ルーズベルトの真珠湾
帝國・米英に宣戰を布告す
西太平洋に戰闘開始
布哇米艦隊航空兵力を痛爆
【大本營陸海軍部発表】(12月8日午前6時)帝國陸海軍は今八日未明西太平洋において米英軍と戰闘状態に入れリ
【大本營海軍部発表=八日午後一時】
一、帝國海軍は本八日未明ハワイ方面の米國艦隊並に航空兵力に對し決死的大空襲を敢行せり
(朝日新聞 東京版 昭和16年12月8日 夕刊)
…と、1941年12月8日の朝日新聞・夕刊の第一面トップに書かれている(「帝國・米英に宣戰を布告す」は右から左への大活字の横書き)。
真珠湾に対する攻撃の報の横に並んで、「宣戰の大詔」が掲載され、更に「大本営海軍部発表」の続き、そして「社説」が並ぶ。
その下段に「我海鷲、ハワイ爆撃」の見出しと共に、戦果が紹介されている(ただし詳細なものではない)。
実際の戦果はというと、
日本軍の戦果 : 真珠湾在泊の戦艦8隻のうち撃沈4隻(アリゾナ・オクラホマ・ウェストバージニア・カリフォルニア)、大破3隻(ネバダ・メリーランド・テネシー)、小破1隻(ペンシルバニア)。地上基地飛行機の破壊は陸軍機231機・海軍機80。アメリカ軍に与えた人的損害は戦死・行方不明2402人(市民68人を含む)、戦傷1382人(市民35人を含む)。
日本軍の損害 : 喪失29機。戦死55人。
(『太平洋戦争・主要戦闘辞典』 PHP文庫 2005)
となっている。
パーフェクトゲームという気がしてしまったのも無理はないだろう。
しかし、この戦果には空母が含まれていない。米太平洋艦隊所属の空母3隻は、在泊しておらず無傷のままであった。
また、日本海軍による攻撃も徹底さを欠き、第3次攻撃は見送られてしまう。
結果として、破壊を免れた乾ドックなどの米海軍施設は、被害を受けた艦船の補修に活躍することになる。戦艦8隻のうち6隻は引き上げられ、補修の上、戦列に復帰してしまうのである。
結局、現実の戦果(つまり米海軍へのダメージ)は戦艦2隻の撃沈にとどまってしまうことになる。
また、ワシントンで続けられて来た日米交渉打ち切りの通告も、在米日本大使館の不手際により、真珠湾攻撃の事後のものとなってしまう。
その結果として、米国民からは「奇襲・騙まし討ち」という評価を与えられ、彼らの復讐感情を大きく刺激することになる。米国民の戦意高揚に貢献してしまったのである。
ルーズベルトは、ハル・ノートの提示の結果、大日本帝國政府による日米交渉の打ち切りに至るであろうことは予測していたであろうし、暗号文解読の結果として、大日本帝國による先制攻撃のあることも予測していたようである。それを根拠にしての、ルーズベルトの仕掛けた罠だったという、一種の陰謀説も流布しているようだが、私は採用する気にはなれない。
ルーズベルトあるいは米国政府及び軍当局者が、連合艦隊によるハワイへの攻撃、それも空母からの航空機による攻撃という事態まで予測していたと考えるには無理があるだろう。しかも第3次攻撃が実行され、あるいは別の海域で空母が発見・攻撃されていれば、米海軍は太平洋から姿を消していたのである。
それが実現しなかったのは、ルーズベルトの陰謀あるいは戦略の結果ではなく、帝國海軍の不徹底さの結果と言うべきだろう。
米海軍力の壊滅の可能性さえあったのが、帝國海軍による真珠湾攻撃なのであり、そんなチャンスを誰が自ら与えようとすると言うのだろうか?
そして、在米日本大使館の不手際まで予測出来なければ、日本軍による卑劣な奇襲という評価の獲得も出来ない。
私は、陰謀説の採用には批判的にならざるを得ないのである。
いずれにしても、温存された米空母と修復された艦船、そして新造される艦船と量産される航空機。アメリカの巨大な物量が、「リメンバー・パールハーバー!」の合言葉と共に大日本帝國へと向けられ、昭和20年8月15日の玉音放送という結末に至るのである。
大本営および帝國政府には、どこまで問題を把握出来ていただろうか?
赫々たる戦果の陰に生まれていた米国民の戦意の恐ろしさを。その生産力の巨大さを。
真珠湾攻撃の成功が、その成功こそが、米国の国力のスイッチをオンにしてしまったのである。
しかし、昭和16年12月8日の夕刊紙面から、誰が玉音放送という帰結を予測出来たであろうか?
結果を知っている現在から見れば、敗戦は当然の帰結に過ぎないと思われるが、後知恵による批判もまた空しい。
昭和16年の今夜、国民の多くは、戦果を歓迎して眠りに就いたはずである。
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