終わらない戦争について考えてみる。
イラクでおこなわれた世論調査によると、イラク国民の約7割は、この6ヶ月間の米軍増派で治安は悪化した、と考えている。 US surge has failed - Iraqipoll
BBCとABC、日本のNHKによってイラク全土2000人を対象に行った調査によると、60%近い者が米軍への攻撃を正当なことと受け止めている。この割合は、シーア派教徒のなかでは50%だったのに比べ、スンニ派教徒のなかでは93%に昇った。
この調査はイラク駐留米軍のペトレイアス司令官が米国議会への報告を準備しているなかで発表された。彼とクロッカー米大使は米軍増派の成果と最近のイラク情勢について、議会で証言することになっている。
BBCが参加したこの種の世論調査は4度目で、過去には2004年2月、2005年11月、2007年2月に実施された。
今回2007年8月の調査では、政治的対話、再建、経済発展の状態について、悪化したと受け止めるイラク人は、それぞれ回答者の67%から70%を占めた。来年には良くなると考える者は、2年前には64%だったのに、今回はわずか29%しかなかった。
有志連合軍の即時撤退を求める者も2月の調査より増えたが、上記の回答傾向とも矛盾して、半数以上(53%)が治安が改善されるまで駐留すべきだと回答した。
(以上、MLコミュニティ「イラク戦争に関する世界情勢のニュース」2007/09/11 14:38 より)
ブッシュ米国大統領による、イラク戦争の戦闘終結宣言以降、4年経過しながら、しかし、戦闘は収まらず犠牲者は増えるばかりだ。
戦闘終結宣言時、曲がりなりにも、イラクは国民に支えられる国家であった。
サダム・フセインの強権的独裁政治の下ではあるにしても、スンニ派もシーア派もクルド人もイラク国民であった。フセイン流の分割統治の成功はあっても、そこに国民としての統合は存在していたと考えることは出来る。
近代的国民国家としてのイラクがそこにあったということだ。
カンボジアの内戦終結の成功は、やはりカンボジアにおける国家と国民の関係についての合意が、内戦中ではあれ諸派に共有されていたゆえのことだと考えられる。
あくまでもカンボジアという国家の体制選択の問題であって、国家自体の存在、誰が国民であるかは問われる必要はなかったのである。
旧ユーゴの内戦においては、すでに旧ユーゴという国家に統合された国民という合意が失われていた。
旧ユーゴは、それぞれの民族集団にとって、もはや帰属すべき国家ではなく、それぞれの民族固有の国家が希求されてしまっていたことが、あの悲劇を生み出したのである。
旧ユーゴにおいては共存出来ていた人々が、民族主義イデオロギーの論理に飲み込まれる中、お互いを敵として認識するに至ったのであった。あの短い時間の流れの中で。
20世紀末の、カンボジアと旧ユーゴ、二つの内戦の姿を見つめておきたい。
20世紀、第一次世界大戦後に謳われた民族自決原則が生み出した民族国家としての近代国民国家が生み出した二つの内戦である。
21世紀初頭のイラク戦争がもたらしたもの。
20世紀の後半に、曲がりなりにも、統合された国民に支えられた国民国家として存在して来たイラクに、国民の分裂、国家の分裂の危機を生じさせてしまったのが、あの戦争の現在の帰結である。
米軍はフセインのイラク軍には確かに勝利した。
しかし、あまりにずさんな戦後統治プランが、現在のイラクの状況をもたらしてしまったのである。主導したのは、文民としてのラムズフェルドであり、軍人主導の戦争ではなかったことにも留意しておくべきだろう。
軍事のプロである軍人には、支那事変における日本の教訓、ヴェトナムの米軍の教訓、アフガンのソ連軍の教訓は理解されていた。
ナショナリズムに反する形での占領統治の困難という問題である。
ブッシュ政権は、それを無視して、イラク戦争を強行し、戦後統治に失敗し、現在に至っているわけである。
戦後統治の失敗が、テロリストの活動の場を保障することになり、宗派対立や民族対立を煽り、イラクにおける国民統合の基盤を突き崩しつつあるのが現状である。
イラク国民は、米軍の存在を憎みながらも、米軍以外に治安維持に期待出来る政治的・軍事的システムを持ちえていないのである。世論調査の結果は、そのようなイラク国民のおかれた状況の反映として考えなければならない。









絵文字入力パレット



※入力欄では、コード文字で表示されます。





いつも乍ら、しっとりとした、確かな心眼ですね。
己の眼で見て、己の言葉で書いている・・・。
たいしたものだと思います。