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昭和二十年八月十九日 婦女子を大至急避難

2007/08/19 23:35

 八月十九日
 新聞は、今までの新聞の態度に対して、国民にいささかも謝罪するところがない。詫びる一片の記事も掲げない。手の裏を返すような記事をのせながら、態度は依然として訓戒的である。等しく布告的である。政府の御用をつとめている。
 敗戦について新聞は責任なしとしているのだろうか。度し難き厚顔無恥。
 なお「敗戦」の文字が今日はじめて新聞に現れた。今日までは「戦争終結」であった。
 中村光男君の話では今朝、町内会長から呼び出しがあって、婦女子を大至急非難させるようにと言われたという。敵が上陸してきたら、危険だというわけである。
 中央電話交換局などでは、女は危いから故郷のある人はできるだけ早く帰るようにと上司がそう言っている由。
 自分を以て他を推すという奴だ。事実、上陸して来たら危い場合が起るかもしれない。絶対ないとはいえない。しかし、かかることはあり得ないと考える「文明人」的態度を日本人に望みたい。かかることが絶対あり得ると考える日本人の考えを、恥かしいと思う。自らの恥かしい心を暴露しているのだ。あり得ないと考えて万一あった場合非はすべて向うにある。向うが恥かしいのである。
 一部では抗戦を叫び、一部ではひどくおびえている。ともに恥かしい。
 日本はどうなるのか。
 一時はどうなっても、立派になってほしい。立派になる要素は日本民族にあるのだから、立派になってほしい。欠点はいろいろあっても、駄目な民族では決してない。欠点はすべて民族の若さからきている。苦労のたりないところからきているのだ。私は日本人を信ずる。

     高見順 『敗戦日記』


62年過ぎて、日本人は「立派に」なれたのだろうか?

婦女子を避難させる話。日本軍における婦女暴行の伝統(?)が、国民一般に共有されていたということだろう。
支那事変当時の、南京攻略戦時の日本陸軍の行動、捕虜殺害とともに、婦女子への暴行殺人は悪名高いものとなっている。
いわゆる「従軍慰安婦」の存在も、南京攻略戦における日本軍将兵の素行の悪さから、その対策として発案されたことが、陸軍内の文書として残されているくらいだ。
「自分を以て他を推す」ことからは、米占領軍(進駐軍)兵士による婦女暴行は当然のこととして予測せざるを得ない。
アジア諸国での、買春行為で日本人が名を揚げたのは戦後のことである。
日本人男性の性的不品行について、「立派」になったという証拠はまだない。


8月14日の日記には、

「アメリカ軍が入ってきたら、――西洋人というのはジャガイモが好きだから、もこうして食えなくなるんじゃないか」
 米の代用の馬鈴薯だが、その馬鈴薯が取り上げられたら、何を一体食うことになるのだろう。

という記述がある。
これもまた「自分を以て他を推す」一例であろう。
大日本帝國陸軍の現地調達主義もまた悪名高いものであった。補給を軽視し、物資の現地調達を前提にした作戦行動をとったのである。
「調達」と「略奪」の間に線は引けない。現地住民からすれば、すべて貴重な食料物資の略奪となる。
アメリカ占領軍は、基本的に、食料の現地調達は考えなかった。高見順の考えた(心配した)ようには事態は進行しなかったのである。


ただ、日記を読んでいるとわかるのだが、昭和20年は冷夏であった。農産物の生産量は低く、食糧不足となった。
その後、米国からの援助物資で、日本人は戦後の食糧難をしのぐことになるのだが、それはまだ先の話である。


十九日(日) 晴
 ○酷暑つづく。
 爆音聞こえ、日本機一機飛ぶ。どこかへビラでも撒くつもりにや。あの姿、あの日本機の姿。――千機万機仰ぐは未来いつの日ぞ。
 ○夕、徳田氏東京より帰る、都民みな呆然。陸軍機海軍機東京上空を乱舞し、軍は降伏せずと盛んにビラを撒きありとのこと。
 マニラにて休戦協定を結ぶため、山下奉文この役を快諾せりという。山下が普通の意味でこれを「快諾」するはずなし。すべてひっくり返しておじゃんにするつもりなるべし、そうなったら面白くなるぞ、と皆期待す。
 ○夜凄じき雷鳴。青白き閃光きらめきて、轟々たる音につづき、時にどこかに落ちたるがごとき音す。電燈消ゆ。ただし雨一滴もふらず。空鳴りにて秋となるや、こおろぎ鳴く。

     山田風太郎 『戦中派不戦日記』


もう秋も近い。
しかし、まだ、敗戦にリアリティーがない感じがする長野の飯田の疎開先の一日。


Binder: 現代史のトラウマ(日記数:666/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    あつこ
    あつこさん
     2007/08/20 01:06
    終戦直後の 心もとなさが 伝わってきます。私は、8月15日に
    ミズリー号船上の 終結文書作成の ドキュメントを 見ました、日記に
    少し 書きましたけれど、ああいう ドキュメントが 残っているのは
    ありがたい です。それで 日本駐在に なった アメリカ兵の 為には
    かんずめ などを あちらから、持ち込んできて いたようですね。
    現在でも、民族闘争の あった 地域では、婦女暴行が ありますね、
    相手の人種を 滅ぼすというものが、根底に あるようです。
    ジンギスカンの時代から、はるか時間的に 越えているはずですが
    あまり 進歩していない ようにも 思われます。
    ところで、このような、比較日記とでも いうものは、存在しているのでしょうか?貴重な研究資料に なるのではありませんか?

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2007/08/20 23:27
    あつこ様

    大東亜戦争の一部始終を読めば読むほど、日本軍の軍隊としての劣悪さばかり見えてきますね。日本人の端くれとして、本当に情けなくなります。

    日記は、それぞれ文庫になっているものからの引用です。
    一部は、やはり文庫ですが、保坂正康 『〈敗戦〉と日本人』と、山田風太郎 『同日同刻』からの孫引きです。

    やはり書き写してみると理解が深まりますね。ただ読んでいたときには読み飛ばしていたような事柄も、色々と目に止まりました。
    陸軍内のクーデター計画の顛末も、今回の作業のお陰で、時系列の中で理解出来るようになりました。

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