無差別爆撃の論理 3

「無差別爆撃」という問題には、当然のことながら、様々な切り口が存在するだろう。




…という書き出しで、2回ほど、「無差別爆撃の論理」のタイトルで「問題」を考えて来た。

「無差別爆撃の論理 1」

 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/82116/user_id/316274

「無差別爆撃の論理 2」

 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/82242



今回は、その3回目として、アニメを切り口に「無差別爆撃の論理」へと迫ってみたい。




取り上げるのは、ウォルト・ディズニーの1943年の作品、「 Victory Through Airpower (空軍力の勝利)」である。

Alexander Procofieff de Seversky 少佐(「セバスキー」と読むらしい)の、1942年の同名の著作(ベスト・セラーとなったという)のアニメ化ということだ。商業的な成功を狙ったものではなく、戦争の展開の中で、啓蒙的な意図の下にアメリカ国民へ向けて制作された、ディズニー自身の企画による自主企画作品である。


まずは、予告編の画像をご紹介しよう。

Victory Through Airpower Trailer (1943)
 → http://jp.youtube.com/watch?v=PFvc46nMNcw



アニメ中にも、原作となった著書が登場している。


セバスキー少佐は、1894年のロシア生まれ、第一次世界大戦中はロシア海軍のパイロットとして従軍。戦闘による負傷で片足(膝下)を失うが、義足で戦線に復帰し、6機(日本版ウィキペディアによれば13機)撃墜の「功績」を上げている。革命後にアメリカに亡命。

陸軍航空隊のウィリアム(ビリー)・ミッチェルの下で、テスト・パイロットそして技術的アドヴァイザーを務める。

1931年に、航空機メーカー、「セバスキー社」を設立。社は、1936年に「リパブリック社」へと改名。第二次世界大戦中の米軍の主力戦闘機となる、P−47サンダーボルトの開発・生産に当たることになる。


「無差別爆撃の論理」という観点から興味深いのが、セバスキーとビリー・ミッチェルとの関係だろう。ミッチェルは、第一次世界大戦後に、独立した空軍の設立を主張したことで有名となった人物である。

第一次世界大戦後の軍事的世界における空軍力の優位を主張しながら、当時の軍から排除されたことでも有名であろう。陸軍では戦場における大部隊同士の決戦、海軍においては戦艦同士による艦隊決戦こそが戦争の帰趨を決めるというのが、当時の軍事理論を支配していたわけである。

ミッチェルは、自身の主張の証明のために、捕獲したドイツの「不沈戦艦」オストフリーラントを、航空機から投下した爆弾6発で沈めてみせるというパフォーマンスまでしてみせたのだが、1921年7月のその「実験」を背後で支えたのがセバスキーだったようである。


つまり、第一次世界大戦後のアメリカで、空軍力の優位を主張した将官に仕えていたのが、このセバスキーだということになる。



…と原作者セバスキーを理解した上で、「予告編」をもう一度見て欲しい。



セバスキーが、そしてディズニーがアニメ上で、アメリカ国民に対して主張しているのは、長距離爆撃機による都市無差別爆撃(citys and homes to be bombed)の実行による、戦争の「早期終結」である。

アメリカ本土から発進し、無着陸で日本を攻撃可能な長距離爆撃機の開発が主張されている点に注目したい。アニメでも描かれているように、既に、ドイツ本土は米英空軍保有爆撃機の爆撃対象であったが、日本本土を爆撃対象としうる長距離爆撃機は、量産機としては存在していなかったのである。

アニメ上で構想されたような長距離爆撃機の保有は、第二次世界大戦中には実現することはなかったが、冷戦期に「活躍」するB−52の空中給油システムに支えられた長航続距離は、まさにその構想の現実化したものと考えられるだろう。そのB−52が、やがて、北ベトナムへの無差別爆撃の実行者となっていくわけだ。その意味で、アニメに描かれた構想は第二次世界大戦を飛び越え現在へと直結している。1999年、コソヴォ紛争に際し、米空軍のステルス爆撃機B−2は、米国本土の基地から発進し、目標爆撃後は、そのまま(無着陸で)米国本土基地へ帰還しているのである。


もう一つの注目点は、これまでの「無差別爆撃の論理 1〜2」でも述べた通り、都市への無差別爆撃の実行が、人命の損失の減少(saving human-life)をもたらすものとして位置付けられているところだろう。第一次世界大戦で経験されたような、前線兵士の膨大な犠牲に比べ、より少ない民間人の犠牲が国民の間に厭戦気分を生み出し、早期の戦争終結に結びつくだろうという期待に支えられている「論理」なのである。

主張されてるのは、軍事的報復としての、無慈悲な市民への攻撃の必要性ではない。最小限の犠牲者の上に成り立つ(はずの)戦争終結の可能性であり、その手段としての都市無差別爆撃なのである。




「 Victory Through Airpower (空軍力の勝利)」は、まさにその論理で展開されているアニメなのだ。

当時の文脈の中での「無差別爆撃の論理」を理解する上で、このアニメは、歴史的に重要な資料の一つとして考えられるべきものであると思う。




セバスキー

 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC

Alexander Procofieff de Seversky

 → http://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Procofieff_de_Seversky

 → http://www.theaerodrome.com/aces/russia/deseversky.php

Victory Through Airpower (ウォルト・ディズニーの項目中に記述がある)

 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC

ウィリアム・ミッチェル

 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB





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Comment 1
たぬき男いたち男
2008/12/26 21:50

なんだこれ又、無視の態度じゃないか。反抗期だな。手を焼く。

ヨチヨチ、いい子だから、そんなにむずがっちゃあいけないよ。

…と「テロル」の時と同じ事を云わなきゃならんとは情けない。

おまけにTUBEの登録ができない。パスワードで撥ねられる。

なんどやってもダメなので、諦めたがハラワタが煮えくり返る。

大馬鹿三太郎め。「スタ・コラ」だけじゃ間に合わないのかよ。
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