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彼らが最初共産主義者を攻撃したとき

2009/08/04 22:28

 

 

ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。それからナチスは学校、新聞、障害者、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、そのたびに不安は増したが、それでもなお行動にでることはなかった。そしてナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であったから行動にでた。しかし、そのとき自分のために声を上げてくれる者はいなかった。
(マルティン・ニーメラー/ナチスに抵抗したルター派牧師)

 

上記は自由と民主主義を語る上で有名な牧師の言葉です。労組などの組織的支援があり、行政に深く食い込み、豊富な資金力と動員力を持つ左翼団体こそ現在のナチスと言えるでしょう(左翼をナチスと呼ぶのが適切であるかどうかは別として)。
6.13デモを数と力で押しつぶそうとする左翼サイトにも同じ文章が引用されていますが、現在の状況からすれば悪意ある誤用とでも見るべきですね。
 (http://www.zaitokukai.com/modules/wordpress/index.php?p=103

 

 

…というお話は興味深い。

コメントからわかる通り、「左翼」に敵対する皆さんの運営するサイトで見つけたお話だ。

 

 

ニーメラーの言葉を歴史的事実として説明すれば、ナチスの攻撃対象は、


1) 政治的に、ナチスに敵対していたからこそ、共産主義者や社会主義者はナチスから攻撃された。

2) ナチスへの非同調者とみなされ、ナチスに攻撃された学校・新聞はあったが、ナチス体制に同調し、組み込まれていった学校・新聞もあったことは言うまでもない。

3) 健康なアーリア人のユートピアであるナチス国家にふさわしくないとして、障害者とユダヤ人は排除・抹殺された。


という3つのカテゴリーに分けることが出来る。

 

 

 そしてナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であったから行動にでた。

 しかし、そのとき自分のために声を上げてくれる者はいなかった。
 

というニーメラーの言葉を言葉通りに受け取るべきでもない。1)2)3)の進行する過程に並行し、1934年の段階で(つまりナチスの政権掌握の翌年には)、ニーメラーはナチス体制への非同調者としての「告白教会」の設立者の一人となっている(設立に向けた活動は、既に1933年に始まっている)。つまり、事態は同時進行していたのだ。「非同調」がやがて「抵抗」を意味するものとなっていくのである。

しかし、「自分のために声を上げてくれる者はいなかった」という点で、このニーメラーの表現は歴史的事実に反するものということにもならない。

 

まず、この言葉が、戦後ドイツという条件を背景に発せられたものであるという点を理解しておかなければならないだろう。

ナチス体制の実質的共犯者としてのドイツ国民という反省的認識が、そこに込められているのである。

教会=牧師は、ナチスへの抵抗者であり犠牲者であると共に、共産主義者、社会主義者、ユダヤ人へのナチスの攻撃を他人事として見過ごしたという意味で、国民と同様の共犯者でもあったという両義的な意味を読み出す必要を感じる。ここでは、告白教会の非力と共に、ナチ体制への同調者を含む教会全体としての責任が問われていると考えられるわけだ。

 

 

 

 

さて、この言葉が、ここでは「左翼」批判のために引用されているところが注目点である。「左翼」がナチス同様である、という論理だ。

つまり、ここでは否定的な存在としてナチスが登場させられていることになる。

そして否定されるべきは、ナチス同様の左翼なのである。

それは自由と民主主義に反する存在であるから、ということになるのであろう。

我々の社会では、伝統的には、ナチスに政治的に敵対していた共産主義者や社会主義者のことを「左翼」と呼んできたわけだ。実際に、それゆえにナチスの最初の攻撃対象が共産主義者だったのであり、社会主義者だったのである。そういう意味で、ナチスからすれば、なんとも不本意な非難のされ方であるに違いない。もちろん、正統的な「左翼」である共産主義者や社会主義者たちにとっても、だ。

 

 

ニーメラー牧師の言葉を引用した皆さんは、左翼を敵とみなし、「反日」勢力との闘いに心血を注いでいる方々である。

ところで、ここで、大日本帝國の歴史を思い出しておきたい。

第2次世界大戦と呼ばれる「あの戦争」で、大日本帝國はナチスドイツと同盟関係にあったことを。日独は、枢軸国として、米英の世界支配に対し共に戦った関係にあったのだ。もちろん、ナチスとの同盟関係はコミンテルンの陰謀によるものなどではなく、大日本帝國政府が国策として主体的に採用したものである。

論理的には、ナチスを否定の対象とし、現在の「左翼」に対し、ナチス同様であるという言葉を以て非難する以上、体制的共感に基づくナチスの同盟者であった大日本帝國もまた、自由と民主主義の敵として非難されるべきことになる。

多分、大日本帝國も反日的国家であったに違いない。

 

 

 

 

ところで、今回あらためて、ニーメラー牧師の「言葉」の出典・初出を調べてみたのだが、文書の文言として流通している確定したテキストとしては、米国人ミルトン・マイヤーの著作『they thought they were free』(『彼らは自由だと思っていた――元ナチ党員10人の思想と行動』 1955年)に収録されたものが初出、ということになるらしい。ただし、ニーメラー自身は、繰り返し同趣旨の言葉を語っていたようで、研究者によれば、時期的にはもっと遡ることが出来るようである。

