スイス山中のB−17と中国上空のP−40
年末である。
しかも、クリスマス・イヴ、なのだった。
買い物ついでに、娘と娘の母へのプレゼントを購入。
結果は好評であった。
何を買ったかというと、本だ。
娘用が、
マーティン・J・ドアティ 『図説 世界の「最悪」兵器大全』 (原書房 2008)
娘の母用が、
加藤浩 『神雷部隊始末記 人間爆弾「桜花」特攻全記録』 (学研 2009)
である。いったい、どんな家族だ?
ドアティの本には、敵を殺すより使用する兵士の命を奪う類の、数々の兵器が掲載されている。実戦で使用されていたものも多い。
書中から一例だけ、ドイツ(第二次世界大戦)の超重戦車を紹介しておこう。
超重戦車マウス
1943年ドイツ
マウスは重すぎて時速20kmの設計上最大速度を出せず、また当時存在していたいかなる橋も渡れなかった。平地では時速13kmほどでのろのろと進んだ。128mm砲と75mm砲を同軸装備したマウスは、防御用兵器として、あるいは低速前進する砲台としては恐るべき兵器だったかもしれないが、装甲戦闘車輌としてはまったくの駄作だった。
1944年に開発は中止された。だが試作車輌の制作はそのまま続けられ、第2次世界大戦末期には2輌が完成した。
…というのだが、添えられた図版には、
巨大な砲を搭載するには巨大な砲塔が必要で、巨大な砲塔を搭載するには巨大な車体と大規模な動力装置が必要だった。その結果できあがったのが、ほとんど動けない巨大な車輌だった。
マウスの重量は大変なもので、これに耐えられる橋はドイツ国内になかった。
なんてキャプションが付けられている。
『神雷部隊始末記』の方は、娘の母が、このところ自衛隊グッズ(!)として売られていたという回天キューピーストラップとか桜花キューピーストラップの存在の話に熱中(?)していたので、歴史的事実関係探求の参考にとプレゼント。
無神経な商品化の見本というのが、我が家の見解。
だいたい、何でそんな本を家族のクリスマスプレゼントに…、という話をすれば、その手の本の専門書店(ミリヲタ御用達)に買い物に出かけていたのだ。要するに、自分用資料の入手が目的。
カーチスP−40という、第2次世界大戦当時の米国製戦闘機の資料が欲しかったのである。
購入したのは、
世界の傑作機 『カーチスP-40ウォーホーク』 (文林堂 1993)
オスプレイ・ミリタリー・シリーズ 『太平洋戦線のP−40ウォーホークエース』 (大日本絵画 2002)
の2冊。
この年末に、なぜこれを?
お察しのよいミリヲタの皆様は、既にお気づきのことでありましょうが、来年が寅年であることに、大いに関係がある選択なのである。
(来年の賀状のネタバレ状態)

このディズニーデザインのマークで知られた「フライングタイガース」こそは、中華民国に対する日本軍の侵攻(「支那事変」というヤツだ)に対し、中国支援のために当時の中立国アメリカの飛行機乗りにより結成された義勇航空隊なのである。
今回は、その詳しい話には深入りせずにおきたいので、以前の記事(→ http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-7451.html)をご紹介するにとどめる。
で、賀状に使用する「フライングタイガース」の画像をどうしようか、というのが問題だったわけだ。
最初は、購入資料中の画像利用を考えていたのだが、ハガキサイズの中の画像としてインパクトがあるものがない。
そこで、「flying tigers」で、グーグルの画像検索実行!
そうして見つけたのが、上掲のものだ。
ネタ元をチェックしてビックリ。
→ http://www.noseart.ch/cartoonsandanimals.htm
これ、1972年生まれのスイス人の仕業だったのである。
彼がスイス山中で発見した、戦時中に墜落したB−17の残骸が、いわば彼のカンバスとなり、戦中の米軍機の「ノーズアート」が復元されていったということらしい。
つまり、B−17の残骸の一部を利用して、新たにフライングタイガースのマーキングをペイントして出来上がったのが、今回ご紹介した画像なのだ。60年以上の時を隔てて大戦中の墜落機の残骸が、彼の手で当時の「ノーズアート」を施され、蘇るのである。
日本人感覚でいえば、一種の「供養」の形にも思える。
売り物でもあるらしいが、確かにそこに作品としての性格を考えることも可能だろう。
行為そのものを、一種のアートとして考えるわけだ。山中に墜落機の残骸を発見し、それをカンバスとし、「ノーズアート」の再現を通して、当時の視覚的世界にアクセスする。そのような一連の行為を、である。
回天キューピーストラップ、桜花キューピーストラップからは、安易な商売感覚(批判されれば販売中止ですからね)しか伝わって来ないが、本業が薬剤師というスイス人の、
With my Art I try to give these pieces of history a "second life", as hobby and passion.
という言葉には、共感出来るように思える。
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