モーゼの墓とキリストの墓
奴隷となっていたユダヤ民族をエジプトから解放して「出エジプト」を成し遂げ、現在のイスラエルの地にユダヤ民族を導いた聖者モーゼの墓は、モーゼが死んだとされる地にはない。
聖書の申命記第34章5節〜7節に
「こうして、主の命令によって、主のしもべモーセは、モアブの地のその所で死んだ。
主は彼(モーセ)をベテ・ペオルの近くのモアブの地の谷に葬られたが、今日に至るまで、その墓をしった者はいない。
モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。」
とある。
実はモーセが、死んだことにして後事をヨシュアに託して、日本にもどってきているという伝説がある。シナイ山に登ってヤハウェの神から「十戒」を授かったというのも、実は天の浮舟に乗って、日本にきて神の掟である十戒を授かって、ユダヤ民族に与えたと言うのである。
「モーセが死んだときは、…彼の目もかすまず、気力も衰えいなかった。」とある事がそれを暗示しているという。ピスガの山の頂から、ユダヤ民族に与えられた土地をみて、イスラエルの地には入らず、イスラエルの建国をヨシュアに託して、モーゼ自身は、天の浮舟にのって日本に帰り、天寿を全うし583歳で、日本で亡くなった。そして妃の大室姫と孫とともに石川県の宝達山の麓に葬られたというのである。この墓は現在、三ッ塚とよばれ、石川県羽咋郡宝達志水町河原地内に、「伝説の森公園(モーゼパーク)」として整備されている。平成4年(1992年)地元の人に案内してもらったところ林の中に確かに小さな土まんじゅうといえる円墳が3つかすかに確認できた。そして、その麓の朽ちかけている小さな社に案内された。この小さな社の祭神は、モーセと大室姫と孫の3体であるということであった。麓の別の神社の狛犬を視て驚いた。エジプトのスフィンクスそっくりである。モーセと対決したとされるころのファラオであるラムセス2世が造った古代エジプトのカルナック神殿やルクソール神殿の参道にはスフィンクスが狛犬のように神殿を守っている。そのスフィンクスそっくりなのである。
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| 宝達山の麓の社 (男神2体女神1体を祭る ・モーセの三ッ塚の 祭神であるという) | 宝達山の麓の神社 の狛犬。ここの狛犬はス フィンクスに似ている? | |
竹内文書によれば、イスラエルを去ったモーゼは、ロミュラスとして妃のローマ姫と共にローマを建国し長男のニューマポユヒリウスを残して日本に帰ったという。
ローマの建国神話によると、ロムルスとレムスの双子の兄弟がローマを建国し、ロムルスがレムルスを殺して初代国王となった。前743年4月21日の事とされている。ロムルスは、王として在位39年目に雷鳴と共に天に昇った。モーゼは、ナイル河に赤ん坊の時流されたが、ロムルスとレムスの兄弟も、赤ん坊の時ティベル河に流されたという伝承をもっている。「ローマ」国名は、ロムルスの名からとったという。二代目の国王をヌマ・ポンピリウスといい、哲人・聖者とされている。
キリストは死後3日目に甦ったと聖書に記録がある。その後のキリストはどうなったのであろうか。キリストの墓は、インドのカシミールに在るという説があるが、実は墓の候補地が日本にもある。青森県三戸郡新郷村大字戸来の沢口家の所有地に、二つの土まんじゅうがあり、貴人の墓として沢口家の人に守られてきたのがそれである。昭和53年8月に訪問したときは十字架が墓標がわりに立てられていた。少し下の方の案内板には
「キリストの墓 イエスキリストは二十一歳のとき日本に渡り十二年間神学について修行を重ね三十四歳のとき、ユダヤに帰って神の教えについて伝導を行いましたが、その当時のユダヤ人達はキリストの教えを容れず、かえってキリストを捉えて十字架に磔刑に処さんと致しました。しかし偶々イエスの弟イスキリが兄の身代わりとなって十字架の露と果てたのであります。他方、十字架の磔刑から遁れたキリストは、艱難辛苦の旅をつづけて、再び日本の地を踏み、この戸来村に住居を定めて百六歳の長寿を以て、この地に没しました。この聖地には、右側の十来塚にイエスキリスト、左側の十代塚に弟イスキリを祀っております。以上はイエスキリストの遺言書によるものと謂われております。」
とあった。古神道家の浅見宗平によると、キリストは、来日後、道案内の神猿田彦ともなり、現在、五十鈴川のほとりにある伊勢神宮内宮の地の選定にも功績があったということである。また、この案内板とはちがい実際には118歳でなくなったとされる。新郷村の役場にて、キリストの遺言書といわれる手書きコピーを渡されたことを懐かしく思い出す。現在は、新郷村によってキリストの里伝承館がたてられ、6月にはキリスト祭(昭和39年に始まった)が執り行われ、ユダヤの言葉がなまったと謂われるこの地の盆踊りナニャドヤラが披露されているようである。その他、ユダヤの風習ではないかといわれるものもこの地につたわって来ているということであった。
イスラム教の聖典コーランには、イエスは十字架にかかっていないとはっきり書かれている。
「また、『われわれは、メシヤにしてマリヤの子、イエスなる神の使徒を殺したぞ』などと言った。彼ら(ユダヤ人)はイエスを殺したのでもなく、十字架につけたのでもなく、ただ見きわめがつかなかっただけのこと。」(4−157)
初期のキリスト教徒の中にはイエスが十字架にかかったとは信じない一派があった。
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十来塚 | キリストの里伝承館 |
モーセやイエスが日本に来た理由については、人類発祥の地である日本には、仏教伝来以前に神の掟を伝えてきた古神道があり、それを学びに来たということである。モーゼが、日本に来てからの聖書とは別の十戒に「日の神に背くなかれ、背く者は壊滅すべし。」「天国祖国神の律法守るべし。」等々遺言を残している。天国というのは、日本のこと。聖書にある「天国に昇る」等は日本に来ることと読み替えることが出来るという説がある。中世ヨーロッパの地図は、東が上になっており、セレスと呼ばれた中国の上に、ヘブン(天国)がある。正に日本の位置である。グローバリズムの中で、金や物の亡者となり、『志』を失い亡国の危機にある今こそ、「清明正直」を大切にしてきた日本の伝統回帰を果たすべきではないかと強く思わざるをえない。
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