東亜安定ニ関スル帝国積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝国ノ存立亦正ニ危殆二瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破砕スルノ外ナキナリ
昭和十六年十二月八日、「宣戦の大詔」では、対米英開戦の理由はこのように説明されていた。「今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破砕スルノ外ナキナリ」ということである。
とは言うものの、米英により、大日本帝國の国境線が侵されていたわけではない。つまり大日本帝國に対する侵略行為への「自存自衛」、という主張がされているわけではない、ということである。
「自存自衛」の名目で、外交上の問題を、国境線の外部での軍事力行使により解決するという選択に、説得力はあるものだろうか?
国際連盟が誕生し、不戦条約が国際法の中に位置を占めるという、第一次世界大戦後の世界の中では、いささか時代遅れな発想であったと言えるだろう。
…と言いつつも、まさに第一次世界大戦後の世界秩序の中に登場した、ファシスト・イタリア、ナチス・ドイツ、そして大日本帝國は、軍事力の行使による国境線の拡大を、「世界新秩序」構築の原理として位置付けてもいたわけだ。
外交上の問題の解決に、軍事的手段を用いることを禁止しようという流れの一方で、軍事的解決を当然視する国家群が存在したのが、第一次世界大戦後の世界であり、後者により次なる世界大戦が開始されることになった。
しかし、ファシスト・イタリアもナチス・ドイツも、そして大日本帝國も、第二次世界大戦と包括的に呼ばれる戦争の勝者となることはなく、戦後世界の秩序設計においては、国境線の侵犯=侵略行為として、国際法上での禁止が再確認された。
少なくとも、20世紀後半の世界においては、「自存自衛」を名目とした軍事力による国境線侵犯行為は、容認されるものではなくなっていたわけである。
そのような意味で、戦後世界の常識という観点からすれば、「宣戦の大詔」の文言に説得力はないと言えるだろう。
しかし、21世紀を迎え、米国によるアフガニスタン侵攻、そしてイラク戦争という、国境線外における、「自衛」を名目とした軍事力の行使が現実の出来事となってしまった。米国の国境線が、アフガニスタンあるいはイラクの軍隊によって侵されたわけではない。その可能性すら存在しなかった。
しかし、「自衛」を名目とした「先制攻撃」が、ブッシュ政権の論理として採用されてしまったわけである。かつての大日本帝國の対米英「宣戦の大詔」の論理と異なるところのないもの、と言うことも出来るだろう。
少なくとも20世紀後半の戦後世界(もちろん、その起源は第一次世界大戦後の世界秩序構築の試みに発するわけだが)において、ナンセンスな文言と化していた「宣戦の大詔」の論理は、皮肉にも21世紀のアメリカ合衆国により再発見されることとなったわけだ。
もちろん現在では周知のことであるが、東條内閣による対米英開戦という選択は、その「帝國の自存自衛」という名目とはまったく逆の、ポツダム宣言受諾による大日本帝國の敗北という帰結をもたらすこととなった。
結果論から言えば、そして政治的決定の評価には結果論しかないわけだが、東條内閣による対米英開戦の決定はまったくの誤りであったという以外の判断は、不可能である。
帝國の「自衛」はおろか、「自存」すら侵される結果となったわけである。
しかもそこには、250万の新たな英霊の犠牲が伴われていたのである。そして交戦国の軍人兵士、数多くの現地住民、そして大日本帝國の多くの民間人の犠牲も顧慮されなければならない。
帝國の自存自衛の失敗と共に、実に多くの戦争による犠牲者の存在に、東條内閣は責任を負わなければならない。もちろん、誰よりも東條英機その人の責任は大きい。
戦後の「東京裁判」において、東條英機はA級戦犯として裁かれ、絞首刑となった。しかし、そこで裁かれたのは、交戦国であり戦争の勝者である連合国の視点による、東條英機の責任であったに過ぎない。
大日本帝國に対する、大日本帝國の天皇に対する、大日本帝國の国民に対する、大日本帝國の兵士として死んでいかざるを得なかった者達の無念に対する責任が問われたわけではないのである。
大日本帝國の兵士として、戦争の犠牲となった人々を追悼することは当然のことである。
しかし、同時に、「自存自衛」すら叶わず、国内国外に多くの犠牲者を出してしまった戦争への反省の機会と場を設けることも大事なことだ。後に続く者として当然果たすべき行為であるはずではないか。
あの戦争を批判することと、戦没兵士への追悼の必要性は分けて考えなければならない。
大日本帝國の軍事行動の犠牲者となった他国の人々の存在を忘れてはならないことは確かであるが、犠牲となった日本人への追悼も必要なことなのである。
そして、英霊として靖国神社に祀られることとなった兵士達のことを考えれば、開戦の責任(そして必然としての敗戦をもたらした責任)は問い続けられなければならない、はずだ。
誰よりもその責任を負わねばならぬのは、東條英機その人である。
政治家であり、軍人であった人物、首相にして陸軍大臣であり参謀総長であった人物が、その責任を負わねばならぬのは当然のことだ。
その責任が、追求し続けられなければならぬのもまた当然なことであろう。



