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現代史のトラウマ、なんて題を使用してしまうぞ今日はフツー日記 その1 (再録)

2007/05/12 11:25

(本日は、「現代史のトラウマ」という表題で、イラク戦争を入り口に、一般向け多少硬派モードの日記となるはずです。いぢわるは、ない、はずです。泥沼ではなくトラウマです)



毎日、あんな心にもないいぢわる日記を書いていると、精神的消耗があまりにも激しいので、今日はまともに日記を書く努力をしてみました。どんなもんでしょうか?


基本的に日本のマジョリティーの言論は、二つの潮流に支配されているように感じられます。うらみつらみ、何でも左翼が悪い、の正論・諸君!が一方にあり、対するは、いつもおりこう良い子です、の朝日新聞、なんて構図ですね。そーじゃない言論のあり方をこれから追求してみようじゃないか、それが今日の日記を書くに至る動機です。

さて、入り口のはずのイラク戦争ですが、その話に入る前に、「現代史のトラウマ」という表題を考えた時の最初のイメージからお話しましょう。

このところ、考えていたのは、欧州における第二次大戦、日本における大東亜戦争、この二つの戦域における連合国と枢軸国との戦い、その惨禍の経験がそれぞれに残した教訓のあり方についてです。
日本においては、何のかんの言われながらも、戦後長期にわたり、憲法9条は国民の支持するものであり続けました。たとえ占領軍の元ネタに基づくものであろうとも、憲法の条文を、戦争はこりごり、軍隊・軍人もこりごりという気分が支え続けて来たものと私は解釈しています。自ら始めたことの帰結とはいえ、徹底的な攻撃の対象となってしまった末に、殆んど無条件降伏状態で敗戦を迎えた、これがかつて大日本帝国と呼ばれた国における戦争の帰結でした。戦争自体が悲惨な体験として記憶されると共に、その戦争を主導した軍人・軍隊への嫌悪感が長く残ったわけです。
日本における大東亜戦争の経験がもたらしたものは、戦争への嫌悪、軍隊・軍人への嫌悪、武力行使への嫌悪の感情であった(論理不在ではあるわけですが)、これが私の観点です。
一方、欧州における、第二次大戦の教訓は、と考えた時に浮かぶのは、「ミュンヘンのトラウマ」と私が呼んでいる、常に底流を流れる感情、あるいは強迫観念です。第二次大戦に先立つ時期、ミュンヘン協定において、英仏はチェコスロバキア共和国へのナチス・ドイツの領土要求を受け入れ、当事者チェコスロバキアの主権を全く無視する形で、軍事力によらぬ「平和的解決」を勝ち取ったはずだったわけです。結果として、平和的解決どころか、ポーランド侵攻による第二次大戦の開始という帰結をもたらすものであったのは、ご存知の通りです。ここには、必要な時期に適切な軍事力の行使を怠ったがために訪れた欧州の惨禍、という認識が生じました。特にそれが、ナチス・ドイツという全体主義・独裁国家の引き起こした戦争であった点には注意する必要があります。好戦的、全体主義的、民族主義的、独裁的、と言った形容詞のつく国家との関係には、神経質になる傾向が残りました。もたらされたのは、適切な時期に武力行使への決断を怠ったがためにもたらされた欧州の悲惨、という認識です。コソボにおけるNATO軍の軍事的介入の背景にあるのはこの感情、あるいは強迫観念であったと、私は見ています。特にミュンヘン協定の当事者であった英仏の外交と武力行使をめぐる決断には常にこの影が付きまとっていることを念頭に入れておくべきでしょう。ミュンヘンから帰ったチェンバレン英国首相の姿、彼らにとってマヌケの代名詞でしかありません。

                                  続く



                    (2006年10月7日の日記の再録です)


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Binder: 現代史のトラウマ(日記数:647/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    まみちゃーな
     2007/05/12 12:59
    今朝PCを起動したら、桜里さんのアバターがずらりと並んでいて圧巻でした。
    これからじっくりシリーズを読ませて頂きます(^_^)v

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2007/05/12 18:29
    まみちゃーな様

    憲法改正がらみの話題を取り上げるのに、前フリにと思って、昨年の10月の日記をまとめて読めるようにしておくことにしました。

    こうやって、並べて読んでみると、穏やかな外山恒一か?って気もしないでもないところがおかしい。
    まぁ、向こうがワイルドにしてみた私、と考えても良いかも…なんてね。

  • Comment : 3
    s06007
    s06007さん
     2007/05/13 20:28
    あのスクラップ&スクラップと吼えてたお兄ちゃんですか?。

  • Comment : 4
    こもさと
     2007/05/13 22:25
    憲法9条が本当に国民に支持されているかは私はちょっと疑問です。
    左翼勢力やマスコミが一方的に憲法9条は守るべき、議論するのもタブーっていうムードを作り出しているように思えてなりません。
    第2次大戦直後に、日本の軍事力をどうしても永遠に封じ込めたかった米国が作ったこの条文ですが、国際情勢が変わってしまって一番あわてたのも米国でしょうね。
    日本国民はこの憲法と戦後の自虐的な教育によって、国家感をゆがめられてしまっていることこそ、トラウマと呼べると思います。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2007/05/14 08:11
    s06007様

    彼です。元都知事候補の。

    けっこう、似たようなことを言ってますね。

    ただ、私はスクラップにしても、それから先を考えなくてはと思ってしまうし、それから先に主導権をとるのもまたマジョリティーの方なんだから、ってとこまで考えちゃうので、スクラップ&スクラップと吼えたりはしませんが。

