ふぅです
matsudaさんWROTE
> 話がかみ合ってないなあとは思います。^^;
> 私が一番主張したいのは、学校教育の是非ではなく、
> 就学児の親が抱えている不安をわかってるんだろうか、この人たち、
> というあなた達に対する不安です。
私も同じ疑問を他のいくつかの“平和”MLの方々に投げかけました。
しかし、それらのMLにはmatsudaさんや私のように「就学児の親」はいませんでし
た。
そして、「就学児の親が抱えている不安」を理解してくれる方を見つけることも困難
でした。
ここでも、同じ虚しさを感じますが、わずかでも理解しようと私の声に耳を傾けてく
れる人を発見できただけでも嬉しく思います。
今日の朝日新聞「教育」欄でも中教審の中間報告が書かれています。
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中間報告は、小学1年生が学校に適応できず、学習に集中できない「小1プロブレム」
に言及。背景には、家庭や地域社会の教育力が低下したことがあると指摘した。子ど
もを取り巻く環境の変化を踏まえ、幼稚園や保育園が、家庭・地域の教育力を補完す
る役割を担う必要があるとしている。
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今、一人一人の親がいくら頑張っても“不安”は拭い去れない状況になっています。
だからこそ、もし、理想的な教育基本法を変えないのでしたら、就学児の親以外の
方々にも地域社会の教育力の一助としてがんばってもらいたい。両者は車の両輪なの
です。それなのに、多くの“平和活動”は理想的な教育基本法を変えないことしか強
調せずに、「就学児の親の重荷」を軽くしようとはしてくれないーーイラクやアフガ
ニスタンの子供達には同情しても、日本の子供達や親たちには同情してくれないの?
−−−こんな活動の仕方では就学児の親たちはついていけません。
同じ新聞に「街ごと防犯」を望んでいる人たちが多くなっている、という記事もあ
る。
プライバシーの侵害、監視社会の行き過ぎを懸念する声よりも、かえって「監視する
ことによって、守ってくれ!」という声が高まっている。自分達で防犯するように努
力する、犯罪者をださないように努力する、という発想がとばされている。こういう
フツーの人たちの気持ちも理解しようとしているのかな?
そういうフツーの感覚の人の気持ちを理解しようとしてくれなければ、この形での
「平和活動」の前進は難しいと私は思っています。
2001年9.11 3年前には本当にフツーの感覚でこの平和活動に触れた方々ももう、3
年がたってしまいました。その間にそれまでの“フツーの感覚”から離脱して“プロ
意識”の高まった方々が多くなったような気がします。
それが、かえって壁を高くしていってしまったようです。
残念ながら、ブチキレないと私もその壁越しから叫べません。
平和であってほしい、戦争に繋がる道は閉ざしたい、と私も願っています。
しかし、今のこんな状況では・・・・、
理想的な教育基本法を持つには、日本人はあまりに未熟であった、としかいいようが
ありません。