umasica :桜里さんのマイページ

『藝州かやぶき紀行』への旅 2

2008/05/31 23:03

青原さとしの新作、『藝州かやぶき紀行』の東京での映画館上映初日に行って来た。

東中野にあるポレポレ座。

「出稼ぎモーニングショー」ということで、午前中、10時20分からの上映のみである(残念なことに)。


作品自体は、5月3日に既に観ている(「『藝州かやぶき紀行』への旅」 http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/65725 参照)。


再見して来たというわけだ。



今日は初日ということで、上映後に、短い時間ではあったが、監督と武蔵野美術大学教授の相沢韶男教授のトークというオマケもついていた。なかなか傑作なひとときだった。相沢さんは、会津の茅葺き屋根に詳しい。

会津の茅葺き屋根の研究者(…というような狭い専門領域に閉じこもるようなお方ではないので、人物紹介としては不十分な思いもあるけれど…)である相沢さんの視点と、広島の屋根職人のドキュメントの出会いからは、ますますの関心の広がりという形で、映画自体に映しこまれている様々な要素が引き出されていたという印象だ。

一日かけて話を続けても尽きないだろうなぁ、という感じ。

それも、狭い専門性の上に成り立つ大変に細かいお話、ではなく、日本の近代史への視点に始まり、縄文時代へと遡りうる程の射程を備えた日本列島の歴史と文化、それを形成した様々な人間集団への想像力をかきたてられる、実にエキサイティングな、視界の拡がりと射程の深さを同時に備えた話となっていた。

それが実に短い時間の中での出来事。


そもそも映画自体が、題材からは思いもよらないほどの、視野の広さと射程の深さを(さりげなく)備えているのである。何食わぬ顔をして、90分の映像中によくも詰め込んであるというくらい、様々な話題につながる要素が用意されているのだ。

それも知識・データ・教養として提供されているのではないから、こちらに発見の楽しみがあるのである。観客は、知識を授けられるのを受身で待つのではなく、画面に映しこまれている様々な事物や語られる言葉の間から、埋め込まれているものを見つけ出すという、ワクワク感に満たされた時を過ごすことが出来る。




広島の屋根職人は、出稼ぎをする人々でもあった。

出稼ぎの背景には、出身地自体の問題、つまり狭い耕地という条件が存在していた。その土地で、農業に携わるという形での生計の維持の困難という背景である。海外移住者を多く生み出した土地でもある、ということだ。

しかも、そこには、勤勉で創意工夫を楽しむという、職人としての信頼につながる気質を育むような風土もあったようだ。当然、出稼ぎ先の土地では歓迎されることになる。

明治期に発展した出稼ぎ地のひとつに九州がある。

炭鉱の労働者住宅の屋根葺きの需要であった。石炭産業こそは、日本の近代化を支えた基幹産業だ。

炭鉱労働者としても、多くの広島人が九州に移り住んだというエピソードも紹介されている。

近代化に伴う産業構造の変化と人間の移動の問題が、そこには埋め込まれているわけだ。


そのように、炭鉱労働者の集団が定住すれば、周辺の農業産品の需要のあり方にも影響を与えることになる。様々な商品作物への需要が生まれることになうわけだ。いわゆる「近郊農業」の成立である。

それは、農業による収入の増加として帰結する。豊かになった農家は、広島からやって来る屋根職人にとっては、新たな注文主として見出されることになる。


そもそも屋根葺き自体は、それぞれの地元の共同体による、互助的な協同作業であったものだ。

それが近代化の進展と共に、外部からやって来る職人の仕事へと変化する。

外部からの出稼ぎ者を受け入れるのも、近代化にさらされた農村の選択であるし、外部への出稼ぎによる収入の維持も、近代化にさらされた農村では避けることの出来ないことであった。


本来は土地と不離な関係にあるはずの、農業の場に、外部からの出稼ぎ者と、外部への出稼ぎ者という、二つの流れが生まれてしまう。土地の外からやって来る者と、土地の外へ出て行く者が農業の場に生じるのが、近代化の過程での農村の変化の一端ということになる。

その上で、近代化の進展は、茅葺き屋根の存在自体に引導を渡すことになる。

茅葺き職人への需要は、高度成長と共に、消えていくのである。




…というようなことが、データとして教科書的に提供されるわけではないのだが、広島の茅葺き屋根の職人の技術の記録映像に、しっかり埋め込まれているのだ。

さりげないが、見事な近代史の記述だと思う。

視野の拡がりと射程の深さの一例である。


Binder: 桜里の休日(日記数:321/全体に公開)
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最新コメント

  • Comment : 1
    たぬき男いたち男
     2008/06/01 15:15
    いやぁ現実的な、地に足のついた論証となると、もう「桜里氏」
    に敵う者はいない。プロ級の作文となり、読む我々はひたすらに
    拝ましてもらうしかないな。普段はいかにもズッコケているが、
    実力の方はザッとこんなものよ・・・とアピールしてるのかい?
    確かに認めるから、どうか雲の上の人とはならんでくれ。やはり
    ゴキブリやナメクジに、異常なまでに拘っている「氏」の姿の方
    が好ましい。しかし、実際ルポ・ライターとしての「氏」の能力
    は秀でて素晴らしい。決して面白くはないのだが、充分にメシが
    喰えるだけの才に恵まれている。いやぁ御立派。恐縮しますよ。

  • Comment : 2
    umasica :桜里
     2008/06/01 22:30
    たぬき男いたち男様


    なんだか、「誉め殺し」って言葉を思い出してしまうけれど、まぁ、たまにはこんなことも書くわけでございますよ。

    実は、書き出した時は、もっと別のこと(この映画の話題ではあっても)を書くつもりだったのだけれど、結果はこうなってしまったというわけ。


    ナメクジ・ゴキブリも私の基本であることは確かなので、たとえ「止めろ」と言われても続けちゃうでしょうねぇ…
    まぁ、ご心配なく(心配なんかしてないだろうけど)。

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