斎藤正躬『独立への苦悶−フィンランドの歴史−』(岩波新書 昭和26年)の「まえがき」には、
またこの國が、位置からいっても、大きさからいっても、ほとんど世界の関心をひいていないために、手に入る資料は極めて少ない。このことも私の仕事をむずかしくした。
と書かれていた。
その50年後に執筆された寺岡寛論文(「フィンランド−経済再生をめぐって−」)にも、
ルイスはフィンランドがスカンジナビアの隣人とは異なると述べたが、この典型はフィンランド語であろう。他の諸国の言語、とりわけヨーロッパ言語とは隔絶したフィン・ウゴル語族を形成する。フィンランドの元国連大使のヤコブソンは、この少数言語に言及して、フィンランドと世界との関係を外交官の感覚からつぎのように述べる。
「フィンランドの場合、他国の政策の一機能とならず、自主的な演技者として
の独自の条件での容認と理解をうるための難しさは、フィンランド人の生活
の最深部を外部の人間に隠している言語の壁で高められている。・・・・フィ
ンランド人の過去と現在をおおざっぱに理解することが必要な場合でも、教
科書の片隅で、他国語により紹介されているにすぎない。フィンランドについ
ての外国人向けの情報の大半は古いもので、内容も二級品である。
(1998)
事実、フィンランド語という言語障壁もあり、従来はフィンランドについての知識は孫引き、あるいは古い情報に基づいたものであったことは否定できない。ただし、EUに加盟した1990年半ば以降については、以前はフィンランド語だけで発表されてきた政府文書や資料が英語など翻訳発表されるようになり、現時点での法律、政策、制度についての情報も入手しやすくなった。また、インターネット技術と普及で大きな進展をみせたフィンランドらしく、ウェブサイト上の情報も充実してきた。
という記述がある。
同じ50年の間、日本人の過去と現在をおおざっぱに理解することが必要な場合でも、教科書の片隅で、他国語により紹介されているにすぎないし、日本についての外国人向けの情報の大半は古いもので、内容も二級品であった時代も長かったわけでもある。
今では、アキバ系文化は世界を席巻し、日本のヲタクの日常が世界標準となってしまっているわけだ。
『独立への苦悶』を読み進めると、この50年という歳月を実感させられる。
私たちはソ連邦の崩壊を目にし、「冷戦」終結後の世界に住んでいるのである。著者の斎藤正躬が目撃していたのは、「冷戦」の開始であり、朝鮮戦争であった。
人権抑圧機構としての社会主義国家の実態は明らかではなかった。いや、むしろ、「冷戦」の進行過程で、社会主義国の人権抑圧体制は整備されていくのである。「人権抑圧機構としての社会主義国家」とは現在からの視点からの言葉でもあることには留意しておくべきだろう。
著者は、フィンランド独立時の内戦を描くに当たっても、勝者としてその後のフィンランドの政治体制の基礎となった白軍よりも赤軍に共感を寄せている。
冬戦争を描くに際しても、フィンランド政府よりもソ連の境遇に同情的である。
時代を感じざるを得ない。
独ソ不可侵条約の秘密議定書では、当初から、ポーランドの分割と共に、戦後のバルト3国とフィンランドの地位が、ソ連の領域として取り扱われていたことは、現在では周知のことだ。2つの軍事大国間でのヨーロッパ分割の取り決めの一環としての、フィンランドに対するソ連の侵略戦争であったことは、今日では明白である。
著者は、
第一次ソ・フィン戦争は終わった。それはフィンランドにとっては、全く迷惑なものだったし、恐ろしい悲劇でもあった。だがその悲劇の原因が、この小さなソ連周辺國の中に、独立以来親独、反共の性格が流れていたこと、いいかえれば完全な中立的態度を持っていなかったことにあった点を、見逃すわけにはいかない。しかもこの性格は、独ソ開戦後の第二次ソ・フィン戦争に至って、フィンランドを身動きの取れない立場に追い込むのである。
と書いてしまっているが、時代の制約を感じる。
しかし57年前の話なのである。現在の私たち自身が、現在という時点での「時代の制約」の囚われ人であることもまた忘れられてはならないだろう。
もし一部の人人の判断のように、ソ連の衛星國の政治が、すべてクレムリンの発する指令によっておこなわれるものとするなら、フィンランドは正しくその例外であり、政権の性格からいえば、これは「衛星國」とさえ呼べない國である。
何がこのソ連周辺の小國、しかもソ連と戦って敗れた國を、このような状態に置いているのだろう? ふたつのソ・フィン戦争に示された、驚異的な戦争能力であろうか? そうではない。パリ条約以後のフィンランド軍は、もはや外國と戦うような力を持たず、その軍事的な要点を、すべてソ連ににぎられている。もしソヴエトが、軍隊を動かしてこの國を占領しようと思うなら、それは一週間もかからない仕事だろう。ソ・フィン戦争の折には、モスクワはフィンランドの戦力を、誤算したようだ。だがこんどは、誤算しようにもフィンランドは武力を持っていないのだ。
理由は簡単、それはフィンランドが、ソ連のよい隣國として、生きてゆこうとしているからだ。フィンランドの経済は、その大部分をソ連との貿易に依存している。主な産品のパルプ、紙、ニッケルなどをソ連に送り、不足な食糧をソ連に仰いでいる。正直なフィンランドは、賠償を一日も遅らせず、きちんきちんと支拂っている。その上、過去の苦い経験にこりたこの國の指導者たちは、他國の力に頼って、自分の國の安全をかち得ようとはしない。フィンランドは北大西洋条約には加盟せず、北欧諸國とも同盟しようとはしない。これがソ連を刺激せず、その干渉を防いでいる最大の原因ではなかろうか?
大國ソヴエトの周辺にある、人口四百万の小國フィンランドは、みずからの独立をどのように保つかについての、最後の結論をはっきりとつかんだようだ。みずからの独立と、平和とを、誰の手にもよらずみずから守る精神、フィンランドがこの精神を捨てない限り、「カレワラの平和境」は、長く独立を楽しむことができるであろう。
という記述で、斎藤はその著書を結んでいる。
どこに「時代の制約」を感じ、どこに現在なお生きた言葉を発見するであろうか?
現在の私たちの視点もまた問われるのである。

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