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8月15日、何を記念し何を祈念する?

2008/08/15 21:23

昭和二十年八月十五日という日付を、現在、私たちは、あの戦争(大東亜戦争、あるいは太平洋戦争、第二次世界大戦等々、どのように呼ぶべきかという問題は別に論じるとして)の「終了」と結びつけて考えてしまうようになっている。

実際、一般には「終戦記念日」と呼ばれているし、リアルな認識を尊ぶ人々からは、「敗戦記念日」という言い方もされている。


「終戦記念日」にしても、「敗戦記念日」と呼ぶにしても、その日をもって戦争が終結した、あるいは戦争に負けたという認識を持つことにおいては共通している。



しかし、ポツダム宣言の受諾の日付は8月14日であるし、降伏文書への調印は9月2日のことだ。敗戦による占領状態の終結を、戦争状態の終了と考えるなら、昭和26年9月8日の「サンフランシスコ平和条約」締結の日付となる。

「戦争」は国家間における出来事であり、戦争の終結が軍事的・外交的に語られるべきであるとすれば、あの戦争の終結の日付は、8月14日あるいは9月2日または9月8日とされるべきであろう。

つまり、戦争とは対外的な出来事である以上、交戦国との関係を抜きに、その開始も終了も考えることは出来ないはずなのである。

そのような意味で、昭和20年8月15日という日付は、対外的には何かがあった日付ではない。

それは、前日付けのポツダム宣言の受諾を、国民(あるいは臣民)に対し、昭和天皇が自らの声(録音)で告げるラジオ放送があった日付であった。つまり、対内的には意味を持つ日付ということは出来る。

しかし、軍事的に考えれば、大本営から帝國陸海軍へ向けての停戦命令が出されたのは、8月16日のことであり、そのような意味では8月15日に戦争が終了していたわけでもない。



…というような話は、別に私の創見ではなく、佐藤卓巳/孫安石編『東アジアの終戦記念日』(ちくま新書2007)に書いてあることを紹介したまでのことだ。


同書によれば、事態は更に複雑である。


国家間の出来事として「戦争」を考えれば、日本ではない他国では、あの戦争の終結の日付をどのように理解しているのかという問題が浮上して来る。

ミズーリ号上での降伏文書調印の相手としての交戦国においては、その日付である9月2日が対日戦勝記念日として、戦争の勝利による終結を記憶に刻み込むべき日となっている(ソ連、中国、モンゴルでは9月3日付だということだが)。

大日本帝國の植民地支配下にあった、朝鮮半島の南北の国では、どちらも8月15日を、戦争終結と植民地からの解放の記念すべき日付として意味付けている。

しかし、同様に大日本帝國の植民地であった台湾では、台湾総督府から中華民国へと統治権の移管がされた日付である10月25日を、「光復節」として祝日としている。

東南アジアでに眼を向ければ、現地日本軍の降伏あるいは武装解除の日付である9月3日(フィリピン)、9月12日(シンガポール、マレーシア)、9月13日(タイ、ビルマ)が、それぞれの戦争終結の日付であると言う。


国内的にも、6月23日の現地司令官の自決の日付をもって「沖縄慰霊の日」としている一方で、現実の戦闘終了の日付である9月7日も「沖縄降伏の日」として、沖縄の人々には意味ある日付として認識されている。

これには説明が必要であろう。

軍司令官は自決に際し停戦命令を発することなく、兵士への戦闘の継続を指示しているのである。その結果、8月15日を過ぎても軍司令部不在のまま、統制を失った軍により戦闘は継続されてしまったのであった。

沖縄の住民にとっては、8月15日以前に、米軍に制圧された地域では戦争は終結し、未制圧地域では8月15日を過ぎても日本軍による戦闘行動は継続していた。つまり戦争は終わっていなかったのである。




実際問題としても、8月15日が法的に「終戦記念日」とされるのは、1963年5月14日の第二次池田隼人内閣の閣議決定「全国戦没者追悼式実施要綱」を待っての話であり、その名称が正式に「戦没者を追悼し平和を祈念する日」となったのは、1982年4月13日の鈴木善幸内閣の閣議決定においての話なのだと言う。