また、発言の度、引用の度に、ナチスの攻撃対象として例示される集団も変化しており、巷間ニーメラーの言葉として流通しているものには複数のヴァージョンが存在するということだ。

 

例えば、1976年ヴァージョンでは、


 彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
  (ナチの連中が共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、)
 私は共産主義者ではなかったから。

 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、
 私は社会民主主義ではなかったから。

 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
 私は労働組合員ではなかったから。

 彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
 私はユダヤ人などではなかったから。

 そして、彼らが私を攻撃したとき、
 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

 

となっている。冒頭に掲げた言葉とは、かなり異同があることがわかるだろう。
 

戦後最初期(1946年)のもの(実際のスピーチ)では、ナチスの犠牲者(被攻撃対象)として並べられているのは、


 共産主義者

 障害者

 ユダヤ人 あるいは エホバの証人

 ナチス占領下の人々


であったという話だ。

「現代史のトラウマ」シリーズの観点からすれば、障害者(不治の病者)への言及に注目してしまうところだし、このところ関わってしまった議論からは、ここに「エホバの証人」の名が登場するところに感慨を持つ。

障害者はナチス国家から排除・抹殺の対象とされ、「エホバの証人」はその信仰を理由とした不服従ゆえに、強制収容所における収容者の一カテゴリーを形成する集団となったのである。

 

 

 

ある定義によれば、


 日本固有のウヨクってのは、いつも<情>が疾走して<知>を無視します


ということになるらしい。確かに田母神氏の「論文」など、史的事実の究明とは関係なく、論理的分析への配慮も欠落した、ただただ「お気持ち」だけで書かれた文章であった。

 

今回ご紹介した、反日勢力との闘いを使命としているらしい団体にしても、「左翼」批判のためにナチスを利用しているわけだ。ナチス=自由と民主主義への敵対者=「左翼」という構図を描くことによって。

そのような前提の結果として、大日本帝國の国策が自由と民主主義に敵対する勢力(つまりナチス・ドイツ)との同盟の構築であったという歴史的事実の位置付けが問題として浮上してしまうことになる。

つまり、大日本帝國を自由と民主主義への敵対者との同盟者として認識せざるを得なくなるわけで、彼らの「左翼」批判の論理は大日本帝國批判の論理として帰結してしまうことになるのである。

 

もちろん、これは彼らも<知>を重視することが出来ればの話であることは言うまでもない。


彼らにこの論理的問題点は理解出来るだろうか?

何よりも問題の焦点はそこにある、ように思われる。

 

 

 

最後にもう一つ。彼らは、特定民族出身者に対する排外主義的運動を、その活動の中心に据えている団体である。言うまでもなく、ナチスこそは、アーリア人の国家からのユダヤ人の民族的排除を運動の中心に据えていた団体であった。

ニーメラー牧師の言葉を思い出そう。


 彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
 私はユダヤ人などではなかったから。

                      (1976年版)


ここでは、ユダヤ人がナチスの犠牲者としての独立したカテゴリーを形成しているのである。

左翼団体を現在のナチスと呼ぶこともご自由ではあるが(<情>の表現として)、その前に、自らがその民族的排外主義において、十分にナチスの似姿であることにも(少しは<知>を発動させて)気付いておいて欲しいところである。




 …そして、彼らが私を攻撃したとき、
           私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった…

 

 

 

 

 

参照


彼らが最初共産主義者を攻撃したとき
 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%BC%E3%82%89%E3%81%8C%E6%9C%80%E5%88%9D%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E3%82%92%E6%94%BB%E6%92%83%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%8D


First they came...

 → http://en.wikipedia.org/wiki/First_they_came...

 

 

 

 

 


Binder: 現代史のトラウマ(日記数:656/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2009/08/05 00:48
     日本固有のウヨクってのは、いつも<情>が疾走して<知>を無視します

    …と主張した、反戦平和主義者のクリスチャンが、
    <知>を無視し、<情>で疾走し続けるという場面に遭遇したのが、
    ついこの間のこと。

    「右」だろうが「左」だろうが、たいして違いはないということを痛感。
     (まぁ、いまさらのことではあるけれど)


      そんな経験が文章の背後に隠されているのでありました。

     

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2009/08/05 12:56
    加筆して、民族的排外主義に関する記述(彼らとナチスの相似性)を追加。

  • Comment : 3
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2009/08/05 19:58
    左翼か右翼か、という違いは客観的なものでしょうし、時勢によりけりだと思います。

  • Comment : 4
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2009/08/05 20:09
    「戦場にかける橋」・「猿の惑星」の原作者である[ピエール・ブール]の話しを思い出してしまいました。

    「猿の惑星」で描かれた“猿軍団”は、彼にとってまさしく日本軍だったわけですからね。
    先の大戦を経験した米英のご年配の方たちの多くは、日本人に対してそんな感じでみているのでしょうかね。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2009/08/05 22:44
    Mr.Dark 様


    >先の大戦を経験した米英のご年配の方たちの多くは…

    さすがに年月の力というものはあるようで、
    かつての敵味方を超えた交流の事例がMLでも報告されています。

    よほど過酷な経験でない限り、「赦す」ということは出来るようです。


    歳をとりゃぁ、みんなサル顔ですしね。

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