割でなく、もう一つの脳の分野である左脳の仕事ということになる。左脳は「統合能力」を司る分野。左脳で処理された情報をつなぎ合わせる能力だ。


偏差値は右脳の能力を測定できない
で、こういった二つの能力で脳が構成されていることを踏まえれば、人間の頭の良さは、当然左脳だけでは測れるものではないということになる。前述の例を取り上げれば、ワープロの機能をどれだけ知っていても、そしてどんなに早くワープロを打てたとしても、文章を考える力には繋がらないからだ。


しかし、偏差値はもっぱら人間の脳の二つの能力の内、もっぱら一方の左脳だけを測定しているということになる。読んで、暗記して、吐き出すだけだからだ。しかしながら、この能力の高さ、つまり偏差値の高さが「頭がいい」というふうに評価されるわけで、これはちょっとおかしくないだろうか……いや、大いにおかしいのである。いやいや、それどころか、こういった高左脳能力=高偏差値=頭がいいという図式は害悪な偏見とも言える。もっと言ってしまえば


「高左脳能力=高偏差値=頭がいいと考えることは頭が悪い」


ということでもある。そして、こういった図式がまかりとおっていることが、現代社会をヘタれた「頭の悪い状態」にしていると僕は考えているのだけれど。では、その根拠はどこに求められるのだろうか?(続く)


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