意図的であるかどうかは知りません。内容が題名を裏切っている、とまでは
いかないにしろ、内容と題名がズレている本があります。料理の本だと思って
いたら人として生きる道を説く本だったり。(老)人として生きる道を説く本だと
思っていたら。料理の本だったり、品格を教えてくれるはずの本が実は……
と、まあ、例は尽きません。
と、こんな書き出しで始まるのだった。
高田里恵子 『男の子のための軍隊学習のススメ』 (ちくまプリマー新書 2008)の話だ。
著者、高田里恵子のファンである。
頭がよくていぢわる。
目配りがよくていぢわる。
人の感情のひだまで見通しながらいぢわる。
人間の弱さをあくまでも容認しながらいぢわる。
…と、まぁ、「いぢわる」という言葉を連ねてしまったが、やはり、その「いぢわる」さが魅力なのだ。
『グロテスクな教養』(ちくま新書)、『文学部をめぐる病 教養主義・ナチス・旧制高校』(ちくま文庫)、『学歴・階級・軍隊 高学歴兵士たちの憂鬱な日常』(中公新書)と、冴え渡る著者のいぢわる振りを読みついで、今回は「ちくまプリマー新書」でも期待に違わず「いぢわる」炸裂である。
「品格を教えてくれるはずの本が実は……」というあたり、もうそれだけで、うれしくなってしまう。まぁ、この一節を呼んで、筆者の「いぢわる」に思い至らない人には、全編「いぢわる」でもなんでもないものに過ぎないのかもしれない。
で、本書においても題名と内容はズレています。実は料理の本なのです。
などというのは冗談ですが、ズレていない書名をつけるとしたら「軍隊小説を
百倍楽しむ法」とでもなるでしょうか。わたしは日本の軍隊や兵士をテーマに
した小説や体験記を読むのが好きです。それどころか最近は、若い人たちに
もこの軍隊小説の魅力をぜひ伝えたいと、文字通りの老婆心をもってしまっ
たというわけです。
と、著者は続く文章で、執筆の動機を説明している。
そして、しばらく続く文章を、
戦後小説史のなかで、帝国軍隊やあの戦争を描いた作品群が占める場所
は小さくありません。大袈裟に言えば、日本や日本人というものを考えさせて
くれるのが軍隊小説です。先ほどから「楽しむ」という言葉を気楽に使っていま
すが、むしろ楽しめないところにこそ、この読書の妙味があると言えるでしょ
う。
優れた軍隊小説を読んでみませんか。その読書の方法を伝授します、など
と言っている本書をまず読んでみませんか。それは、ひいては人間がどう生
きていくかの話につながるかも知れません。あっ、これはやっぱり料理の本
か……。
という言葉で終えている。
軍隊というものは、戦争を前提とした存在だろう。
しかし、平時にも軍隊は存在するし、戦争中であれども、戦場を離れた兵営での生活というものがある。
基本的に、高田里恵子により選ばれているのは、そんな、兵営における軍隊(あるいは捕虜収容所における軍隊)の姿を描いた作品である。
軍体内における人間関係が主題となる作品群であるわけだが、いわば究極の日本的組織としての軍隊における人間関係に、まさに「大袈裟に言えば、日本や日本人というものを考えさせてくれる」素材が詰め込まれているということになるわけだ。
高田里恵子は、時代的変遷も見逃さない。
要するに、日中戦争から米英との戦争へと進行し、軍隊が恒常的に人員不足へと陥る中で、徴兵対象が拡大される。つまりそれまでは兵役不適格者と評価されていた人間達をも兵士として取り扱わざるを得ない状況に追い込まれるわけだ。
結果として、日本社会の元来持っていた可能性が、凝縮された姿で、兵営の中に現実化することになる。
多くの軍隊小説の背景にはそのような状況があること、つまり、そこに見出されるのは日本の軍隊の、必ずしも恒常的な姿なのではなく、ある追い詰められた状況下に現実化してしまった姿なのであるということ。
それを指摘した上で論を進める高田里恵子の姿に、私は大きな信頼感を感じる。
何人もの作家の作品が取り上げられているわけだが、富士正晴の『帝国軍隊における学習・序』が、その中心の一つとして位置していることは、私にはとりわけうれしいことだった。
私は富士正晴のファンであり、『帝国軍隊における学習・序』は名作であると信じているからだ。
本文中の引用から引けば、
おれのようなものを引っ張り出さんならんようでは、日本もよっぽど兵隊が
品がすれになったらしい。わたしは招集される自分を気の毒とさらさら思わ
ず、大日本帝国が気の毒であった、ほんの少しだけ。
ということになるが、富士正晴のような自覚的兵役不適格者(それも当時31歳!)を召集せねばならぬほど追い詰められた「帝国軍隊」の世界が、高田里恵子により、見事に描き出されているのである。
冒頭に引用した「はじめに」の続きには、
日本の軍隊には特殊な用語があって、物干し場のことを「ブッカンバ」、発熱
のことを逆さにして「ネッパツ」、洗面のことを「メンセン」と言ったりしたそうで
すが、そうした「軍隊オモシロ豆知識」的な話はしません。「戦争は二度と起こ
してはいけないと思いマース」といった内容を直接的に主張することもしませ
ん。この件については、「ちくまプリマー新書」のライバルである(らしい)ジュニ
ア向けの新書にお任せいたします。
じゃあ、この本を読んで何を考えたら(読後感想文でどういうもっともらしい
発言をしたら)いいかって、お訊きですか? まずは、いろいろな経験、いろい
ろな見解、いろいろな悲惨があるものだなあ、と思って下さればいいです。
とある。
この、
「戦争は二度と起こしてはいけないと思いマース」といった内容を直接的に主
張することもしません。この件については…
という記述にまさに著者の「いぢわる」が宿っているわけだが、それを「いぢわる」と呼ばずに、センチメンタルなアジテーションの排除と評価しておきたい。
筆者は「想像の中の男の子」に向けて書いている、と書いているのだが、その上で、
みなさんも、たとえロマンスグレーのおじさまや妙齢のお嬢様であっても、ど
うか、わたしの想像のなかの男の子になりきって読んでください。
とも書いている。
「ロマンスグレーのおじさま」というよりは白髪混じりのオッサンが、高田里恵子の「想像の中の男の子」になりきれていたという自信はない。
けど、この読者、十分に楽しんだことは確かだ。





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片付けを放り出して長々と書いてしまった。
(今日、仕事の合間に読んでしまった)
反省はするが行いは改まらない(だろう)。