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健康という名のテロリズム

2007/06/30 23:00

健康とは何なのだろうか?

このところの、コミュニティ「存在の意味」での、やわらか@テロルさんのトピック「人間の存在様式としての「公共性」の問題」の上での、やわらか@テロルさんの発言に注目している。


ナチスの政策としての、障害者への「断種」と「安楽死」をめぐる議論である。
アーリア民族至上主義イデオロギーを現実化するにおいて、民族=人種の「健康」がナチスのテーマとなっていた。

人種の健康の維持に欠かせないのが、不健康者の排除である。
至上の人種としてのアーリア人の健康への脅威が、外部のユダヤ人であり、内部の精神障害者であった。

ナチスの政権獲得と共に、ユダヤ人の排除が現実化する。
外部からの、アーリア人種の健康への脅威の排除が、その目的であった。

精神障害者は、それ以前から精神病院に収容され、社会からは隔離されてはいた。
しかし、福祉の対象として、その生存は国家によって保障されていたのである。

ナチス特有というよりは時代の産物という側面もある当時の「優生学」思想の結実として、政権獲得の年である1933年7月14日に、第三帝国議会において、「遺伝病の子孫を予防するための法律」が可決される。
精神薄弱者、精神分裂病者(統合失調症患者)、躁鬱病者、癲癇患者、重症アルコール中毒者、先天性の盲人と聾唖者、重度障害児、小人症、痙性麻痺、筋ジストロフィー、フリードライヒ病、先天性股関節脱臼の患者が、断種処置の対象となったのである。
アーリア人種から、遺伝的障害の拡散の危険が排除された、と理解されていた処置である。
アーリア人内部における人種の健康の維持は、これで保障される。


一方で、ヴァイマール期の悪化した経済状態は、国家による障害者への福祉政策への疑問を生じさせた。
福祉への支出は、国家財政の損失として、一部の人間から理解され始めるのである。
障害者への安楽死の妥当性が議論の対象となり始めるのである。
これは、優生学的問題意識とは別の文脈として理解することが必要のようである。
法律家カール=ビンディングと医師アルフレート=ホッへの共著になる『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』と題された1920年に出版された本が、その手の議論の嚆矢とされている。

この書物では、安楽死の対象として3つのカテゴリーが想定されている。
1)助かる見込みのない患者〈末期癌の患者など〉。
2)治療不能な知的障害者
3)瀕死の重傷者
この3つのケースが、法律家カール=ビンディングにより、安楽死の対象として想定され検討されるのである。
そして、2〉のケースが特に精神科の医師アルフレートーホッへによる考察の対象となっている。

出版年はナチス結党の年でもあり、同時代性を感じられると共に、しかし異なる文脈の出来事であることにも留意しておく必要はあると思う(ナチスの思想と同書を直接的に結び付けて論じる風潮に、私は、距離をおきたいと思う〉。

安楽死が実行されるのは、1939年になってからのことであるが、その際は、カール=ビンディングとアルフレート=ホッへの想定を超えた範囲の「精神障害者」が「安楽死」という名の殺人の対象とされることになった。
T4アクツィオーンとして知られる作戦の開始である。ドイツ国内の何ヶ所かの精神病院内に、安楽死用のガス室と焼却炉が設置される。
1941年になり、作戦の内実が知られるようになり、教会関係者からの異議がもたらされ、作戦は中止されるが、その時点で7万人以上の精神障害者がガス室での殺人の対象となっていたのである。

そして、このT4アクツィオーンの中心に位置していた人物が、後のユダヤ人に対する「最終的解決」の一環としての「絶滅収容所」の設置に携わっていくのである。


アーリア人種の健康の実現は、ユダヤ人の絶滅と、精神障害者の抹殺にかかっていた、そう考えられていたのである。

ちなみに、アドルフ・ヒトラーは菜食主義者として有名であり、酒もタバコも嫌っていた。
ナチスの健康な世界の中心にはふさわしい、そう言うことが出来るだろうか。


Binder: 現代史のトラウマ(日記数:665/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    s06007
    s06007さん
     2007/07/02 08:26
    「人種の健康」という発想って危ないなあという感じですね。
    でも個人の健康は自分では追求していたりします。これって何か危ない部分というのがあるんでしょうかね。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2007/07/02 12:09
    s06007様

    「健康増進法」という法律をご紹介しておきます。

    第一章 総則

    (目的)
    第一条 この法律は、我が国における急速な高齢化の進展及び疾病構造の変化に伴い、国民の健康の増進の重要性が著しく増大していることにかんがみ、国民の健康の増進の総合的な推進に関し基本的な事項を定めるとともに、国民の栄養の改善その他の国民の健康の増進を図るための措置を講じ、もって国民保健の向上を図ることを目的とする。

    (国民の責務)
    第二条 国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。


    …っていうんですが、

    >でも個人の健康は自分では追求していたりします。これって何か危ない部分というのがあるんでしょうかね。

    それが、いまや、「権利」じゃなくて「責務」だそうです。


    まぁ、やはり、何をするにも、健康な方が、思い通りにことを運ぶことにつながりますよね。そういう意味で、健康は大事ですね。
    ただ、健康が自己目的になってしまっているような、一部の風潮にはナンダカナーな思いもあります。健康は手段で、それが自己目的になっちゃうと、「健康のためなら死をもいとわない」みたいなハナシになっていったりして…
    何かをしたいからこそ、健康が大事なんだとおもいますが。

    もっとも、ある程度の老齢になれば、健康であること自体が重要になる側面も出てくることも確かだとは思われます。

  • Comment : 3
    こもさと
     2007/07/02 18:48
    「遺伝病の子孫を予防するための法律」って排除の論理のひどい話ですね。
    健康増進法の背景には国民医療費の高騰があると思います。
    高齢化で介護と医療費が膨れ上がり、保険制度で賄うことができなくなると、医療や介護のサービスを、富める層しか受けることができなくなるのを何とかしよう、というのが根本にあるかと。
    しかし、健康であることが責務といわれると、反発したくなりますよね。
    健康診断で胴回りを測られたときも、いや〜な気持ちになりましたし。

  • Comment : 4
    あつこ
    あつこさん
     2007/07/02 22:47
    まあ、個人の問題では、なくなって しまった のですか

  • Comment : 5
    やっぱり猫が好き!
     2007/07/04 12:49
    太く・短く・    が、私のモットー                               コメントになってない?

