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憲法を魂として生きる…?

2007/05/19 22:04

「戦前・戦後を生きた平凡な女性の、非凡なる軌跡 ― 憲法を魂として生きる ― 」とタイトルされた集まりに出席して来た。
他人の話を聞くということが、これだけエキサイティングなことだったのか、そんな時間を過ごした。

橋爪志津乃さんという方が、『生きていく意味』(文芸社刊)というタイトルの本を出版されたことにちなんでの集まりである。
編集に当たったのが知人だったので、誘われて出かけたわけだ。

橋爪さんは、大正7年生まれの女性である。
教師として国民学校で教えた世代だ。大日本帝國憲法と教育勅語の下に教育があった時代である。教育が国家の強力な統制下にある中で、大東亜戦争完遂(支那事変完遂がスタートである)のための小国民教育を現場で担った一人が、橋爪さんだったわけだ。

昭和20年8月15日を、国民学校教師として体験し、戦後教育のスタートにも立ち会うことになる。その過程で、いわゆる墨塗り教科書の登場の当事者となる。
これまで真実として教えてきたことが、墨を塗られ隠蔽される。しかし、そのような教育を推進してきた者、執筆者、文部省自体の謝罪も反省もなかった。
古い真実は隠蔽され、新しい真実が登場する。責任を取る者がいない。
そのような事態の中で、教師としての自分自身のけじめをつけるために、教職から身を離した。彼女はそのような形で、敗戦後に真実性を否定され墨を塗られるようなことを教壇から生徒へ説いてきたことへの責任を取ったのである。


教師となるまでの人生や、戦後のことも、実に面白かったのだが、ここでの紹介は敗戦前後の問題に絞る。


彼女は、戦後にあらためて大学生として生活をするのだが、そこで「皇国の道は学問でも何でもなかった」という実感を持ったという。そのようなものを教壇の上から「教育」していた自身の責任を彼女は問うのである。
単なる「皇国の道」ではなく、それは戦争遂行を目標とした教育であった。教え子は、他国へ出かけて人を殺し、殺されたわけだ。
その責任を自らに問い、教員としての職を辞したのである。誰かのせいにするわけではなく、自分の責任として考え、それを実行したのであった。

さて、あの戦争において、誰が責任を負うべきかという問題がある。
政治システムと軍事システムの頂点にいた存在としての、昭和天皇の責任に、彼女は言及する。命令システムの頂点にいた存在としての責任ということである。

誤解のないように言っておくが、「天皇の戦争責任」という言葉で語られることの内容は限定的ではない。それを語る者によって、問題の立てられ方は異なる。
戦争を主体的に遂行した者と昭和天皇を断定してしての責任の問い方もあれば、別の側面を問題とするものもある。戦争を主体的に遂行したかどうかは別にして、戦争遂行システムの頂点の存在として、あらゆる命令の権威の源泉となった者としての責任の存在という問題の立て方である。
彼女が問題とするのは後者の側面である。

これは彼女自身の生き方と関わって来るだろう。つまり、末端の一教師でありながらも、国民学校教育の一翼を担った者として、自ら職を辞するという途を、自らの責任の取り方として選択した人間としての考え方である。
自らが負う責任の表明をしていないという一点において、彼女は、昭和天皇に問いを発するのである。

彼女の話を聞いていて、爽快感が常に付きまとうのは、そのような彼女の生き方が背景にあるからであろう。
彼女は、自分を被害者として、昭和天皇にいちゃもんをつけているわけではない。
不適切な教育を施してしまったことへの自らの責任を自覚し、職を辞した者として、昭和天皇自身の責任を問い、その責任の果たし方に疑問を投げかけているのである。

ここにあるのは、彼女自身の個人としての責任であり、天皇自身の個人としての責任という問題なのである。
個人としての責任を、常に自分のものとして考え、生きてきた人間としての問いかけなのであるという点に、私は注目するのだ。
それは、天皇が個人としての責任を問われうる存在で、法的に、あったかどうかとはまったく別の問題だ。


彼女にとっては、現在に至る戦後の道徳崩壊現象のスタート地点に、個人としての責任を自らに問うことのなかった(あるいは、それを行動として表現することのなかった)昭和天皇の存在がある、ということなのであった。


  (本当はもっともっと書きたいことがあるエキサイティングな会だったのだが、本日はここまででご勘弁を)


 読み込み中...
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:647/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    bon
    bonさん
     2007/05/19 23:31
    奥崎謙三という人間と重なって拝読!

