umasica :桜里さんのマイページ

老眼と自己決定 (16) 脳死を生きる 9

2009/07/02 22:36

昨日は、再び、「脳死を人の死とし」てしまうことへの疑念を述べた。

 


「長期脳死」状態をどのように考えるのか、あるいは「脳死体」が外部刺激に対し示す反応をどのように解釈するのか、といった問題は、現行の臓器移植法成立後に、私たちの視野に入ってきたものであろう。そのような知見が、現在の脳死の定義や脳死判定に対する疑念を呼び起こしてしまうわけだ。

そこに生まれるのは、脳死者の身体を死体として取り扱ってしまうことへの疑念、ということになる。

 

 

いずれにせよ、その根底には、脳の機能の廃絶をもって人の死とするという発想が存在する。それは、人という存在、人間という存在の生死の判断を、身体全体の機能の状態からするのではなく、脳の機能状態の判定にのみ依存させることを意味するのである。

脳という臓器の機能状態が、生死の判断を決定してしまうのである。

つまり、人が生きていることは、その脳が機能している状態として記述されることになる。

人生の途上で、後天的に起きる、脳の機能の喪失。それが脳死なのであり、それを人の死として一般化しようとするのが、衆議院本会議で6月18日に可決された、臓器移植法改正案なのである。

 

 

 

さて、これまでにも、ナチスの障害者安楽死政策について論じて来た。

ナチス時代に先立つワイマール期に出版された、法律家カール=ビンディングと医師アルフレート=ホッへの共著になる、『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』(1920)では、


 1)助かる見込みのない患者〈末期癌の患者など〉。
 2)治療不能な知的障害者
 3)瀕死の重傷者
 

の3つのケースが、法律家カール=ビンディングにより、安楽死の対象として想定・検討され、2)のケースが特に精神科の医師アルフレート=ホッへによる考察の対象となり、ホッヘは知的障害者への積極的安楽死政策の提言者となったわけである。

小俣和一郎の言葉を借りれば、


 ホッヘは、精神医学の立場からどのような患者が安楽死の対象となるのか、について詳述している。その際彼は、「精神的に死んだ状態」の有無を最大の引照基準としている(ホッヘによれば治癒不能の精神障害者の大部分がこれに該当する)。そしてこの精神的死の状態を、さらにつぎの二つのグループに分類している。


 第一群 : 脳の老年性変化、いわゆる脳軟化症(麻痺性痴呆)、脳動脈硬化性病変、若年性の痴呆過程(早発痴呆)

 第二群 : 先天性あるいは生後早期に出現する脳疾患(脳の奇形・発育異常にともなう精神薄弱およびてんかん)


 また、ホッヘはこの著作のなかで、のちにナチスによって抹殺されることになる犠牲者を指し示す二つの新語を作り出した。ひとつはこの「精神的死者」、もうひとつは「お荷物」(Ballastexistenz)である。

 (『精神医学とナチズム』 講談社現代新書 1997)


という議論が、ホッヘにより展開されたわけだ。

 

安楽死の対象として、ビンディングにより指定されたのは、「治療不能な知的障害者」であり、ホッヘによれば、それは彼らが精神的に死んだ状態にある「精神的死者」だからであった。

 

やがて、ナチスの政権下で、精神障害者に対する安楽死が、実際の政策として実行されることになる。

精神的に死んだ状態にあると定義された者は、安楽死させられることにより、実際に死んだ者へと変換されるのである。直接的表現を用いれば、そこでは、精神障害者は、国家の政策により、「殺される」のである。

「治療不能な知的障害者」という、ビンディングにより示された当初の枠組みは簡単に乗り越えられ、広範な精神障害者が安楽死の対象とされ、殺されたのであった。


 

 

今回の臓器移植法改正案では、脳の機能の廃絶状態と判定された患者は脳死者なのであり、既に死んでいることになる。患者は既に死んでいるのだから、臓器の摘出により死ぬことはない。たとえ臓器摘出時に脳死者が暴れようが、それは既に死体なのだから、臓器摘出は殺人行為ではない。