別に、ここで、8月15日を「記憶すべき日」と考えるべきではないと主張するつもりはない。

しかし、その日付が特別に意味を持つようになる歴史的経緯への想像力は持っているべきだとは思う。

それは、あの戦争自体の多面性を見失わないことにつながるはずだ。

『東アジアの終戦記念日』はその意味で、実に示唆的な一書である。



歴史とは様々な当事者により形作られるものだ。それぞれの当事者により語られる歴史は、当然のことながら一面の真実に止まるだろう。

自身にとっての歴史の語りに決定的に欠けてしまうものが、他者による歴史の語りの中には見出せるはずである。

本気で「平和を祈念」するのなら、他者の語りに耳を傾けなければならない。



Binder: 現代史のトラウマ(日記数:666/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    やわらか☆不思議猫
     2008/08/15 23:32
    終戦日じゃなくて終戦「記念」日だからニャ〜〜(-。-;)

    ではでは、みんなで みんぎーしゃん あっ(-m-) みんなでハピハピ〜〜〜

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2008/08/15 23:43
    やわらか☆不思議猫様


    さすが、「記念活動」と「祈念活動」を語らせたら、

      右に出るヒト、いや右に出るネコはいないのでございます。

  • Comment : 3
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2008/08/16 00:40
    うーむ
    むむむっ
    たとえば、あるところに結婚を誓ったお二方がいたとして、その二人が婚姻届けに「調印」した日が『結婚記念日』?
    それとも、後日執り行われた結婚式の日が『結婚記念日』?

    ま、どっちでもいいですけど‥

  • Comment : 4
    たぬき男いたち男
     2008/08/16 05:16
    いやぁなんとも云い様のない、悲しい「結末」となりそうだな。

    やっとの話「通常モード」に返れた「ウマシカ氏」は、どうやら

    「私」に拒絶反応を起こし始めた様だな。「同盟」も今まで良く

    持ったものだ。これもヒトエに手を変え、品を変え演出に心配り

    してくれた「氏」の奮闘あっての事だ。実に有能なアシスタント

    だったよ。改めてありがとう。しっかし、これで「幕」とはタチ

    の悪い「冗談」に思える。「これっきり、これっきりですか〜」

    と云う山口百恵の歌を思い出すな。しばらく冷却期間を置いて、

    改めて考え直すのに良い機会だ。「同盟」はあくまで温存する。

    まぁ落ち着いて見れば、愚かな「結末」だと思うが。「氏」も又

    気持ちを取り戻して、「同盟」の再建を考えてくれ。これで全て

    チャラにしてしまうのは余りに惜しい。じゃ取り合えずあばよ! 

  • Comment : 5
    たぬき男いたち男
     2008/08/16 05:39
    そうそう、「 star_collider 」の方も真面目に考えて欲しいな。

    決して「損」はさせない話だ。「氏」がなにがなんでもイヤだと

    云うのなら、あきらめて置くがね。「私」を嫌ってはいけない。

    「私」もあえて嫌われない様に、立ち振る舞いを考え直そうか。

    なんとも難しい「課題」だが、なんとかするさ。どうともなれ!

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2008/08/16 12:16
    Mr.Dark 様


    「終戦記念日」の場合、
    翌昭和21年8月15日の新聞記事からは、
    特別な日であるという認識は読み取れない。

    戦後の数年(十数年?)という時間の流れの中で、
    事後的に、回想の視線の中で、
    特別な一日としての地位が固まっていった。

      …というようなことであるらしい。



    当時の日記を読むなんて作業をして来た際にも、
    つい、8月15日を、
    一つのクライマックスとして読んでしまっていたけれど、
    あらためて読み直してみれば、
    確かに、昭和20年の時間の流れの中では、
    その日を境に「戦争終結」の認識が生まれたというよりは、
    徐々に浸透していったという印象もある。
    長く続いた「戦時体制」に、
    すっかり慣れきってしまっていたものだから、
    「平和な状態」への想像力すら失われていた、
    ということもあるのかも知れない。

      …というようなことまで考えたりするわけでございます。

    (ちなみに昨年の8月の日記には、
      昭和20年当時の様々な人の日記の紹介記事があります)

  • Comment : 7
    umasica :桜里
     2008/08/16 12:48
    たぬき男いたち男様


    別に、
    たぬき男いたち男に「拒絶反応」があるわけでもなければ、
    「嫌って」いるわけでもない。

    コミュニティのアシスタントとしては、
    アラシに転化する可能性を秘めた心臓肥大氏に対し、
    友好的な関係を築くことによって対処することに成功した。
    その一方で、
    コミュニティのオーナー自身が、
    アラシを展開するという状況に直面させられることになった。

