人民解放軍の銃口
6月4日という日付は、やはり、「天安門事件」を思い起させるものだ。
1989年だから、20年が過ぎたことになる。
人民解放軍の銃口が人民に向けられた日だった。社会主義の軍隊の行為としては、そもそも軍隊の行動としては、珍しいわけではないだろう。
軍隊とは、必ずしも国民の守護者ではないのである。
しかし、「人民解放軍」という名称の軍隊が、人民に対し発砲する姿は痛ましいものだった。
国民の存在が国家を生み出すのか?
あるいは国家があればこそ国民が存在するのか?
…と問うことに意味はあるだろうか?
まぁ、いずれにせよ、国家を否定することは簡単だが、国家に代わる存在を私たちはイメージしえていない。
つまりここには、治安の保障も人権の保証も、国家という存在を抜きにしては成立しないという問題がある。
国家こそが人権を蹂躙し、国民へ発砲する暴力そのものではないか、と言われればその通りなのであるが、しかし、国家以外に強制力を持ち、人権を保障することの出来る機関も存在しないのである。
人権の保障自体が、暴力行使の可能性を排除しない強制力としての国家に裏打ちされているのである。
もっとも国民に対し人権を保証する国家とは、実に最近の出来事なのであるが…
「国民」という存在に支えられた「国家」というイメージ自体が、これまた実に最近のものなのである。っていうのは人類の歴史から見て、という話だが…
今さらのことではあろうが、江戸時代に日本国民は存在しない。
国とは藩のことであったし、その藩内においても士農工商を一括して国民と考えることはしなかった。
統治者と被統治者、支配者と被支配者という関係性が貫かれる限り、そこに「国民」は生まれない。統治者、支配者による支配・収奪の対象として位置付けられる限り、国民としての自負は生じないのである。
どこまでもフィクションであろうとも、国家の主人公であり国家の受益者であるという意識が、国民という自己意識の基盤となるのだ。
法に縛られる存在なのではなく、法を創り出す存在。それでこそ国民なのである。
軍隊を養い、兵士として参加し使役する国民。他国による侵略を撃退し、国民の安全を守る軍隊。つまり、その軍隊の主人は、あくまでも国民なのである。
警察力の主人、それが国民なのだ。
官僚組織の主人、それも国民だ。
それが近代国民国家における、理念としての国民の位置付けである。
代議制による国民の代表が立法府を構成し、そのことが国民が「法を創り出す存在」であることを保証する。
であるからこそ、必ずしも暴力的でない形での法的強制力も生じるわけだ。法とは自分のルールなのである。
もちろん、これまで書いたことは、理念であり、多分にフィクションである。
代議制という手段しか持ちえない以上、法制定への関与は間接的なものでしかありえない。
国民という括りの中にも、利害の対立する様々な集団が存在するのであり、立法府はその利害の調整装置となるわけだが、当然のことながら民主的運営による限り、どの集団の利益も完全には満たされることはない。
非民主的すなわち独裁的運営を採用すれば、特定の集団の利益は最大限に満たされるであろうが、他の集団の利益は打ち棄てられることになる。
1989年の天安門では、人民の利益を代表すると称した中国共産党が、共産党の利害をのみ考えて現実的に振舞ったに過ぎない。
しかし、人類にとっての実に痛ましい歴史的経験であった。