脳の機能が廃絶した「精神的死者」は、既に死者そのものなのであり、安楽死させる必要もないわけである。

 

ナチスの採用した障害者への安楽死というアイディアの論理と、脳死体からの臓器摘出を可能にするためのアイディアを支える用語を混同することは、もちろん、誤りである。

しかし、そこに親和性を見出すことが出来るのも事実であろう。

 

脳の機能の喪失状態を、生から死への転換の指標とすることにおいて、その発想は大きく異なるようには思えない。

 

その発想の妥当性には、まだ議論の余地があるように見えるし、ナチスにおける安楽死対象の拡大は、今回の「改正案」における脳死認定対象の拡大に対応するところがあるようにも思える。

 

 

 

 

 

 




Binder: 現代史のトラウマ(日記数:665/全体に公開)
Gg[ubN}[N
最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2009/07/03 00:01
    ナチスの論理=脳死臓器移植法の論理
     ではないにしても、
    ナチスの論理≒脳死臓器移植法の論理
     であるような側面があることを、ここでは再確認しておきたい。


    以前に示したように、
    システムとしての死体の資源化の稼動は、
    より多くの、資源としての死体の確保への努力を生むことになる。

    そこでは、死体としての判定対象の拡大が求められることになるだろう。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2009/07/03 00:36
    このシリーズの当初の問題意識は、
    安楽死と自殺、そして自己決定権だったのだけど、
    その時点で既にナチスの安楽死政策が取り上げられている。

    → http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5574.html

    現在とは別の視点からの、ナチスの安楽死政策への評価として、
    参考にしていただければと思う。

  • Comment : 3
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2009/07/03 01:34
    「安楽死」といえば、治癒不可能な傷病で苦しむ「患者当人の苦痛」を除去する、という行為が一般的なイメージです。
    それに対して、ナチの政策は、「社会の苦痛」を除去する、というかたちに拡大されたということでしょうか。

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2009/07/03 05:59
    Mr.Dark 様


    >「安楽死」といえば、
    >治癒不可能な傷病で苦しむ「患者当人の苦痛」を除去する、
    >という行為が一般的なイメージです。
    >それに対して、ナチの政策は、
    >「社会の苦痛」を除去する、
    >というかたちに拡大されたということでしょうか。

    そういうことになりますね。

    そもそもの、法律家ビンディングの関心は、
    「自殺」の法的位置付けと、
    「患者当人の苦痛の除去」のための安楽死の合法性の考察でした。

    それがホッヘになると、考察の主題が、
    社会からの障害者の除去の問題へと移行し、
    ナチスによる実行の際には、対象とされる障害者の認定要件は、

     労働能力の有無
     診断名(精神分裂病=統合失調症、てんかん、老年性疾患、梅毒性疾患、精神薄弱、神経疾患の終末状態)
     5年以上の入院期間
     犯罪歴の有無
     人種

    にまで拡大されてしまうわけです。

  • Comment : 5
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 07:56
    労働力:まるで無し
    診断名:精神分裂症
    通院歴:23年
    犯罪歴:殺人傷害物損
    人種 :黄色人種    …であります。まだ不足ですか。

  • Comment : 6
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 08:33
    こんな馬鹿馬鹿しい理屈は止めて「UFOと宇宙」か「現代ゲーム考」

    でもやったらどうだ。退屈なんだヨ。アクビが止まらなくてウンザリ。

    どうしてこんな話題ばかりを好むんだ。不毛だネェ。老眼鏡を捨てろ!