    しかし、どちらも終了し、必要な仕事は終わった。


    その間の過程で、
    傍若無人な墓穴掘りの「たぬき男」とは異なる、
    「いたち男」というキャラクターと出会うことが出来た。
    たぬき男いたち男のアラシ問題は、
    こちらが介入し対処する必要ある問題から、
    たぬき男いたち男自身が、
    自分自身で考え対処すべき問題へと変化した。

      …というわけだ。



    「世間」なんてものに合わせる必要はないし、
    マジョリティーの掲げる「常識」に従う必要もない。
    そんな連中を相手にして、
    「ごもっともです」なんてセリフを吐かないのが、
    私自身の基本とする生き方ではある。

    しかし「たぬき男」が、
    「お子様」なままなアイデンティティーにこだわり、
    つまらぬプライドにこだわり、
    他人への暴言を吐き続ける自分にこだわるならば、
    私の支持は得られないだろう。

    「世間」の「理不尽」に対する闘いへの支援はするが、
    「たぬき男」の「理不尽」を支援するつもりはない。

    もちろん、
    「たぬき男」が経験から学び、
    これまでの自分を変えようとするならば、
    「いたち男」と共に、
    今後の「たぬき男」にお付き合いするつもりはある。



    いずれにしても、
    私の問題というよりは、
    たぬき男いたち男自身の問題だ。

  • Comment : 8
    あつこ
    あつこさん
     2008/08/16 14:20
    おひさしぶりです!
    8月15日は、聖母被昇天祭ですから、、、世界中のカトリック教徒が
    お祈りしてくれていますから、平和祈願にはとても 良い日だと
    いつも 思っていました。
    両親が 初めてヨーロッパに遊びに来てくれた(飛行機の出発日)
    日でしたが、落ちるとかの 語呂合わせらしく、飛行機の中は
    がらがらだったそうです。
    今では、そういう 縁起かつぎなどは しないと思いますが、、、

  • Comment : 9
    umasica :桜里
     2008/08/16 21:05
    あつこ様


    お久しぶりです。


    「聖母被昇天祭」となれば、確かに特別な日付ですね。

    こちらでも、お盆の最中。
    死者を思うにはふさわしい時ではあります。


    実際に、昭和14年からは、
    8月15日は、「戦没英霊盂蘭盆会法要」が実施され、
    それがラジオで全国中継されていたという話です。

    そういう意味では、
    戦没者の追悼には、ふさわしい日取りでしょうね。

  • Comment : 10
    たぬき男いたち男
     2008/08/16 22:09
    なるほど、「ウマシカ氏」は個人的に「拒絶感」を持たない。

    それは素晴らしい「朗報」だ。「私」としては、「氏」の打つ

    「同盟退会」の「三行半」を付き付けられた間々、それでもう

    一切「終幕」かと思わされたが、どうやら「首」は皮1枚で、

    なんとかツナガッテいる様子にすっかり安心した。「私」は

    「ウマシカ氏」に憎まれてはいない。それだけで充分である。

  • Comment : 11
    たぬき男いたち男
     2008/08/16 22:25
    ついでに云えば「いたち男」は夏バテでウダッテいる様子だよ。

    「奴」の説教にはウンザリした。つまり殺されたのは「ジキル」

    であって、「ハイド」ではないんだ。残念だったな。いやなに、

    「奴」をここへ無理やり引っ張って来る事は可能だが、ちょっと

    又しても問題を起こすので、「私」としては若干不愉快に思う。

    「いたち男」を見掛けたら、是非教えてくれ。ブン殴ってやる。

  • Comment : 12
    umasica :桜里
     2008/08/17 00:01
    たぬき男いたち男様


    >「いたち男」を見掛けたら、是非教えてくれ。
    >ブン殴ってやる。

    「たぬき男」が「いたち男」を「ブン殴」る光景。
    想像するだに楽しい。

    思いっきり殴ってみなよ。
    思いっきり痛い目に遭っている「たぬき男」がいるはずだ。

    自分と折り合いを付けろ、ってことだな。

    「たぬき男」の一番の障害は「たぬき男」だ。

    「たぬき男」にとっての一番の邪魔者は、
                     「たぬき男」だってこと。


    ヤツが少し利口になるだけで、
      「たぬき男」の願いは、かなり叶うようになる。



    簡単な話なんだが、
    実行出来るのは「たぬき男」だけだ。

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