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老眼と自己決定 (28) エホバの証人、あるいは輸血拒否の論理 4

2009/10/18 19:45

前回の続きとして、ナチス体制の中での「エホバの証人」について書いておきたい。

 

 

 

 

ウォルター・ラカー編の『ホロコースト大事典』(柏書房 2003)に、シビル・ミルトンの執筆した「エホバの証人」の項がある。

 

 

ナチスの強制収容所における「紫」カテゴリー(すなわち「エホバの証人」である)の収容者の比率の、収容者全体に占める高さにまず驚かされるだろう。

ミルトンによれば、


 1935年から39年にかけて、エホバの証人はしばしば刑務所内の保護拘束から強制収容所における無期限拘留に移された。35年以降、強制収容所の囚人数が増加する中で、エホバの証人はかなりの割合を占め、大戦前には、強制収容所の全囚人の10%以上にのぼっていた。39年までに7000人近くのエホバの証人が強制収容所に拘留された。彼らはドイツ、編入されたオーストリア、チェコスロヴァキアの出身だった。38年5月、ブーヘンヴァルトの全囚人の12%がエホバの証人だった。38年に、リヒテンブルクの女性収容所には260人のエホバの証人がいた。それは囚人たちのおよそ18%であった。

 1940年以降、占領されたヨーロッパからやって来るあらゆる種類の囚人で収容所の人口は増大した。その数は、ドイツやオーストリアからのそれ以前の囚人たちよりも多かった。その結果、すべての収容所でエホバの証人の比率は減少した。40年の終り頃、強制収容所には一万人のドイツやオーストリーのエホバの証人に加え、小数のベルギー、チェコ、オランダ、ノルウェー、そしてポーランドのエホバの証人が閉じ込められていた。


ということになる。

つまり、第二次世界大戦の開始後は、占領地からの強制収容所収容者数の増大により全収容者中のエホバの証人の比率が低下したわけだが、戦争開始以前のドイツ帝国のドイツ人(ユダヤ人、ジプシーも含む)を対象とした強制収容所であった時代には、エホバの証人の全収容者に占めた比率は高いものであった、ということだ。

ひとつの宗教的信仰集団が、ナチス体制への非同調者として、ナチス体制から単に名指されていたのみならず、強制収容所収容者の独立したカテゴリーを与えられ、実際に全収容者中に高い比率を占めていたことを、まず事実として認識しなければならない。

 

 

彼らの信仰が、信仰自体が、ナチス体制への同調を不可能にしていたのである。

戦後の彼らの信仰が、輸血拒否という態度を生み出すものとなったと同様に、戦前戦中のドイツにおける彼らの信仰が、ナチス体制への非同調という彼らの態度を生み出したのであった。

 

 

ミルトンの記述に従えば、


 ナチスが1933年1月に権力を握った後、エホバの証人への攻撃はほとんどすぐにエスカレートした。それは彼らの信仰や行動のためだったが、とくにナチ国家に敬意を表することを拒否し、あるいは何らかのナチ党付属組織に加わることを拒絶したことによるものだった。…(中略)…つまり、エホバの証人は「ハイル・ヒトラー」の敬礼で腕を上げることを拒否し、鉤十字章の旗を掲揚しようとせず、ナチスの選挙や国民投票で投票しなかった。ドイツ労働戦線に参加せず、冬期救済事業に献金しようとしなかった。子どもたちがヒトラー・ユーゲントに加わることも許さなかった。エホバの証人はしばしば拘留され、殴打された。彼らの事務所は捜索されそして破壊され、彼らの資金は没収され、彼らの定期刊行物や出版物は検閲され、禁止された。何百人ものエホバの証人たちが、いわゆる保護政策(シュッツハット)で刑務所や強制収容所に抑留された。33年4月にエホバの証人の団体と印刷物が帝国全域で禁止された。…(後略)


ということなのである。

ただし、「ナチスの選挙や国民投票で投票しなかった」とあるが、


 神の王国への支持を表明するため、政治への参加(投票など)をしない。 - ヨハネ 18:36


という『ウィキペディア』の「エホバの証人」の項の記述にあるように、彼らの「この世」での政治への不参加はナチス体制に対するものには限らない。

また、国旗への敬礼の拒否、国歌斉唱の忌避も、ナチス統治時代に限定されるものではなく、ナチス・ドイツという国家領域に限定されるものでもない。まさに第二次世界大戦中のアメリカ合衆国において、国旗への敬礼の拒否を貫き、連邦最高裁判決でその行為を容認されたのも、彼ら「エホバの証人」の信仰が生み出した歴史的事態なのである。

 

 

この世の政治への不参加という彼らの信仰の根幹が、特にナチス体制と相容れないものとしての、ナチスによる「エホバの証人」への敵対的な評価となった、ということになるだろう。

 

 

 

エホバの証人による「兵役拒否」をめぐる問題については、今回は触れることが出来なかった。

次回の課題としたい。

 

 

 

 

 

 



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最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2009/10/18 23:12
    …というわけで、まだまだ続く。

    タヌキがワンパターンの文句を言っても、そんな苦情は受け付けない。

  • Comment : 2
    たぬき男いたち男
     2009/10/19 00:44
    もの凄い「勢い」だが、一体何処までが引用で、何処までが作為なの?

