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昭和二十年八月二十一日 麦酒と燃料不足

2007/08/21 23:59

 八月二十一日〈火〉           快晴 頗暑 六、〇〇 八、三〇
 昨夜殆んど寝なかったので実によく寝た。侍従長の部屋に寝たのだが蚊もゐず鉄扉も上げられるやうになったので風も吹き込み実にいい気持である。所がすっかり朝まで寝て了って一体緒方国務相の拝謁はどうなったのだろうかと思ふ。

     入江相政 『入江相政日記』

蚊と蚤に悩まされた昨夜と違い、ぐっすりと眠れたらしい。
空襲から解放され、鉄扉に頼る必要もなくなり、風に吹かれながらの熟睡だったのだろう。クーデターの危機も去ったこともあるのかも知れない。

緒方国務相の拝謁については、前日の記事に、

 その時の話にマニラへ行った全権が帰って来たので明払暁二時に緒方国務相の拝謁があるかも知れぬとの事。

とある。
宮中の拝謁は、夜中にも行われることが、入江の日記を読んでいると、そこここに出てくるので、昭和天皇も大変であったと思う。
その「マニラへ行った全権」とは、河辺虎四郎参謀次長以下17人がマニラの連合軍司令部まで行き、日本進駐に関する打ち合わせ、ミズーリ号上での調印式用の降伏文書の受け取りをし、二十日夜に帰国の予定であったもの。
全権団の搭乗機は燃料不足(!)のために20日夜に天竜川河口付近に不時着。浜松から陸軍機で21日の朝8時20分に、調布飛行場へたどり着いたという。
午前中に拝謁は行なわれた。

終戦〈敗戦〉処理が始まっているのである。
しかし、全権の搭乗機が燃料不足で不時着するというエピソードが、大日本帝國が昭和20年8月にどれだけ追い詰められた状況にあったかを物語っているように見える。
状態によっては、降伏文書も失われかねなかったわけである。


二十一日〈火〉 晴
 ○昨夜十二時まで、首相宮、ラジオにて反復数回、国民に告げらる。国体維持に政府方策を有す。聖断は絶対なり、国民は静粛に治安を保つべしとの意味なりしが如し。雑音多くて明らかに聴く能わず。
「敵にしてわが国体を根本より破壊せんとの意図を有する時は再び開戦す。最後の一人まで蹶起せよ」とでもいわるるにあらずやとみな胸躍らせて待ちしに、絶望悲嘆甚だしきものあり。
 ○各地の防空陣、敵機来るときはいまだ猛烈に応戦す。東京都内にては各所に貼り出されたる降伏のニュース、一夜のうちに、ことごとくはぎとられたりと。またフィリピンの日本軍は総攻撃を開始せりとの噂あり。
 このありさまにては戦意全国に炎のごとく燃え上がり、不穏の状況いちじるしきものあり、かくて首相宮の悲鳴のごとき放送となりたるものならん。みな、この分にては面白くなるぞとよろこぶ。

     山田風太郎 『戦中派不戦日記』

やはり、学生という若さだろうか。敗戦が現実として、あるいは安堵感として受容されてはいないようだ。
この日から、授業が再開されている。


 八月二十一日火曜日十三夜。晴。午後出社す。夕帰る。こないだ内から毎日麦酒が飲みたくて困る。大分間があいたからである。麦酒やお酒が無い為の苦痛を随分嘗めたがこの頃は以前程には思わない。世の中の成り行きで止むを得ないと云う諦めも手伝っているが、一つには焼け出された後はそれ迄とお膳の様子がすっかり変って仕舞ったので以前の様に座のまわりの聯想に苦しめられると云う事が無くなった所為もあるだろう。それでも欲しいと思いつめるのはよくよく欲しいのであって我儘だけではなく身体がほしがるのだと思う。それでも無ければ、無い物は仕様がない。

