umasica :桜里さんのマイページ

老眼と自己決定 (24) 脳死を生きる 17

2009/07/16 22:23

国会での「臓器移植法改正案(A案)」議決により、現行法に比べ、脳死体からの臓器移植が容易になることは確かだろう。

 

 

本人が積極的なドナー希望者であることの確認を要件としていた現行法に対し、本人が積極的なドナー拒否者であることが確認されない限り家族の同意のみでドナーとされてしまうというのが、今回の改正案の主眼の一つである。

現行法ではドナーカードに明記された本人の意思の確認を要件としているのに対し、改正案ではドナーカードの内容確認は要件とされていないことに留意しておきたい。現行法では、ドナーカードの所持の確認と内容の確認の二段階にわたる確認が要請されているのに対し、改正案では、ドナーカードの所持の確認は既に要件ではなくなっているのである。ドナーカードの不所持者は、現行法ではドナーの対象からはずされるのに対し、改正案では、ドナーカードの不所持は問題とならず(つまりドナーカードが発見されなければそれで終わりということ)、要請されるのは家族の同意の確認のみとされているのである。

 

脳死が人の死であるにせよ、死後の臓器提供に関しては本人の意思を尊重する、つまり脳死時の臓器提供に関し自己決定権を尊重するという姿勢は、改正案からは失われているのである。

この変更点に見出すことの出来る自己決定権尊重の理念からの後退は、現行法で禁じていた15歳以下の小児からの臓器提供を家族の同意を要件とすることで可能にした改正案条項にも、一貫性をもって見ることが出来る。本人に自己決定能力がないとされることで、現行法では小児の臓器提供は禁止されていたのに対し、自己決定能力を問わぬことで小児からの臓器摘出は可能にされるのである。

 

 

これまでも繰り返し書いたように、私自身は、脳死を人の死としてしまうことに、いまだに同意出来ないでいる。

ひとつは、長期脳死者の存在やラザロ徴候、脳死体からの臓器摘出時に脳死体が示す反応等の事例がある以上、脳死状態=死体と結論してしまうのは時期尚早ではないかという疑念である。脳死状態の身体を生体ではなく死体と判断するには、より一層の基礎的研究の積み重ねが必要に見えるのである。

もうひとつには、たとえ脳死状態が脳の機能の完全な停止を意味してるのだとしても、身体が生体としての反応を示し続けるという状況に対し、生物としての「死」を宣告することの妥当性という問題を考えざるをえないのである。

 

後者の問題を、もう少し考えてみよう。

たとえば、脳死状態=死体と定義することにより、脳死者は既に死んでいるので脳死者からの臓器摘出は殺人とはならないわけである。この場合は、脳死者の身体の利用は臓器摘出の時点で終わる。臓器摘出後には、伝統的な心臓死=死という定義からしても疑問の余地のない死体が残されることになる。

ここで、長期脳死者の存在を思い出したい。臓器摘出利用の場合は、脳死身体の短期的利用であった。

長期脳死者の存在は、脳死身体の長期的利用の可能性を示唆するものである。

脳死とは脳の死であっても身体の死ではないからこそ可能になるのが、長期的な脳死身体の利用、ということになるだろう。

様々な医学的実験が、生体としての脳死身体を使用することで可能になるわけである。たとえば薬品の発がん性を、生きている人間(脳死状態にない人間)を用いて実験することは許されないだろうが、生きているが死んでいる(身体は生きているが脳は死んでいるわけである)脳死状態の人間の身体を用いて実験することは、論理的に可能なはずだ。

脳死体が身体として生きているからこそ、薬品の実験には最良の素材となるわけである。それも人間の身体であるからこそ、動物実験とは比較にならない有効性が確保出来るのである。

脳死≠身体死であるからこそ可能な事態であろう。

要するに人間として生体であることが、脳死者の身体を利用した実験の有効性を保証することになるわけだ。しかし、もちろん、法的には脳死者の身体は既に死体なのであって、そこに存在するのは生体を利用した実験ではなく死体を用いた実験に過ぎないのである。

要するに、法的には死体だが、生物学的には(そして実は医学的にも)生体として評価されるからこそ、脳死状態の身体は利用価値を生み出すのである。

 

 

 

脳死者の臓器摘出利用(脳死体の短期利用)に際し、ドナーの意思が尊重されない法案を選択した以上、脳死者の身体の長期利用(脳死体を用いた生体実験である)に際しても脳死者の意思は尊重されないような事態が待ち受けている可能性は高い。

衆議院9時間、参議院で8時間という短い審議時間で今回の改正案が成立してしまったことを考えれば、脳死体の長期利用への道も簡単に開通するに違いないのである。

 

家族の意思で、生体実験材料への道は開かれるのである。それが今回の改正案成立の帰結に見える。

 

 

 

 

 

 

 


 読み込み中...
Binder: 現代史のトラウマ(日記数:646/全体に公開)
Gg[ubN}[N
最新コメント

  • Comment : 1
    umasica :桜里
     2009/07/17 00:16
    ちょっと、予想外の展開。

     ↓ ↓

    要するに、法的には死体だが、生物学的には(そして実は医学的にも)生体として評価されるからこそ、脳死状態の身体は利用価値を生み出すのである。

     ↑ ↑
    論理的に正しいと思うのだが、どこかおかしいだろうか?

