自分の失敗を、誰かのせいにする。
誉められた話ではないと思う。プライドがあるなら、してはいけないことだろう。
今回も、
我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937年8月15日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。
(http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf)
という、田母神氏の文章への感想だ。
別のところでは、田母神氏は、対米開戦の決定を、ルーズベルトのせいにしている。
プライドがあるなら、他人のせいにするな。
政治的過程において、様々な駆け引きをし、深慮遠謀をめぐらすことは当然なのであって、その能力に欠けることは、政治家としての力量不足を示すに過ぎない。
蒋介石のせいで日中戦争に引きずり込まれ、ルーズベルトのせいで対米開戦をさせられた、あるいはコミンテルンのせいで戦争をすることになった、などという主張は、単に主張している当人の政治的想像力の未熟さと、擁護されている大日本帝國の政治指導者の政治的力量不足を露呈してしまうものとなるだけに過ぎない。
プライドあるナショナリストなら、恥ずかしくて出来ない類の話である。
しかし、その田母神氏は、そんな内容の「論文」で賞金300万円をゲットしてしまったわけだ。要するに、審査委員も、賞の主催者も、田母神氏の礼賛者達も、プライドあるナショナリストではなかった、と考えておくべきなのだろうか?
存在するのは、大日本帝國の政治的・軍事的指導者に比しての、蒋介石の政治的・軍事的力量及びルーズベルトの政治的構想力の卓越さなのである。
実際の政治的・軍事的決定過程を支配していた大日本帝國の軍人達には、戦術的にも戦略的にも、低い評価しか出来ないということだ。
肝心の点から目をそらし続ける限り、歴史から何かを学ぶということは出来ない。
負けた戦争の反省という点において、自らの側の力量不足を問うことなく、相手が強過ぎたから負けたのだ、強過ぎた相手がズルイ、なんて言ってしまっては、あまりにみっともないのではないか、と私は思うのだが、田母神氏や田母神氏の礼賛者達には、そのような発想はないのであろうか?
…というか、負けた戦争をもたらした大日本帝國の指導的軍人達に特徴的であったのが、すべてにおいて自分に都合よく考えるという精神であった、ようにも思えるわけだ。
事実関係を冷徹に分析することが出来ず、希望的観測にすべてをゆだね、論理的整合性や合理的判断を軽視した精神主義に陥った果てに、歴史的に未曾有の敗戦という結末を迎えてしまったのだと考えることこそが重要であろう。
そのように考えた時に、田母神氏とその礼賛者達の発想が、実に、かつての大日本帝國の軍事指導者達の似姿であることに気付かされる。
すべてに自分にのみ都合よく考えるという精神のあり方。
亡国に至る精神である、と私は思う。
少しはプライドを持ってくれ、それが彼らへの私の願いである。







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ご趣旨には率直に賛成です。
我々は騙されたのであって、負けた訳じゃない、・・・と、論理的に解く事もなるほど、確かに出来そうです。が、所謂大東亜戦争は実際問題としては、徹底的なボロ負けだった。
こんな壊滅的な国家的な敗北が何故帰結してしまったのか、という事への厳しい論考が成されていない、という意味では、「田母神論文」は、単なる意見陳述、私見吐露の範疇を超えない、と、確かに言えるでしょう。
しかしながら、その上で、僕が田母神氏を論難する気になれないのは、幕僚長という役職に就く者がこういう私見を大変素直に表明したという事への、一種の爽快感です。
今現在のわが国の政治的防衛論議を見てください、権利はあるが行使出来ない集団的自衛権、とは、いったい何でしょうか。
また、あのような対米戦争の帰結(徹底的なる敗戦)として、よく指摘されるような、東京裁判史観、レトリックと欺瞞に満ちた自虐史観を7年にも渡る占領政策によって刷り込まれたわが国の戦後精神史の歩み、という認識が、田母神氏の意見陳述の背景にあると思います。
アメリカとわが国との関係が始まったのは、黒船以来。先の敗戦時、降伏文書署名の際、ペリーが当時持参したアメリカ国旗を飾ったというのは意味深いと思います。
私たちが戦後史と日本という国の真のアイデンティティーを探る上で、明治維新前夜から連綿と続く欧米列強とアジアという位相をしっかり捉える事が大切だと思います。
これからもよろしく !