     内田百鬼園 『東京消盡』

暑い夏にビールが飲めないのである。これもまた敗戦の現実、ということだろうか。
5月25日の空襲で焼け出された際には、百鬼園は避難の道中も一升瓶を抱え、道々飲んでいた。酒をめぐる記述、飲めない苦しみ、飲めた時の喜び、様々に書かれているのが百鬼園の日記の魅力(?)でもある。

この8月21日の項で、百鬼園の日記は終えられている。
戦争の日々の終りを感じたのだろうか。

 この数日の新聞記事を読んで今までの様な抵抗感情を覚えなくなった。何しろ済んだ事は仕方がない。「出なおし遣りなおし新規まきなおし」非常な苦難に遭って新らしい日本の芽が新らしく出て来るに違いない。濡れて行く旅人の後から霽るる野路のむらさめで、もうお天気はよくなるだろう。



昭和20年8月の日記紹介シリーズも、今回で終了としたい。

明日からは、夏休みを終えた山田太郎氏が戻って来る、はずだ。


 読み込み中...
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:646/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    s06007
    s06007さん
     2007/08/22 09:07
    15日の終戦の後も一部で抵抗が行われていたらしき記述ですね。
    この後、「手のひらをかえした様に」戦後思想が跋扈する様になりますね。鬼畜米英から反戦平和へのそのダイナミズムの詳細を追いかけるのも有意義かもしれませんね。

  • Comment : 2
    あつこ
    あつこさん
     2007/08/23 14:22
    ご苦労さま でした。
    真剣に 読ませていただき ました。
    大量日記に なると、勇気がくじけそう ですが
    このように 選ばれていると、読み易いと
    思いました。

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2007/08/23 23:00
    S06007様

    本当に「手のひらを返した様に」ですよね。

    大きな声では言えないのですが、戦後、ソ連が占領していたら、なんて想像をすることがあるのですが、寄らば大樹の陰的な心理を考えると、戦後の自民党支持者の大半は共産党員になってたんじゃないか、なんて、あらぬ想像をしてしまいますね。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2007/08/23 23:03
    あつこ様

    一昨年の夏の事故の入院時は、これらの日記を病院に持ち込んで、毎日読んでました。
    同じ日の記述を読み比べるのが面白かったことを覚えています。

    そんな体験が、今回につながっているのでしょう。

    時々、やってみたい企画です。

  • Comment : 5
    あつこ
    あつこさん
     2007/08/23 23:47
    戦後、旧ソ連から、復員してきた人の 話も ありましたが、
    すっかり 洗脳されて、共産主義していたようです。
    進駐軍では、旧ソ連、引き上げ者に 要注意だったようです。
    やっぱり、日本人は ある意味で、確固とした信念に 欠けるかも?
    ですから、、、どうなったか 解りませんね。。

    なんとしても、フランスのテレビ番組では、この手の ドキュメント を 特集で 流しますから、、、日本では、どの程度?なのでしょう。
    動乱に 巻き込まれなく なって からひさしいですから、このような 事に 憧れる人間が 出てくるのを防がなければ、なりませんね、
    今でも、極右のスキンヘッド のお兄さんが いる所も ありますから。

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2007/08/25 23:02
    あつこ様

    NHKの衛星放送の枠で、良質なドキュメントが見られますね。

    先週はフランスのプロダクション制作の「ニュルンベルク裁判」のドキュメント(その前にはBBC制作のやはり同テーマ作品)をやっていました。録画だけはしたのですが、まだ見るには至っていません。

    とにかく世代間の経験の差が大きくなっている感じがします。
    当たり前のことが当たり前でないことに当惑することが多くなりました。

  • Comment : 7
    あつこ
    あつこさん
     2007/08/27 02:21
    確かに、実体験と、擬似体験の 違いがある ようにも 思います。
    昔は、子供に 暴力的な アニメを 見せるのは、良くない とか
    言われていましたけれど、最近では、ストレス 解消に 役立つとか
    価値観の 変更が あったりしますので、解りにくく なって います。

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