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2007/07/04 22:18
    こもさと様

    不健康が罪悪とされるような世界は、あまり住み心地がよさそうには思えませんね。

    1920年代のドイツは、19世紀末以来の乳幼児死亡率の飛躍的な低下の一方で、出産数の低下が同時に進行し、人口の増加率の低下(=兵士となる人間の減少)という事態に加え、第一次世界大戦での大量の戦死者の存在、そして戦後の破滅的経済状況という様々なファクターが絡みあった中にありました。

    乳幼児死亡率の低下=本来なら死亡しているはずの遺伝的な弱さを抱えた人間の生存、というイメージもあり、手放しでは喜べないという論調もありました。
    そこから優生学的発想の下での「断種」という手段に行き着きました。

    破滅的経済状況という認識が、国家予算からの福祉的経費の削減という課題の切実さを意識させ、「安楽死計画」へとつながりました。


    いずれにせよ、健康で清潔な国家こそ、ナチスの目指した世界だったわけです。「美しい国ドイツ」ですね。
    「美しい国日本」がそんな世界でないことを祈ります。

  • Comment : 7
    umasica :桜里
     2007/07/04 22:23
    あつこ様

    健康は「国民の権利」と思っていたら、いつのまにか「国民の責務」だそうです。

    では「国家」の「責務」は?って聞いてみたくなります。
    国民の生命の安全の保証こそが国家の役割だとばかり思っていましたが、風向きが変わってきたのでしょうか?

  • Comment : 8
    umasica :桜里
     2007/07/04 22:28
    やっぱり猫が好き!様

    太く・長く、ではいかが?
    元気でありさえすれば、長生きも面白そうな気がします。この先何が起こるのか見届けてみたい気持ちはあります。

    そういえば、ナチスの世界では、生産に関与出来る年齢を超えたら死ぬのが理想とされていたようです。
    老人福祉という発想もない、ということですね。
    たとえ健康であれ、老人はジャマモノという考え方でした。

  • Comment : 9
    あつこ
    あつこさん
     2007/07/05 00:40
    そういえば、つい最近、肥満者は、標準体重の 人より、病気に
    かかり やすいので、保険料の 改正を するべき だ と 言う事が
    大声で、話されるように なってきたのに 気がつきました。
    自己責任と 言う事でしょうか?でも 何となく 危ない考えですね
    ホルモンの 関係で 太りたくなくても 太る人も いるでしょうし、
    特殊な スポーツで 太い人も いるでしょうし、標準体重の 計算
    を しながら、保険料を 決めたり???

  • Comment : 10
    umasica :桜里
     2007/07/06 11:29
    あつこ様

    今、読みかけの本が岩波で出ている川越修さんの『社会国家の生成―20世紀社会とナチズム』なんですが〈今回の話題の参考に読み始めたものです〉、その帯に「国民の健康を重視する国家が、「生きるに値しない人間」の根絶を目指すようになるにはどのような紆余曲折を経たのか」とあります。

    不健康はあくまでも当人の不利益であるということであって、それが国家の利益・公共の利益の観点から、監視され・取り締まられるような世界には住みたくありませんね。

    国民の不健康=国家の不利益という考えは、危険なものを含んでいると思います。国家は、不利益となる存在を排除出来る暴力をも独占していますから。
    もちろん、国民主権という建前からすれば、すべては国民自身の選択にかかってるということにもなりますが、そのことを私達はしっかり理解しておく必要があるでしょうね。

  • Comment : 11
    こもさと
     2007/07/07 10:50
    不健康な人を排除しようという発想は絶対に間違っていますよね。
    そういう発想する頭脳こそ不健全と思います。
    桜里さん、最近特に仕事がお忙しいようですが、食べてすぐ寝ると牛になる、と子供の頃言われましたが、食べてすぐに寝ていらっしゃいませんか?
    私は夕食から就寝までが1時間あるかないかです。
    夕食から就寝までの時間が短いことと、最低血圧が下がらなくなること、中性脂肪の蓄積が進むこと、肝機能が悪化すること等には相関関係があるそうです。
    私はこういう生活習慣を改めたいと思っています。

  • Comment : 12
    umasica :桜里
     2007/07/07 19:18
    >中性脂肪の蓄積が進むこと…

    ドキッとさせるお言葉です。
    一昨年、事故って入院する前には、かなり絞り込めていたウェストが、その後の運動不足で…
    体重が増えると、動くのもメンドーになり、更なる運動不足を…となってしまっています。

    大分仕事のパターンにも慣れてきたので、疲労度は軽減してきましたが、自宅滞在時間の減少は、あまり歓迎出来ませんね。
    仕事自体は楽しんでいるのですが…


    国がどう考えようと、なんだかんだ言っても当人にとって、不健康は良い話じゃぁありませんよね。
    しかし、わかっちゃいるけれど改められないのが生活習慣、でもありますね。

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