  • Comment : 2
    みやのたれ
     2009/07/17 12:49
    >要するに、法的には死体だが、生物学的には(そして実は医学的にも)
    >生体として評価されるからこそ、脳死状態の身体は利用価値を生み出すのである。

    生のトマトが美味しくて栄養になるのと同じでは〜?

  • Comment : 3
    umasica :桜里
     2009/07/17 21:18
    みやのたれ様


    >生のトマトが美味しくて栄養になるのと同じでは〜?

    常々思うこと。

    菜食主義者がグリーンピースを食べるのって、
    植物の胎児を食ってるのとおんなじじゃないかと…
    (まぁ、グリーンピースは生では食べないけど)

  • Comment : 4
    umasica :桜里
     2009/07/17 21:27
     ↑ ↑
    生のトマト=トマトの胎児、でもあるなぁ…

    それだけで独立した生命、って言うことも出来る。

    となると脳死体の身体は…??

  • Comment : 5
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2009/07/17 22:59
    桜里さまの「活動しない生体」の話に対して、「活動する死体」(いわゆるゾンビ)の話にも興味津々であります。
    「死体」を労働力として使用する場合の法的な扱いとか。
    少し研究して日記にしようと思います♪

  • Comment : 6
    umasica :桜里
     2009/07/17 23:29
    Mr.Dark 様


    >「活動する死体」(いわゆるゾンビ)の話にも興味津々であります。

    ナチスの定義では、精神障害者は「精神的な死者」だったり…


    >「死体」を労働力として使用する場合の法的な扱いとか。

    アウシュビッツでは到着後の「選別」で、
    「ガス殺」と「労働による絶滅」に分けられて、
    今すぐ死体となるか、死体同然の労働力とされるか…



    やはりドイツ人はスゴイ!!

  • Comment : 7
    umasica :桜里
     2009/07/18 00:10
    >やはりドイツ人はスゴイ!!

    そう言えば、ドイツ国鉄は、
    強制収容所に移送されるユダヤ人から料金を徴収してましたねぇ…

  • Comment : 8
    Mr.Dark
    Mr.Darkさん
     2009/07/18 00:29
    「貨物」から料金を徴収‥

    うわぁ‥

  • Comment : 9
    みやのたれ
     2009/07/18 00:38
    やはりドイツ人…。

    今でも軍上がりの人とは仲良くなれない感じですわぁ。

  • Comment : 10
    umasica :桜里
     2009/07/18 15:41
    Mr.Dark 様


    そう言えば、
    アウシュビッツに併設されていたのが、I.G.ファルベン社の巨大プラント。

    収容者を労働力として「派遣」することで、親衛隊は稼いでいたというお話。



    その他、V-2ロケットの生産現場とか、
    ドイツの戦時経済と生産を支えていたのが捕虜を含む収容所の囚人たち。


    生産の役に立たない人間はガスで「処理」して、金歯は資源として回収。


    さすがドイツ人な、なんとも合理的なシステム。
    それでも(そんなことだから?)負けちゃうけどね。

  • Comment : 11
    umasica :桜里
     2009/07/18 15:48
    みやのたれ様


    >やはりドイツ人…。

    >今でも軍上がりの人とは仲良くなれない感じですわぁ。


    戦時中のドイツの精神科医の仕事としては、
    安楽死対象の障害者の鑑定・選別の他に、
    戦争神経症になった軍人兵士の精神鑑定っていうのがあって、
    「責任能力アリ」の判定をされると、
    兵士は「転属」させられることになる、というお話。
    もちろん、転属先は「あの世」でございます。

    これも、アイヒマンの論理と同じで、
    自分は精神医学のプロとして精神鑑定をしただけで、
    それから以後の兵士の処遇には関与していない、
    だから兵士の処刑に関しては責任はない、
    という理屈になるようです。

このブログにコメントをつけるには、ログインする必要があります。
マイページをお持ちでないひとは「マイページを作成する」ボタンを押してマイページを作成してください。
不適切なブログを見つけたら、こちらからご報告ください!

Mail Address(GMO ID):

Password:

自動ログインパスワードを忘れた方

最近書いたブログ


http://www.freeml.com/feed.php?u_id=316274&f_code=1



Copyright(C)2017 GMO Media, Inc. All Rights Reserved.