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2007/05/14 19:21
    こもさと様

    憲法9条と国民の支持という問題は、100年後の実証的な研究で、やっと偏りなく論じることが出来るようになる類の問題だと思います。
    現在は、どちらの側も、自分の主張に有利な論を立ててしまいますから。

    ただ、戦後間もない頃は、戦争に対する嫌悪感(支那事変から8月15日まで8年間、負けるための戦いをしたわけですから)は大きく、戦争を主導した軍人に対する反発の大きさも、今では想像出来ないくらいであったと考えてよいでしょう。
    そういう意味での、憲法9条に対する支持は大きかったと思いますよ。

    私自身は、このシリーズでも書きましたが、きちんと議論をする習慣さえ持ち続けられるなら、自衛隊を自衛軍としようが問題はないと考えています。ただし、現在の状況を見ても、議論を戦わせるという基本が抜け落ちています。その意味で、現在の改憲への流れには賛成出来ません。

    先日の「憲法9条の賜としての安倍政権という現実」というタイトルの日記でも書きましたが、あのイラク戦争で、日本が米英のように困難な状況におかれずに済んでいられるのは、憲法9条という歯止めがあったればこそだと考えています。
    日本国の外交能力、あるいは政治的見識に疑問を持たざるを得ない現実がある以上、9条は有効に国益に適う形で作用するでしょう。
    イラク開戦で、米英に追従しないだけの判断が可能であったならば、9条を改定しても、国益を損なうことはなかっただろうと考えているということです。

    また、非武装中立という理念だけで、国益を確保出来たとも、私は考えません。非武装中立という状態の実現は可能だとは考えますが、そこには非情なまでの(という言葉を必要とするような)外交的能力が必要とされます。そんなものはこの国には存在しません。

    そのような二面を考えた時に、米軍を利用しながら現行の9条を保持するという選択こそが現実的であると私は考えています

  • Comment : 7
    こもさと
     2007/05/15 20:37
    ホワイトカラーエグゼンプションもマスコミが偏った世論誘導をしてポシャッてしまいました。
    きちんとした議論こそ、本当に大切ですよね。
    きちんとした議論は現在でもなされていると思います。政治家も官僚も全員が愚かなわけはありませんから。
    しかし、なされた議論が、健全な形で国民に伝えられていないところに問題があると思います。
    その結果、9条はトラウマのままで放置されてしまっているように思います。

  • Comment : 8
    かのこ
    かのこさん
     2007/05/15 23:13
    憲法9条。どうして・・・、其れほどまでに、しがみつくのでしょうか・・・?私にはわからないのです・・・。関東にいたときに、知らずに仲良くなり、子供同士遊んでいた・・・。周囲に無知な私は、ある日、彼女が「共産党の議員」であると始めて知った。彼女も自ら口にしなかったので・・・けれど、私の頭の中には、友人と選挙は別!                                    私の周りには、憲法9条を頑なに守る事こそが、使命〜!と、イワンばかりの活動家が多くいた。                    私は、批判は余り好きでないので、いつもその人の「人間性」を信じた。                               議論を戦わせるエネルギーを、結集して・・・、本当の「国づくり」をして欲しい!そう、願う。                    憲法9条というある意味守りの役もしてくれるかもしれないのでしょうが、本当に・・・平等の精神を持った、人間の心を持った人たちのてによって、使って欲しいと私は考えます。              安部政権は、変わってゆくでしょう・・・。そんな気がしています・・・。今の、時代の波をうまく把握してゆく能力に、優れたかただからです。                            他の時代には、分りませんが・・・。これも、天の配分として、選ばれる訳が存在しているからに他なりません。             安部総理の、お父様を・・・間接的にしっているもので・・・、この様な発言に至ってしまったのかもしれません・・・。 

  • Comment : 9
    よたよたあひる
     2007/05/16 00:52
    >こもさとさん 横レスですが・・

    >きちんとした議論は現在でもなされていると思います。政治家も官僚も全員が愚かなわけはありませんから。
    ---------------
    ここしばらく、教育再生会議の周辺をいろいろと調べていて、こもさとさんのおっしゃるような「議論」の存在について、ますます信じられなくなってきてしまいました。
    確かに、ものをちゃんと考えている政治家も、優秀な官僚もいるんですよね。でも、国会の場でまともな「議論」が形成できない。政・官・財の三つ巴の利益争いの中で、目先の利益のために、長期的な展望を抜きに、マスコミへのリーク合戦やらイメージだけの国民へのアピールをくりかえしているように見えます。


    >しかし、なされた議論が、健全な形で国民に伝えられていないところに問題があると思います。
     これは確かにそのとおりで、でもそうできない理由は、「きちんとした議論」の不在にあるように思えてなりません。


     

  • Comment : 10
    こもさと
     2007/05/16 08:43
    桜里さん、かああひるさん、おはようございます。
    人間って、それほど利益争いばかりしている存在ではないと思います。利益争いという構図はわかりやすいですから、マスコミはそこにスポットを当てて報道します。そのマスコミを顧客ととらえてしまっている政治家や官僚は、確かに間違っていますね。
    私は企業内で教育を(も)担当しています。生活者、株主、従業員を顧客としてとらえています。
    外的な成果(売上げや株価、給料)だけでなく、安心・安全、環境、個人の成長などのきっかけを提供するのが教育ととらえています。

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