  • Comment : 2
    まみちゃーな
     2007/05/20 00:17
    素晴らしいですね。戦争責任を自分の問題として捉えている人を、初めて
    見ました。私にとっての戦争責任、そして自身のその責任の取り方も、ずっと考えて
    いますが、なかなか答えが見つかりません・・・。

  • Comment : 3
    しんすけ
     2007/05/20 07:11
    昭和天皇には戦争の意思はなかったという記事を眼にすることがあります。それは真実かもしれません。
    しかし、それで昭和天皇の戦争責任がなくなるわけではありません。

    「戦争遂行システムの頂点の存在として、あらゆる命令の権威の源泉となった者としての責任の存在」であって戦争を認可したのは昭和天皇だからです。
    別に、昭和天皇に巣鴨拘置所に入って欲しかったわけではありません。
    責任表明を一切しなかったことが彼の汚点であり、歴史に今後も記録され続けるという事実が存在します。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2007/05/20 07:18
    ん?!様

    奥崎謙三のことは、頭に浮かびませんでしたが、確かに重なるところもありますね。まったく異なるようにも感じられます。

    天皇の戦争責任追及という行為を、どちらも、あくまでも自分のけじめの問題として考えている(ように見える)という点、個人(自分自身)の行為として、それをしているという点の共通性を感じます。

    奥崎謙三と、橋爪さんの相違点としては、自分が被害者として天皇を告発するのかどうかというところにあるように思います(この点は、奥崎謙三についてのイメージがかつて感じていたものなので、もう一度検証する必要もあるという留保付きでのものですが)。

    つまり、皇軍兵士としての自分の体験が出発点である奥崎にとっては、自分自身の体験と仲間の兵士の運命を被害体験として考え、そこに加害者としての(上官及び)昭和天皇の姿を見るという構図になっていたのではないでしょうか。

    橋爪さんにとっては、自分自身が加害者の側の人間であり、そのことの自覚から、教職を辞するという形で自らの責任を果たすという生き方を選択していたわけです。被害者ではないわけですね、昭和天皇との関係では(少なくとも彼女の中で問題となっている側面においては)。
    同じ加害者の側にある存在としての自覚から、昭和天皇自身の責任の取り方を問題にしていた。
    そのような構図に見えます。


    ただ、どちらも、あくまでも、自分自身と天皇の問題としてそれを考えている。個人として行動しているところが一貫していて、そこに爽快感が発生するように思いました。

  • Comment : 5
    umasica :桜里
     2007/05/20 07:35
    まみちゃーな様

    橋爪さんの魅力は、問題を誰かのせいには決してしないという姿勢を貫いているその生き方から発生しているように思います。

    戦争をめぐる加害の問題を、「天皇のせいにする」というのではなく考えているというところですね。
    自分自身が被害者への責任を感じ、その延長で昭和天皇自身の「責任」を考えるという思考のあり方ですね、そこにあるのは。


    私自身が、いわゆる「天皇の戦争責任追及」に同調して来なかった理由も、その辺りにあるのではないかと感じられるわけです。
    大日本帝國憲法体制の中の歯車として、昭和天皇も存在していた、そう私には感じられています。その体制の生み出してしまった歴史の帰結に対して、昭和天皇を考えれば、天皇自身を体制の被害者と考えることも出来ます。
    ただ、問題なのは、大日本帝國憲法体制の中では、誰が加害者であったのかを考える時に、その責任の所在があいまいになってしまうというところではないでしょうか。

    そのような、法的な側面ではなくて、個人的倫理の問題として考えるところに、橋爪さんの視点が照らし出す問題群が、今なお、潜んでいるように感じられます。
    道徳崩壊の根源がそこにあるという危機意識も、そこから芽生えるはずです。

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2007/05/20 07:50
    しんすけ様

    おっしゃる通りだと思います。

    大日本帝國憲法体制の下で、天皇に自由意志があったわけではありません。日本国憲法の下でも、天皇には自由意志はありません。

    個人としては、支那事変に心を痛め、日米開戦を望まなくとも、それは大日本帝國政府と帝國陸海軍の選択であり、異を唱えられる立場にはありませんでした。
    個人としては、靖国神社へのA級戦犯合祀に賛成出来なくとも、そのお気持ちを明らかにすることも出来ませんでした。

