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フィンランドの歴史 あるいは軍事力による防衛 (10)

2008/03/11 20:48

フィンランドの歴史的経験を、国家の独立の維持という側面から見て来た。


かつてフィンランドを侵略の対象とした、軍事大国としてのソ連という隣国との関係が話題の中心となっている。

軍事力の整備状況の進展と、その際の軍事戦略のあり方に焦点を当てながら論じて来たが、外交のあり方にも言及して来たつもりだ。

ソ連の軍事戦略に組み込まれながら、ソ連軍に対抗しうる軍事力を育成すること。それが戦後フィンランドの課題であった。

1980年代を通じて、フィンランドは、当初からの目標であった軍事力レベルの確保を達成する。



一方で、フィンランドが組み込まれていた(フィンランドに限ったことではなかったが)東西冷戦状況もまた、1980年代の終わりには変化しつつあった。

1989年に至り、ついにベルリンの壁は崩壊する。

1991年にはワルシャワ条約機構は完全に解体され、同年12月には国家としてのソヴィエト連邦自体が消滅してしまった。世界を覆っていた、冷戦という状況は終焉を迎えたのである。

東西対立の終焉は、国際的に平和と軍縮の可能性の到来を期待させるものであったが、フィンランドの軍備に関する基本政策変更はなかった。

ロシア帝国の支配から独立し、ロシア帝国の継承国家としてのソ連の侵略と戦い、戦後はソ連の軍事的外交的戦略に組み込まれながらも、ソ連に対抗しうる軍事力の育成を続けてきたのがフィンランドという国家であった。冷戦は終結しても、ソ連の継承国家としてのロシア連邦共和国は依然として強大な軍事力に支えられた隣国であり続けているのである。

冷戦終結にもかかわらず、強大な軍事力を保有した自国の独立を侵害する可能性ある国家と、長い国境線を共有しているという状況には変化は無いと判断する理由はあると思えるだろう。1990年代に入っても、フィンランドが軍縮という選択をすることはなかった。


かつてのソ連との友好協力相互援助条約は1992年に破棄されている。

フィンランド空軍は、米国製F−18戦闘機の購入配備に着手する。

1992年1月20日に、フィンランドがロシア連邦共和国との間に結んだ新たな条約には、2国間の軍事的協議義務の記述はない。米国製戦闘機購入の障害になるものはないのである。


冷戦終了は、かつて「フィンランド化」と揶揄されたような状況からフィンランドを救い出した。独立の維持は守り続けられたにせよ、外交的軍事的に、ソ連の意向への配慮の下に政策決定を余儀なくさせられていた時代は過ぎたということだ。

対等な二国間関係が獲得されたことになる。


しかし、一方で、ソ連との緊密な関係の終焉が与えるフィンランド経済への影響も無視出来ぬものであった。

1980年代の高成長経済は、バブル状況を生み出し、1990年代の初めには、銀行の破綻に至る事態になっていたが、ソ連との関係の終焉もまた、ソ連との貿易に依存していたフィンランド経済に打撃を与えるものとなったのである。

フィンランドは産業構造の改革と、福祉支出の削減を含む政府対応により、21世紀には危機的状況の脱出に成功する。

ちなみに、現在、評価を高めつつあるフィンランドの教育改革もまたこの時期に起源を持つものだ。1992年に既に教科書検定制度が廃止となっており、教育改革の中心人物として語られることになるヘイノネン教育相の就任は1994年のことである。

重要なのは、福祉予算の削減も、脱福祉国家を目指すものとしてではなく、福祉国家としての持続のためと理解されているように見える点であろう。

フィンランドの経験から何を学ぶべきかについて議論する際に見落としたくない側面である。



また、これまでも繰り返し述べてきた、国際紛争発生に際しての、フィンランドの国連によるPKOへの一貫した協力姿勢と共に、仲介外交に代表される非軍事的努力もまた、一貫して続けられて来たものだ。

冷戦終了後の特徴は、チェチェン問題へのロシア非難を伴う介入など、これまでのソ連時代では不可能であった対応が出現したことであろう。

紛争処理に当たってのフィンランドによる非軍事的努力は、冷戦終了後、これまで以上に国際間の信頼を得るものとなっている。



さて、では、21世紀もなおフィンランドは軍事力の増強を目指しているのだろうか?

答えはNOである。


正確には、軍事的脅威への評価の変化に基づく、軍事戦略の変化ということになるだろう。

それは、在来型の戦争、国家の正規軍同士の戦闘による戦争の可能性の低下という、1990年代以降の紛争のあり方の変化がもたらす、認識の枠組みの変化によるものだ。

アフリカの内戦状況、そしてテロという非国家的な、しかし国家を対象とした暴力手段の登場は、低強度の不正規戦こそが新たなリアルな脅威であるとの認識をもたらした。

防衛体制構築の前提も大規模攻撃への対処から、限定的攻撃への対処の比重を大きくしたものへの変更され、動員力より緊急の即応性が重要視されるようになる。

もちろん、徴兵制度に支えられた防衛縦深が存在意義を失ったわけではない。しかし、紛争形態の変化に対応し、国防力の重点が変更されたことも確かなことなのである。

具体的には、陸軍兵力の削減として現実化するものだ。それは、兵器の近代化は続けつつも、兵員の削減を進めるという形をとる。

一方で、海・空軍力規模については現状維持である。

あくまでも防衛のための軍事力という選択からの帰結であろう。存在するのは、あくまでもリアリズムなのである。




フィンランドはフィランドであり、日本は日本である。そこにあるのは異なった歴史的経験であり、異なった歴史認識であり、異なった現状認識である。


しかし、フィンランドの持つリアリズムに学ぶべき点はあると、私は思う。

日本人の想像力を鍛える上で、日本人のリアリズムを鍛える上で、フィンランドの経験から学べることは多い、と思う。

フィンランドは日本から何を学ぶのであろうか?

フィンランドは日本から何を学べるのであろうか?

いささか気になる点である。まぁ、私にとっての話だが。


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