お手本

お手本

19・11・27

今朝のメッセージは、未来社会の様子を、神が少しだけ示して来た様に想える映像であった。其れは、私の中学校時代の同級生が3名現れた。其の場所は、其の内の1人である白浜繁君の自宅事務所であった。白浜君は、現在屋久島の安房で自動車整備工場の社長をしている。其の白浜君の事務所の机に4名が集まり、次の同窓会の準備の打ち合わせを始めた。其の場面の様子は、厚紙ぐらいの薄さのパソコンを、机の上に置いて作業をするところである。其れは、パソコンの性能が格段に上がり、携帯電話をB4紙ぐらいの薄さに広げて、全ての情報通信が可能に成る物の様であった。

そして、其のパソコンは、使用した後机の前方上に張った紐にぶら下げて吊るして置けば、テレビ電話の役を果たすらしいのである。そして、其の紙の様なパソコンは、紐に2枚吊るされていた。右側の方は、此の三次元世界の人間相手に、様々な情報の遣り取りをするもので、左側の方は「精神的・宗教的」な情報基地1箇所だけと、繋がっている物である。

其の、2つに別けられているパソコンの機能は、四次元世界の情報と、三次元世界の情報をハッキリと別けて、宗教の世界と、経済活動をハッキリ分離する事が、大事である事を示しているのだろう。

其れは、私が23年前に、神のメッセージで「四次元」と「三次元」の働きは分離して行なえと、最初に指示された事が、現実世界に物の形で再び示されて来た事になる。

其の分離は、「経済活動」と「宗教活動」の分離だけではなく、「政治」と「宗教」も完全に分離して、精神的な活動組織には如何なる宗教の概念も持ち込んでは成らないと言う事である。

其の宗教的世界は、現在有る宗教の事ではなく、正しい教育機関の事である。本来の教育とは、人間が如何に正しく生きて行くかに付いて、子供の時から学習の場を提供する事である。其れは、正しい言葉の使い方や、社会行動の在り方、其れに人間として美しい立ち振る舞い・仕種を身に付ける事である。そして1番大事なことは、宇宙の真理と自分の存在意義を確かめて、自分の人生の確立を図る事である。其の事が、身に付いた者が、社会の指導者と成って行かなければならないのだ。

其の事は、私が此の世界に入って1番先に示された事なので、其れに付いては23年前から人々に伝えてあるし、其の準備として叩き台に成るHPは既に創って有る。其れは、精神的な世界は「四次元プログラム」で、三次元的な世界は「水素原子管理」である。其の言葉・単語は、23年前に私が此の世界に入った瞬間に、其の侭私の口が師に向かって無意識で発した言葉である。だから、神が人間に対して、1番認識して欲しい事なのであろう。「四次元プログラム」http://www17.ocn.ne.jp/~yjj/

「水素原子管理」http://www16.ocn.ne.jp/~yjj2/

今朝のメッセージの映像の場面には、未だ他にも意味が有った。其れは、白浜君が今は自動車整備工場の社長をしているのに、出かける時の乗り物は自転車なのである。其の意味は、自動車の整備工場が必要無く成るか、皆が出来るだけ自転車を使用する様に成るとかを意味しているのだろう。其れに、情報流通が格段に安く行なわれる様に成るので、人間の行動範囲や社会活動が少なく成るとの事なのかも知れない。其れは、省エネ社会が実現すると言う事である。其れに、故郷の暮らしが、1番大事にされる社会が再来するとの意味も含まれているのであろう。

そして今朝は、最後に「お手本」との言葉が伝えられて来た。其れは、昨日の観音菩薩の右手に関係しているのであろう。其の意味は、私の生き様が、其のまま観音菩薩の右手の働きをしており、私の生き方其のモノが、新しい人間社会の手本と成るとの事であろう。

其れは、近代社会において、釈迦牟尼佛や老子の様に、生きる事である。釈迦牟尼佛は、教団を創ったり宗教的な儀式を行なったりする事を厳禁しているし、老子は惟自分の考えを僅か5000字に纏めて残しただけで弟子の1人も採ってはいない。其れは、自分自身が惟正しく生きただけである。

幸いにして、私は、宗教を起してはいないし、弟子の1人も持ってはいない。其れは、釈迦牟尼佛や老子の生き方をお手本にしている事にもなる。此の23年間は、イエスが弟子に向かって云った様に説法の旅らしきものもして来たが、是からは、其れさえ必要ないのだろう。私はこうして、毎日パソコンに向かい、十一面観音菩薩の1面か、千手菩薩の1手を担って行けば良いのである。其れが、私成りの、手本としての在り方に成るのではないだろうか。其れが、24年前に、師が私に書いてくれた書き物の意味なのであろう。

ナニモナサザルナ ソノママデヨイ


自 然 無 為

達人が平凡に生くること

こそ本科なり

カンヨウ

必要

こそ道

無庵記

ようやく、孫悟空物語の三蔵法師を超える処まで来たのだ。もう観音菩薩の掌の中で、のた打ち回る次元を過ぎたのだ。

平成19年11月27日

                 礒 邉 自 適


Tags: なし  /  宗教 | 分離 | 釈迦牟尼 | 社会 | 白浜 | 老子 | | 世界 | | 手本
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