    「ウマシカ」御得意のハリボテ細工であるな。創作としての御勉強か?

    基本的に基礎資料の山を抱えている「台所事情」は、解らなくもない。

    だから「立花隆」流の「知の巨人」めいて見える。いや、悪い事じゃ

    ないから心配するな。ルポ・ライターとしての才能は大いに認めよう。

    ちょうど「テロル」が「ワイマール後期のドイツ国内工業生産力」に

    詳しい様にだなぁ…。ま、いいさ。その調子で一席ブッテくれたまえ。

    「拍手!」「拍手!」「拍手!」感激した。あぁその才能を「宇宙」

    と「生命」とのあり様に振り向けてくれれば、いかなる収穫であるか。

    残念無念の堂々巡りが、今日も又明日も続くのか。何とも惜しいなぁ。

  • Comment : 3
    たぬき男いたち男
     2009/10/19 01:01
    「スタ・コラ」の「主任客員教授」と認めるから「神々」と「宇宙」

    とについて語ってオクレよ。実に素晴らしい「知」の舞台となるよな。

    それは請合える話。あぁ「私」はこの日の来る事をどれだけ待ったか。

    後少し、ほんの少しだ。巨大なる「知」の跳躍が行われ様としている!

  • Comment : 4
    たぬき男いたち男
     2009/10/19 21:57
    その「ほんの少し」が越えられない所に「ウマシカ」劇の限界が見え

    て来るな。阿呆な事よ。サルは所詮サル。磨いても磨いても、石は石。

    跳躍したかに見えて、見事墜落だ。あ〜ぁ残念だなぁ。もう少しだと

    云うのに、バカはやっぱりバカの壁を踏み越せないではないかい!!

    勿体ない脳細胞の無駄な活躍は、ひたすら重箱の隅を突つくのだった。

    「え〜、オセンにキャラメルゥ〜!!」あぁつくづく惜しい人材だな。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2009/10/19 22:03
     ↑
    実は、これ ↓ が削除されて、これ ↑ に変えられている。

    Comment 4 2009/10/19 05:18 たぬき男いたち男さん

    やぁ、おはよう「ウマシカ」君。何ぞはたして良い夢を見れたかネ? 
    「私」は上々だ。話を読んでもらえれば「私」の考えも解るってもの。
    「スタ・コラ」の処遇は丸ッ切りのウソじゃあないよ。かなり本気だ。
    今「古巣」を再び立ち上げるには相当なエネルギーが必要だが、君が
    一役を買ってくれれば、有り難いんだ。題して「宇宙哲学の行方」と
    云うんだが、どうだろう。「エホバ」なんかメじゃない巨大なテーマ。
    「私」の意図する所は、君にも十分に解ってもらえている筈だろう?
    「老眼と自己決定…」だなんて情けない事を云わなくとも、前途には
    洋々たる世界が開けているってものだ。どうだろう、考えて欲しいな。



     ↑
    タヌキの言葉をいちいち真に受ける必要はないってお話。

    論より証拠、ってのはこのことだ。

  • Comment : 6
    Molotov
     2009/10/20 00:10
    モロトフです。

    エホバの証人については、スターリン時代のソ連シベリア地方にも少なからぬ信者がいたそうです。

    大粛清の時代、大変だったろうなと想像しますが、ソ連崩壊後、年老いた信者が出てきて言うには、「集会を開いても、当局は見て見ぬふりをしていた」そうです。

    もちろん、これはシベリアの寒村の、ごく限られた地域の話かもしれませんけど・・・。

    一般的には、何教であれ、相当数の信者が迫害され、暴行を受け、殺されましたからね。

  • Comment : 7
    Molotov
     2009/10/20 00:21
    それにしても、エホバの証人みたいな、ほとんど狂信的とも言える信仰の戦いを終えて、もしあの世が無かったらガックリだろうね(あの世が無かったら、ガックリくることもないケド)。あるいは、あったとしても、エホバの証人が思い描く死後の世界とは全く異なるものだったとしたら・・・

    殉教者は、あの世の栄光を思い描いて死ぬが、私は「あの世という仮説」に命を賭けることなど、到底できない!

    Владимир Молотов

  • Comment : 8
    umasica :桜里
     2009/10/20 07:15
    Molotov 様


    >エホバの証人については、
    >スターリン時代のソ連シベリア地方にも少なからぬ信者がいたそうです。
    >一般的には、何教であれ、
    >相当数の信者が迫害され、暴行を受け、殺されましたからね。

    『イワン・デニソビッチの一日』にも、
    「エホバの証人」ではなかったと思うけど、
    極寒のシベリアの収容所で黙々と作業をするプロテスタント系の、
    イワンの同僚(?)がでてくるけど、
    どこか境遇を超えた満ち足りた感じが印象深かったですね。


    >殉教者は、あの世の栄光を思い描いて死ぬが、
    >私は「あの世という仮説」に命を賭けることなど、到底できない!

    「死んだらそれで終わり」というのが「人間の救い」と思っているので、
    死んであの世があったらショックだろうなぁ…
         (私の場合)

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