  • Comment : 7
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 09:00
    「スタ・コラ」に代わる、新しいMLとして「現代ゲーム考」を作る

    かどうかを考えてる所だ。これも本格的に取り組めば、中々奥が深い

    テーマ。どうだ、面白そうだろ!!ACTやらSTGからRPGまで

    ありとあらゆる種類の「ゲーム」を対象として議論しようと云う訳さ。

    「暇潰し人間」大集合…だ。「ウマシカ日記」よりも遥かに面白い筈。

    放って置いても「皆さん」銘々が、勝手に議論をしてくれそうだよな。

  • Comment : 8
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 14:00
    「皆さん」はどうしていらっしゃるか知らないけれど、「デビル…2」

    のミッション2で現れる「光球」に蹴つまづいた「私」は、今度は又

    「デビル…1」のミッション9で現れる「イフリート」獲得に大苦戦。

    何度挑んでも失敗の連続。余りのストレスにすっかり参ってしまった。

    いい線まで行くのだが、必ず落す。なんでこんな馬鹿げたイジワルを

    仕掛けたのか、製作者に文句を云いたくなる。まさにストレスの典型。

    知的スタイリッシュが売り口上なら、らしく論理的に攻めさせろヨと

    云いたい。せっかく気分良く攻めて来た「私」は、無理を要求されて

    汗をかき、コントローラを振り回しての懸命な労力も虚しく、敗退だ。

    後日改めてやって見よう…と思い直すのが精一杯。まぁここまで来る

    のは、素晴らしく知的な「経緯」であったから「私」は一応満足して

    いるのだが、ここで足が途絶えるのは残念。攻略本も役立たずの実状

    には、辛いのを通り越して悲しい。同じ思いを食わされてる人がいる

    ならば、是非「克服方」を教えて欲しい。でないと際限なく失敗する。

  • Comment : 9
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 20:59
    しばらく振りに「ウマシカ日記」を読み返して見たヨ。結構面白いな。

    「皆さん」がどんなに「たぬき」に悩まされて来たかが良〜く解った。

    「たぬき」は無責任でゴネ押し一本槍の、我がままで手前勝手な暴君。

    不潔で強情で軽薄な男。それはそうと「ダンテ」は遂に古城を去った。

    あんなに悩まされた密室劇とは、永遠にオサラバだ。ダイナミックな

    ムービーがこの「ゲーム」の本質的な豪快さを、良く表してはいるが、

    ミッションに立て続けに失敗して、すっかり往生しているのも事実だ。

    困った。こうした脅迫には「私」の「病気」がヨロシクないんだよな。

    すぐに異常な興奮状態を来たし、アブラ汗をかいて動気が激しくなる。

    やはり「脅迫神経症」の発作としか云い様がない。健康を害する所も

    大いにある危険な「心理療法」と解った「ゲーム」それでも続けるか。

    続け様!何時かは成功するに違いない。例え半年掛かってもやり通す。

  • Comment : 10
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 21:35
    …と云う決意が「ゲーム製作者」の意図通りになっちゃうのが悲しい。

    だから「彼ら」は「クーロン…」の時みたいな無茶を、要求して来る。

    ルーチン・ワークの悪循環にワザと突き落す。たまらないよ、それは。

    もういい加減にしてくれ…と云っているのが「私」か「ウマシカ」か

    は知らんが、とにかくルーチンだけはゴメンなすって。それはないよ。

    そうやって「私」を苛め抜く事で、メシを食うなんて余りにも理不尽。

  • Comment : 11
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 21:54
    はぁはぁ、確かに「スーパーマリオ」もルーチンに陥れていたよネェ。

    そして苦心惨憺してスター118ケを手に入れたが、そこで終わりだ。

    残り2ケは取る気にならなかった。それほど痛めつけられていたんだ。

    名作「鉄拳タッグ・トーナメント」では、こんな神経質な場面はない。

    「私」と「母」とが対戦して、すっかり嵌り込んだシロモノだったな。

    とにかく果てなき「繰り返し」はない事にしてくれ。それはゴメンだ。

  • Comment : 12
    Smith
    Smithさん
     2009/07/03 22:10
    …と云う所で、本日は終わり。又、明日になると「イフリート」だ。

このブログにコメントをつけるには、ログインする必要があります。
マイページをお持ちでないひとは「マイページを作成する」ボタンを押してマイページを作成してください。
不適切なブログを見つけたら、こちらからご報告ください!

Mail Address(GMO ID):

Password:

自動ログインパスワードを忘れた方

最近書いたブログ


http://www.freeml.com/feed.php?u_id=316274&f_code=1



Copyright(C)2017 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.