    憲法に忠実である限り、天皇に自由意志は存在しないわけです(戦前・戦後を問わず)。
    ですから、法的に天皇の責任を追及することの難点がそこから発生することになります。


    橋爪さんの場合は、個人の倫理としてその問題を考えているわけです。しかし、そう考えた上でも、天皇が意思表明を許される存在であったのかどうか、あるのかどうかという形で、問題は残るでしょう。

    大日本帝國憲法のみならず日本国憲法においても、天皇は個人としての意思表明の可能性を封じられているように見えます。
    ひどい話だと思いますね。

  • Comment : 7
    ぺんぺん
     2007/05/20 15:10
     編集に当たった知人というのは、私のことなんですが、
    桜里さんが、こうやって文章にして下さったことで、
    自分達が生まれた日本の過去の歴史や、そしてこれからの憲法改正論をどう思うかなど、中高年だけでなく、若い人までが、様々にいろんな議論をする場が生まれることが嬉しいです。
    その議論の場がここでも広がっていくことを願います。

    私自身は憲法9条は守りたいけれど、
    「憲法」を改正の話題にも触れさせない床の間の神物のように、
    考えるのではなく、いい機会だから、たくさんの人たちが、
    「本当に変えて良いのか」とか、
    「現行憲法には、本当に問題がないのか」などあらゆる面から
    議論されるのはいいことだと思っています。

    何せ現行憲法は、お飾りにしろ、天皇を認めているわけですから、
    天皇制の問題も含めて、再論議されるのは構わないと思います。
    このことがきっかけで、もっとたくさんの人たちに憲法について考える
    きっかけになればいいと思うからです。

    ただ、国民投票法が、ほとんど議論もなくこんなに簡単に可決され、
    今後が国民に問われているようで、「半数で改正が決まる」とか、
    「4人に1人の賛成で決まる」とか、恐ろしいことが言われています。

    私は爆笑問題の大田さんが言うように、憲法9条は日本だけでなく、
    世界の遺産になって欲しいと心から思っています。

    桜里さん、ここに取り上げてくださってありがとう。
    橋爪さんが1人戦う姿を見、原稿を読み、私は宿題をもらいました。
    そして、きっとあなたも講演会の橋爪さんから、
    何か宿題を与えられたのですね。

    こんなふうに戦争をしらない私たちが、
    もっとお年寄りの話を今聞いておかなければ…
    私たちの未来を私たちで守らなければ…
    そう思って「聴き語りの会」を立ち上げたのです。

  • Comment : 8
    まみちゃーな
     2007/05/20 17:00
    >天皇自身を体制の被害者と考えることも出来ます。
    同感です。天皇は自分の意思で天皇になったわけではないでしょう。
    また、天皇ただ一人の意思で開戦できたわけでもありません。
    (むしろ開戦せざるを得ない立場に追い込まれたと思っています)
    もちろん、だからといって天皇に戦争責任がないとは思いません。
    ただ、天皇の戦争責任だけを追及すれば、それでことたりるのかは疑問です。

    私たちは日本の社会基盤や制度を先人から受け継ぎ、その恩恵に浴しています。
    とすれば、負の社会的遺産もきちんと受け継ぐべきではないでしょうか。
    日本の敗戦処理はまだ済んでいません。ならば、私たちが自らの手で
    終わらせなければ、と思うのです。

  • Comment : 9
    umasica :桜里
     2007/05/20 18:32
    ぺんぺん様

    お誘いいただいてありがとうございました。

    本当は、パネリストとして参加していた、針生一郎さんや、池田祥子さんの発言内容、参加者とのやり取りなども、実に面白かったので紹介したかったのですが、字数の関係で記述の焦点を絞ることにしておきました。
    このような会は、普通は、タテマエ論的な話や、下手をすると手垢の付いたアジテーションやスローガン的なやり取りだけで終わってしまいがちなものなんですが、今回はそういうものが一切無く、問題を「考えること」・「如何に自分が考えるか」・「自分の経験を如何に言葉とするか」に焦点が絞られていて、そこがエキサイティングな場となった要因でしょうね。

    今回は、個人責任という問題に焦点を当てて取り上げてみたわけですが、実は、私の日記の中で「現代史のトラウマ」というバインダーで書かれているものでは、歴史認識の問題や、憲法や教育をめぐる問題を、これまでもテーマとして来ました。
    今回の橋爪さんをめぐる記述も、その延長で書かれているものです。
    これまでのものもお読み下されば、私の問題意識のありようがご理解いただけるものと思いますので、ご参考にしていただければと考えています。

    毎回2000字ギリギリ(初期のものを除く)書いて、もう40本以上となってるので、読む方も大変かもしれませんが、どうかよろしく。

  • Comment : 10
    umasica :桜里
     2007/05/20 18:47
    まみちゃーな様

    おっしゃる通りですね。

    大日本帝國憲法体制下でも日本国憲法体制下でも、天皇個人の自由意志の表明は認められていません。
    しかも、それは世襲の地位であり、選択の余地はありません。

    このような状態の上にしか「国民の統合」が実現されないのであるとすれば、日本国民というのは、実に情けない存在なのではないかと思いますね。

    皇室の人々、天皇家の人々へのもたれかかりの上に、「国民の統合」がある現状は改善したいものです。他人の自由を奪って安泰である「国民」とは何なのか、考えておきたい問題ですね。

    この問題も憲法を考える上で本質的なものを含んでいると思います。そういう意味で、私は護憲派ではありません。

  • Comment : 11
    カワラ
    カワラさん
     2007/05/20 23:29
    初めまして 桜里さん

    偶然かなにか、私もこの本を知人から紹介され購入しました。
    まだ読んでませんが。

    なんか興味がでてきたので、読んでみます。

  • Comment : 12
    umasica :桜里
     2007/05/20 23:39
    カワラ様

    それはまた不思議なご縁ですね。

    実は私の方は、本を手に入れられていないのです。昨日、会場で求めようと思っていたのですが、会場に用意されていたものは完売後でした。

    橋爪さん、魅力たっぷりな(私にとっては)方でした。
    会場の画像も用意してあるのですが、当人の許可なしにアップするわけにも行かないので、今のところは連絡待ちです。

    今後とも、よろしくお願い申し上げます。

  • Comment : 13
    あつこ
    あつこさん
     2007/05/21 05:05
    私の思い違いでなければ、マッカサー元帥が、戦後の 混乱を
    さける 為には、天皇の 存在が、必要と認めたからだったのでは。。

    他国では、内戦に なったり したでしょう。

  • Comment : 14
    umasica :桜里
     2007/05/21 11:41
    あつこ様

    そうですね。

    アメリカの合理的な占領政策策定の賜という側面がありますね。占領のコストを考えた時に、天皇の存在は、利用価値が大きかったということ。

    また、戦争末期の大日本帝國支配層内部での「ポツダム宣言」受け入れをめぐる議論で、最重要視されていた(というよりほとんど問題はこれだけだった)のが、「国体護持」の保障でした。つまり天皇の地位の保証ということですね。
    大日本帝國が、ポツダム宣言受け入れを決定出来たのは、交渉の過程で、「国体護持」の保障の感触を持てたからでした。

    そして、実際に、敗戦後の軍隊の武装解除に際しては、それが天皇の命令によるものであることが大きな意味を持ちましたし、東京裁判では天皇は戦犯として訴追の対象となることを免れ、日本国憲法では「象徴」としてその地位を保証されることになった、というわけです。

  • Comment : 15
    ぺんぺん
     2007/05/25 21:21
    桜里さんへ

    橋爪さんに、桜里さんが書いた部分をコピーしてお渡ししました。
    大変喜んでいましたよ。
    講演会で頂いた葉書も大変気に入ったようです。
    講演会来て頂いてありがとう!
    文芸社刊「生きていく意味」の本も近いうちにお渡しします。
    他の方で、本に興味のある方は書店にお尋ね下さると嬉しいです。
    以上宣伝みたいでごめんなさい。

  • Comment : 16
    umasica :桜里
     2007/05/25 23:02
    ぺんぺん様

    橋爪さんには、よろしくお伝え下さい。喜んでいただけて光栄です、と。

    先週の橋爪さんのお話。
    その後の針生一郎さんと池田祥子さんを交えての話も面白かったですよね。

    昨日は、ムサビで若松孝二と足立正生の対談を聞き、学生とのやり取りもまた面白かった(昨日の日記には書けなかった部分)。


    大日本帝國敗戦の話と新左翼敗退に至る話。私達の歴史です。


    ところで、この一週間ほどの出会いを振り返ってみると、結局、みんな、誰かのせいにしない人生を送っている人達だなぁ、なんてことを思ったりする。そこが魅力なんでしょうねぇ。

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